第258話

「はっはっは、潘旺の相手にとって不足は無かろう」


 今日の攻撃担当者である冤州刺史劉岱が余裕の笑いをする。潘旺を知る諸侯が、それもそうだと頷いていた。


「潘旺様は呂布との一騎打ちで戦死なさいました!」


 しかも一合も交えずに瞬殺だったとまで言われて、劉岱は所在なさげな感じで黙ってしまう。二人で一日を担当していたので、山陽太守の袁遺が「楊黎が何とかするであろう」自らの部将も居るぞと口にする。


「楊黎様は既に戦死されております!」


「な、なんと!」


 袁遺がうなだれて視線を地面に向けてしまった。本営がざわつくと「韓延が向かいます!」鮑信の後ろに立っている武官が志願した。鮑信が立ち上がり「盟主殿、宜しいでしょうか」伺いを立てる。


「よかろう、吉報を待っているぞ」


「呂布など敵のうちに入りません、この大斧の錆にしてくれます!」


 笑い声をあげて勇んで出て行った。それから十分程経ったところで伝令がやって来る。皆が腰を浮かせて報告を聞こうと身構える。


「韓延様討ち死に!」


 馬上で一合だけ打ち合った後に首をはねられたと言うではないか。本営がまるでお通夜のようになってしまう。


「次は誰が行くのだ?」


 袁紹が絞り出すかのようにして声を出した。ところが諸侯らは皆が目線を逸らしてしまう。曹操が立ち上がると中央に敷かれている絨毯のところへ歩む。


「連合軍諸侯はこれほどの数が居ると言うのに、董卓の部下の胡軫のそのまた手下を相手に出来る人材の一人すら居ないと言うのか。嘆かわしい! 呂布を討ち取れば報奨に金百斤を与えよう。盟主殿、宜しいですな」


 誰が支出するのかを明らかにせず、鼓舞する意味で勝手にそんな約束を作り出す。もしかすると曹操が自分のところでかっさらって行くつもりで出した話かもしれない。だが袁紹もここで対抗出来なければ連合軍自体が瓦解するかもしれないと「よかろう」認めてしまう。


「さあ、我こそがという英傑は居ないか!」


 張貌の後ろに控えていた立派な部将が「私が行きましょう!」戟を地面にたたきつけて胸を張る。


「寧陵の猛勇である謙劫殿のご武運を」


 盃に酒を注ぐと曹操が謙劫の目の前まで持って行き両手で差し出す。それを片手で受け取ると、一口で飲み干し盃を返した。外で陣太鼓が打ち鳴らされるのが本営内に聞こえてくる。兵士がワァ! と叫んでいるものの、少しするとひときわ大きな喚声が聞こえて来た。伝令が駆け込んで来る。


「謙劫様、敗北されました! 呂布が、連合軍にはマシな将はいないのかと挑発をしております!」


 曹操を目を閉じて両手を後ろにやると天を仰いだ。大きく息を吐くと処置なしとばかりに袁紹を見る。盟主の椅子から立ち上がると「誰か、誰かいないのか!」声を上げるが誰一人反応をしない。そんな折、ひときわ粗末な椅子に腰を掛けていた劉備が立ち上がり絨毯の真ん中へ進み出る。


「劉備に御座います。愚弟の関羽、張飛が行きますのでご裁可を」


 丁寧で落ち着き払った態度に一目置くところはあるが、橋瑁が「その二人の身分は」横から尋ねた。


「関羽が馬弓手、張飛が歩弓手であります」


「雑兵ではないか! 連合軍にはそのような者しか居ないと思われては迷惑だ。自重しろ!」


 張飛が文句を言おうと踏み出そうとするのを関羽が差し止めた。劉備が黙っているのだから口を挟むのは良くない。とはいえ他に志願者が居ない、許可も出来ず却下も出来ず、優柔不断な袁紹は唸るばかりで決められない。


「良いではないですか、雑兵が二人死んだところで連合には何の損失でもない。しかし、かの二人ならば呂布と渡り合えると見ていますがね」


 島介が腕組をしたままチラッと左手に居る関羽、張飛を見る。軽く笑って「それでダメなら私が戦いましょう。いかがでしょう盟主殿」注目を引き付ける。


「孟徳、どう思うか」


「ああっ。ふむ。大将であるならば勇気には信頼で応じるべきでしょう」


 止めるべきかを短く思案した後に、実力の程を見ておきたいと思ったのだろう、島介の意見を推すような台詞を吐いた。


「ならば許可する。行って呂布を倒すのだ」


 島介は立ち上がり「やってみましょう」拳礼をすると劉備に向き直り「お二人をお借りしても宜しいでしょうか劉備殿」伺いを立てる。


 一度関羽、張飛らを見てから姿勢を正し「どうか愚弟らをお願いいたします」拱手し頭を深く下げた。


「関羽、張飛、お前らはどうだ」


「主君のご命令のままに」


「はっ、戦えるってなら俺はそれでいい! 酒だ、酒を寄越せ!」


 張飛が自ら求めると、曹操が盃を手にして張飛に差し出した。それを一口で飲み干すと「足りねぇな、そいつも寄越せ!」瓶を持っている下僕から奪い取り、直接口をつけて全て飲み干してしまった。顔をしかめる諸侯らが多いが曹操は「ははははは、元気があってよろしい!」笑い飛ばす。


「良し、では行くとしよう。関羽、張飛、退きの銅鑼が鳴ったら絶対に戻れよ、これは命令だ」


 今までとは違い真剣な表情になり真っすぐに瞳を覗き込む。


「承知致しました、将軍」


 関羽が代表して承諾する。三人で本営を出て行くと、皆も幕を出て陣営の壁の上にと集まる。そこからならば一騎打ちの場が見えるから。馬留に行くところで荀彧に声をかけられる。


「我が君、呂布は国士無双の豪傑で御座います。万が一がありますれば、文若が機を見て銅鑼を鳴らす手筈を」


 心配を前に押し出して、そのような物言いをした。


「荀彧、余計な真似をするな。俺は戦士だ、一対一の戦いを汚すなよ」


 低く重い声をゆっくりと出すと「御意」仕方なく畏まる。


「だが、俺の身を案じてくれているのには感謝している。なぁに、そう簡単に負けはせんよ」


 右手をひらひらとさせると馬上の人となり、従卒から矛を受け取った。待っていると関羽と張飛も騎馬して現れる。ご存知関羽は偃月刀、張飛は蛇矛を持っていた。


「おおそうだ、甘寧こっちへ来い」


「なんだ大将?」


 傍へ呼び寄せると二つ三つ言葉を交わす、他の誰かには聞こえない位の小声だ。甘寧の表情に笑みが浮かぶ。


「よし、行くぞ」


 島介が先頭になり後ろに関羽張飛の二人が続く。陣営を出ると壁にずらっと並んでいる兵士から歓声があがる、一騎打ちは娯楽の一つでもあるのだ。くすんだ赤毛の馬に跨った巨漢、呂布は兜から伸びる長い二本の羽が特徴的だった。


「今度はどこの弱兵だ? 果たして何秒胴と首が繋がっているやら。ははははは!」


 董卓兵が大笑いをする、片付けられはしているが連合の将だった死体が脇に積まれている。


「呂布の名は知っている。相手をしてやりたいが、若いのが譲ってくれんので暫し見ているとしよう――」


 言い終わる前に張飛がさっさと馬を走らせた。味方からも敵からも「おい、あいつは誰だ?」という疑問しか出てこない。


「俺様は燕人張飛だ! 呂布など三姓の奴隷でしかない、目にモノ見せてやる!」


 呂という家に生まれ、養父の丁原を裏切り、董卓を義父かのように慕って仕えているのを言っているのだ。呂布もこれには我慢ならずに「貴様、言うに事欠いてそのような侮辱を! 生かしておかん!」赤兎馬をかけさせた。


 互いが接近し、蛇矛と方天画戟が打ち合わされる。瞬間、互いが異常を察した。呂布は一気に冷静になる、戦いの勘と言う奴で張飛がただ者ではないことを悟った。


 すれ違って先に行ってしまうと馬首を返して再度ぶつかる。今度は馬足を止めての打ち合いだ。一度、二度、三度、四度と武器を叩きつけると離れていく。


「俺の攻撃を四度凌いだのはお前が初めてだ張飛!」


「うるせぇ、さっさとくたばれ!」


 同じ向きに馬を走らせると今度は並行して斬り合う。右手に張飛が走っているので、呂布にとってはハンデがあるが全くそのような感じがしない。


 十数合やり合うと少し離れて睨み合う。そこで双方の陣から大歓声が聞こえてくる、こうまで素晴らしい一騎打ちなど今まで見たことが無かったからだ。


「張飛、お前は下がれ俺が出る」


 関羽が二人の間に割って入った、無論また双方の兵は誰だあいつは状態になった。


「兄貴そりゃねぇぜ……ったくしゃーねぇな!」


 二人のやりとりをみて島介が笑った、義兄弟というのは良いものだなと。長い顎髭をした赤ら顔の男、関羽が進み出る。


「今度はどいつだ!」


「河東の関羽と申す。一手所望!」


 呂布に休みを与えずに相手を替えての一騎打ちが行われた。偃月刀を縦横に振り回し、時に力比べをし関羽もまた二十合を終えて汗一つかかずに距離を置く。連合軍の陣営から声援が引っ切り無しに届けられる。


 中央で馬を止めて打ち合いをしていると「くそっ、兄貴ばかり楽しい思いをしおって。我慢できん、俺も行くぞ!」張飛が飛び出していく。関羽と力比べをしている背後から蛇矛を突き出すと、身を捻ってそれをかわした。


「二人がかりか、面白い。さあ来い!」


 呂布は関羽と張飛が繰り出す鋭い斬撃、突きを同時に何度も何度も受けては反撃をする。かなりの手練れなのが分かったが、それでも呂布を相手にしては有効打を与えられない。化け物、そんな言葉が似あう男なのだ。


 かなりの使い手であることは誰の目にも明らか、だというのに呂布は若干の余裕すら感じさせていた。


 ジャーンジャーンジャーン。


 銅鑼が鳴らされると「張飛、一旦退くぞ!」さっと距離を置いた。「なんでぇこれからって時に!」仕方なく張飛も離れる。


「逃げるのか貴様等!」


 恐ろしいことに一時間近く戦っていたのに無傷、多少の息の乱れと発汗があるだけの呂布が罵声を浴びせる。

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