第257話


「虎牢関の守将は都尉華雄。胡軫軍団の部将で武勇が聞こえてきている。彼の関所の兵は五千程、さてどなたが攻め落としましょうか」


 参謀という形で袁紹の近くにいる曹操が目の前の状況を軽く説く。地形上の有利は絶大だ、五千といえども適切に運用すれば十万を一年でも二年でも防ぎ続けることが出来る、それこそが虎牢関というもの。士気が上がっている、連合の代表らは我こそがと名乗りを上げた。袁紹は鷹揚に笑ってから「それでは日ごとに交代し攻め寄せることとしましょうぞ」なんとも無難と言うか、考え無しというか判然としないことを提唱する。


 兵力の過多、兵種の問題もあり、騎兵はこれを免除されたので、島介軍は歩兵のみ陳留の張貌軍と共に攻撃に参加することになった。


 順繰りで五日、十日たち、二周目のローテーションに入るころ再度本営で招集がかけられる。丁度曹操の幕に呼ばれていた島は、そこで報を聞きつけた。


「宴会のお誘いが来たようだぞ」


「この調子では十年したって虎牢関は落とせんというのに、本初の奴め何をするつもりやら」


 二人の側近以外に姿が無いので、袁紹のことを本初と呼んで息を吐く。担当日以外はこれといってやることが無い諸侯らは、親交を深める意味合いと暇つぶしを兼ねてそれぞれの幕を行ったり来たりしていた。


 軍規の緩さは異常で、一日かけて歩けば懐や榮陽に行けるので、非番の部隊は補給と休養で後方に行ってしまったりもある。かといってそれを責めるに責められるはずもなく、互いが黙認するしかない。指揮下に居ない軍勢など、どれだけあっても邪魔でしかないとはこのことだろう。


 曹操も島介もある種の確信があった、自分達の兵は軍営を離れるのを禁止していたが、後方へ行った部隊らは娼館なりで絶対に内情を喋ってしまっているだろうなと。


「画期的な作戦を思いついた、とかなら良いが」


「あの面々でそれはないぞ。連合でそれが出来るのは、俺と島殿の二人だけだ。ははははは!」


 お得意な曹操のよいしょが飛び出す、こうやって自分と相手を持ち上げることで上になろうという目論見なのだ。それが悪いかと言うとそうではない、その上でごくごくまれに本心を述べたりもしていた。


「大体あんな関を正面から攻撃するなど、気がふれたかとすら思ったよ」



 誰に邪魔されずとも、攻城兵器が無ければ門を破壊は出来ないし、壁をよじ登ることも出来ない。弓矢を射上げても威力は半減するし、長い梯子など登っている最中に攻撃を受けて転落してしまう。百害あって一利なしとはこれだ、こちらの士気は下がり死傷者はあちらの百倍、兵糧は減り続け不満は仲間割れの原因を作り出す。


「何もせずに捨て置くわけにもいかんが、今のやり方はうまみがない」


 ここで腹案を出してやるほどお互いに切羽詰まっても居ないせいか、自然と会話が途切れた。


「仕方ない、本営へ行くとするか」


 曹操が腰をあげると、島介も共に立ち上がる。一旦自身の幕に戻り、荀?を伴い本営へ向かう。遅刻も良いところではあるが、そうしたところで誰が文句を言うわけではないので気にせずに行く、すると。


 諸侯がコの字型に座っている真ん中に、みすぼらしい男三人が立っていた。一人は一般の成人男性並、ところが後ろに立っている二人は縦も横もそこらの兵士よりも遥かに大きく、島介と同じ位に思えた。


「何だ、場の雰囲気がおかしいな?」


 内門の直ぐ外で気づいたので荀彧にチラッと目線をやる。


「志願兵かなにかでしょうか? 立派な兵ですが」


 よくわからないが、気にせずに二人でそいつらの後ろを通り、入ってすぐ右手の末席に腰を下ろす。何せ太守や刺史らのほうが上席で、恭荻将軍は十八鎮であることも相まり一番端っこなのだ。隣の張超太守に会釈をして真横から三人組みを見た。


「孟徳、あ奴らは何者なのだ?」


 袁紹が隣に立っている曹操に尋ねている。なお曹操の椅子は鮑信と張貌の間に設置されている、初期の挙兵組なので盟主に近い席次だ。


「外門にきて門衛に止められていたのですが、見どころがありそうなので招き入れました」


 遅れて来た時に曹操が見つけて中に入れたらしい、ということはやって来て間もないということになる。袁紹はうんうんと頷いて「して、名は?」当然の質問をした。


「あー、うん……失念いたしました。そなたは何という名だったかな」


 聞いては居たらしいが覚えていない、こんな僅かな間でそうなのだ、実は大して興味が無かったのだろう。


 妙に腕が長く、福耳の男。やたらと長い髭の奴もいる。この場の誰一人として顔を知らないらしい。年の頃は三十歳ほど、三人とも同じようなものだろうか。


「許しを得て発言致します。某、元の高唐県令で劉備、字を玄徳と申します。帝を蔑ろにする董卓を打倒する連合軍が興ったと聞きつけ、歩兵五百をかき集めて参陣致しました」


 歩兵五百と聞いて諸侯らが声をだして笑った、この場にあるべき人物ではないぞと。奥にたっている赤ら顔の髭もじゃが文句を言おうと前に出ようとするのを、長い髭が止めた。劉備を名乗る男は、平静なまま拱手をして前を向いている。


「そうだそうだ、劉備だった。こうして山東よりわざわざ駆けつけて参られたのには感謝をする。世にこのような志ある人物と、董卓を倒そうと言う雰囲気があるのは漢にとって喜ばしいこと。だが、本営に連なるにはちと貫目が不足していると思えるのだがどうだろう劉備殿」


 それは仕方のないこと、袁紹からではなく曹操から指摘され、その上で自身の口で役者不足を認めさせればお互いに納得いくところだろう。


「某は中山靖王劉勝の末裔に御座いますれば、漢を救うべくこの戦に、どのような形であっても身を投じ、国家の為に尽くしたく存じております。願わくば末席に加えて頂ければ幸い」


 中山靖王劉勝は子だくさんで有名な人物で、そのひざ元には一万人は系譜を下ったものが居たと見られていた。口だけか事実か、この場ではわからないが、確かに一般人とは違う何かを感じさせてはいる。実際のところ、生活が貧しくてムシロを売っていたわけだが、それでも租税や学費の免除特権を持っていた本当の末裔ではあった。先にあったように、万でいるうちの一人ではあるが。


「ふむ、と申しておりますが。袁紹殿、いかがいたしたものでしょうか」


 ここで責任を取ることがないようにと曹操が丸投げしてしまう。飽きたのだろう。優柔不断な袁紹にこの場で決められるはずもなく、どこからか声が上がるのを待っていた。そこで遅刻してきた島介が立ち上がると三人の傍へ行く。劉備が向き直り一礼した。


「私は恭荻将軍の島介、劉備殿ということは、後ろの長い髭の者は関羽、もう一人は張飛でしょうか」


 はっとした顔になり「仰る通りで御座います。島殿は何故愚弟らの名をご存知で?」後ろの二人も驚いている。


「孫羽将軍より有望な男達が居たと聞いたことがありましたので。なるほど目にして得心行きました、劉備殿には富貴の相が出ている。そちらの髭殿は忠義の相、そしてもう一人は並ぶものなしの豪傑の相が」


 島介は最近覚えた小技である、孫羽将軍から聞いたという確かめようもなく、なおかつそんなこともあり得る枕詞を使った。後は結果からこじつけたズルでしかない。


 諸侯ら全員が子供の頃から既に将軍として北狄と戦い続けていた孫羽将軍、その名を出されては言いがかりもつけづらい。この手段が使えるのもそう長くはないだろうが、もう一年位は出来そうだと内心舌を出していた。


「かの大人がそのようなことを、何と申し上げれば良いか」


 それまで仏頂面だった関羽と張飛も笑顔で深く頭を下げた。それが劉備を褒めたからか、自分達を良く言ったからかはわからない。


「盟主殿、何なら私の席次を劉備殿に譲っても良いと思うが――」


 どうするかそろそろ判断しろと島介が投げかける。実はここに一つの懸念を匂わせている。席次が上下すると言う前例があると、盟主を降りさせ別の者が就任することがあり得るという部分だ。そういったところには敏感だったのか「劉備殿を第十九鎮として認める。誰ぞ椅子を持ってこい」承認してしまう。


「さあ劉備殿、こちらへ」


 十八鎮の更に左手に簡易な椅子が急遽据えられ、末席が一つずれる。荀彧の顔が目に入ったが、何事もなさそうな顔で立っているくせに、目は口ほどにモノをいっていた。流石にここでは私語は慎んでいるが、あちこちから話掛けられそうな雰囲気を島介は感じていた。


 そこから小一時間現況確認のような無駄で暇な時間が垂れ流される。あくびが出そうになるのを必死にかみ殺し、平然とした表情を保っていると外が騒がしくなった。伝令兵が駆け込んで来る。


「今は軍議の最中だ!」


 王匡がきつめの叱責をする。だが伝令は怖じずに「虎牢関前に呂布隊が現れました!」戦況に変化があったことを報せた、言ってさえしまえば役目は果たしたも同然。

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