第256話

「では速やかに落としてしまおう。張遼、典偉、甘寧、文聘、趙厳、お前達は民を装い山陽の門を一つ奪い騎兵が突入するまで維持しろ」


「アレだな島殿、了解だ!」


 アレでわかる面々がにやにやして了解する。曹操には通じなかったが、全てを任せてしまうのは面白くない。


「元譲、妙才、子孝、子廉、子和お前達も一緒に行け」


「解った、島殿良いだろうか?」


 曹操の命令ではあるが、夏侯惇がきっちりと承諾を求めて来た。ダメだと突っぱねる理由もないので「よろしく頼むよ」あっさりと許可する。正直なところこんな面子の分隊と、ことを構えなければならない山陽の門兵らが気の毒でならない。


 頭まですっぽりと隠れる布を被り、大八車を曳いて行商人を装い十人が山陽の門へ向かう。体格が良い男らがまとまってやって来たので違和感を得て「お前達、荷を改めるぞ!」門兵が近づいてくると、それを殴り倒してしまう。


 荷台から獲物を取り出すと門を守っている残りの兵を片っ端から倒してしまう。布をはぎ取り十人が門の中央に陣取る。


「はっはっはっはっは! 甘興覇がこの城もらい受ける!」


 腰につけている鈴を鳴らして、あちこちに突っ込んでいっては大暴れしている。それをみた曹仁が負けじと吠える。


「曹子孝が参る!」


 山陽県の守備兵はたまったものではなかった、少数の涼州兵がやって来て立ち向かうも、あまりの強さに後ずさってしまった。


「なんだこいつらは!」


 城内で待機している兵が続々と集まって来るが、一斉に襲い掛かっても全く崩れずに辟易する。そこへ遠くから騎馬が駆けて来るのではないか。


「こいつらを倒して直ぐに門を閉じるぞ!」


 遠巻きに矢を射かけた後に、矛の先を揃えて一斉に突っ込む。そこへ夏侯淵と趙厳が弓を連射した、戦列に穴があく。典偉と夏侯惇がそこへ突っ込んでいくと、二人、三人をまとめて跳ね飛ばして突撃を鈍らせる。


 抜けて来た城兵をそれぞれが相手をするが、全く対抗出来ずに城兵が沈んでいく。さっと十人が門の中央を空けて脇に身を寄せた。すると黒軍装の騎兵団が突っ込んで来る。


「邪魔する奴は踏みつぶせ!」


 北瑠が叫び先頭で城へ突入する。重装騎兵に対抗出来るのは重装騎兵だけ、歩兵は馬に接触すると文字通り跳ねられて宙を舞う。馬上から振るわれる矛の一撃は頭を割り、反撃は良くて足に傷をつけて終わり。


「無理だ、逃げろ!」


 誰かが逃げ出した瞬間、士気が崩壊して城兵が散り散りになって背を向け走っていく。重装騎兵は弓を手にして追撃を仕掛けた、各所の門が開け放たれて我先にと外へ行く奴らを侮蔑の視線で見送る。遠くからゆっくりと騎馬が並んで城へやって来る。


「なんと踏ん張りが無い奴らだ、城を護るために駐屯しているのではなかったのか」


「上手くいくときはこんなものだろう。島殿の気持ちも理解出来るがな」


「取り敢えず城の備蓄を頂くとしよう」


 山陽にどれだけが積まれているのかは知らないが、全く空っぽではないだろう。戦利品と言う奴だ。


「島殿の手柄だ、貴殿が全て持って行くと良い」


 本当は補給が厳しく幾らかでも欲しいはずの曹操だが、何かしらの考えがあってかそんな申し出をしてくる。


「では装備品は貰っておこう。金と食い物は双方兵に分け与える、それでどうだろう?」


 思っていたのとは違う処理を突き付けられて、数秒考えた後に「士気が上がれば次につながる、大いに結構だ! ははははは!」全てを認めた。何があるかを調べた後ではないところに、若干のつばぜり合いがあった。荀彧はそれを黙って聞いているだけで、頭では先のことを考えている。曹操が側近らと何か話をしている間に、島は荀彧の隣に行く。


「どうした、何か思いついたか」


「敵兵が逃げ出していったのをご覧になられましたか」


 何を言い出すのかと思えば、妙な物言いだった。ではそこにどんな意味があるのかを考える為に、先ほどのことを思い出す。


「ああ意気地なく逃げて行くのを見たぞ。それがどうかした…………ん、もしかして?」


 荀彧は微笑む、何かに気づいたのが嬉しかったのかどうか。


「はい、城兵は西へと逃げて行きました。なぜ懐県がある南ではなく西へ逃げたのでしょう」


「そちらに味方がいるからだな!」


 山陽の北側は山地、西は山の裾野が続いていて、一日と半分の距離で野王県があった。最初からそちらへ逃げるように命令があったか、さもなくば味方がいるというのは説得力がある。


「懐には徐栄の本隊があるでしょう、榮陽にも李蒙隊が。となれば残るは李粛の騎馬隊が潜んでいるものと思われます」


「うむ! 知らずに懐を攻めようとしていると、背中から攻められていたわけか。徐栄というやつ、侮れんぞ」


 目下のところ連戦連勝の徐栄軍団、与えられた条件で戦う才能は高い。一方で条件そのものを設定したり、戦いの相手を切り替えたりする能力は未知数だった。いうならば軍団長として限られた範囲の戦場を取り仕切るのが、最高の効果を発揮できる武将なのだろう。


「我等は野王県が必要なわけでは御座いません。李粛の騎馬隊を自由にさせない為に、一つ策が御座います」


「ほう、是非聞かせて貰うとしよう」


 にやりとして馬を寄せると荀彧が小声で耳打ちする。なるほど、と納得すると「荀彧に手配を任せる」島が進言を認めてしまう。山陽の倉を開けてみると、兵らが数日飲み食いできるだけの食糧が残されていた。


 半月もすると勢力圏が動いた。山陽県には少数の守備隊のみを残し、懐を多勢で包囲していた反董卓連合軍の袁紹を中心とした軍勢は、四万人に登っていた。近隣に軍陣を築き夜にはそこに籠もり包囲を続ける。ところがある晩、徐栄は籠城が無理だと悟ると風のように城から消え去ってしまったのだ。


 軍旗を巻いてしまい堂々と東へ向けて行軍していたらしく、味方だと思ってどの軍も誰何しようとしなかったので、まんまと離脱。その後は時計回りで迂回して黄河沿いを西へ逃げて行ったというのを翌朝になり知る。袁紹は怒りを露にしたがそれをだれにぶつけるわけにもいかずに酒を煽るしかなかった。連合と言う並列する所帯の弱点が利用された結果だろう。


 一方で榮陽を攻めていた橋瑁や劉岱らは、見事にこれを撃破し城を占拠していた。が、どちらが功績を得るかで二人がもめてしまうと言う禍根が残ってしまう。許楊になだめられその場では引き下がったが、どうにも上手くない。


 野王県に居たはずの騎馬隊も撤退していったのを見張りが確認している。懐には王匡がにこにこ顔で戻り、懐かしの椅子の座り心地を確かめていた。


 偵察を出したところ、黄河の渡し場は完全に董卓軍に押さえられているので、それぞれの城に少数の守備隊のみを残し、連合軍は虎牢関へと進軍する。


 洛陽の東門にあたる虎牢関は元はと言えば汜水という村にあった関所で、秦の時代から存在している。それゆえに汜水関とも呼ばれているが、現在の虎牢関はその昔の名称の関所よりも南東に新たに設置されたものだ。漢の時代に入ると成皋県に組み入れられて成皋関とされ、後漢に変遷した後手入れをされようやく虎牢関になった。


 このあたりは山がちで通れる道が少なく、細かい関所を統合してそう呼んでいたりする時代もあった。今は中くらいの道を全て一つの関所で封鎖してしまい、小さな道は完全に破壊し往来を禁じている。馬車が通れない道は軍道としては極めて難ありで、補給が一切行えない忌地になるので首都防衛の目的を果たせた。


 その虎牢関が見える位置に各軍の旗を並べて立て、大きな陣幕を張った場所が用意されている。連合軍の本営で、鎮と称されているそれぞれの代表らが一堂に会していた。南陽方面の袁術、孫堅、劉祥に公孫賛と韓馥は居ない。


「連合軍の勢いは凄まじく、各所で董卓軍を撃破し洛陽へ迫る勢い。虎牢関を目の前にして十万の軍勢がひしめいている。英傑らが集ったこの地に、更なる吉報がもたらされると信じておる!」


 袁紹が開幕の挨拶とばかりに景気の良いことを言い放った。なるほど確かに奪われた河内の城と、榮陽は手に入れた。だが徐栄軍団は若干の被害を受けただけで、指揮には全く問題ない形を保ちどこかで様子を窺っている。そのうえで関所を抜けられずに大軍が留め置かれているのだ、勝利には程遠い。

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