第241話



「うげぇ!」


 目を回して落馬をする。左右同時に攻撃をしてくる、身体を半分捻って突きをかわすと、片手で矛を振り回して兜を打ち付けた。脳震盪を起こして馬にもたれかかり脱落。


 強敵と見てか積極的に攻めて来なくなった。まあこの位で良いだろう。地面に石突きを叩きつけて切っ先を空に向けると胸を張る。


「我が名は島介、羽長官の志を継ぐ者だ!」


 腹の底から大声を出す。騎馬兵らがビクっとしてこちらを凝視した。後方から武兵がやって来ると口々に「島長官の入城だ!」と知らしめる。介長官とどちらが良いかと尋ねられた時に、島長官にしてくれと頼んだ。龍長官という選択肢もあったらしいぞ。


 騎馬兵らが下馬して拳礼をし迎える。関所の門が開かれると「島殿、来ましたか!」張遼が現れた。まさか裏で隠れていたわけじゃないよな?


「ああ、遅くなってすまなかった」


「で、どうです」


 張遼が笑いながらどうとでもとれるような一言を投げかけて来る。


「控えめに言っても最高だな。流石だよ」


 軽く鼻で笑って馬を進める。後ろでは武兵団が騎馬兵らと話をしているようだ、元は同じ場所の出だからな、顔見知りだっているだろうさ。荀彧はつぶさに山道を観察している、時折小さく頷いているようで感心しているっぽいぞ。


 迷路のような道をしっかりと行くと、大手門に辿り着く。外開きの門が開けられた時に苦笑してしまった。縦長の門は左右中央に三か所の鉄が使われている、表面は薄い銅でも貼ってあるのか燃えないように作られていた。


 でだ。ならば押して閂を折る位しか考えられないわけだが、道は斜めに作られているし、なにより門の内側には段差が設けられていて押したって下側が石にぶつかるだけでびくともしない物になっているではないか。


「要塞とはこいつだな」


「馬車が入る時にだけ、板を渡すそうだ」


 スロープを作るってことだよな、普段の不便と緊急時の防御の等価交換か、軍人らしい発想だ。こんなことを街でやろうとしたら猛反対を受けるだけだからな。私邸ならどうとでも出来るわけだ。城の中にある本当の意味での屋敷に足を踏み入れた。そこには見覚えがある男が居た。


「癒彫主簿か」


「恭荻殿。来られましたか」


 いつものようないけすかない顔はしていないな、色々と立場をわかったからか? 主要な者らしか近くには居ない、少し話をしておくべきだろう。


「この城にある者らを代表して来訪を歓迎いたします。羽長官の遺言通り、これよりここの主は恭荻殿……いや、島介殿で御座います」


「皆は納得しているのか?」


 特にお前はどうなんだよと問いたい。兵は従うだろうが、将らは何とも言えん。


「羽長官のご意志は須らく守られるべきだと確信しております」


 まゆを寄せて感情を必死に抑えているのがありありとわかる。少しだけ視線をあたりにやってから元に戻した。


「では言葉を変えよう。癒彫はどうだ、納得しているのか」


 唇を噛んで奴はこちらをじっと見据えて来る、そして目を閉じた。従わぬやつなど押さえつけて無理矢理に使うつもりはないんだ。


「我等癒兄弟は幼き頃、羽長官に拾われました。北匈奴が度々襲撃をしてくる地で親を失った、それが意味するところは死あるのみ。ゆえに我等が命は羽長官のもの。弟はかつてその身を挺して主を守り、この世を去りました」


 ……ふむ、軽くさわりは耳にしたことがあったがな。


「既に私は尽くすべき相手を失いました。ですが志を継ぐために各種の処理を終えるまではこの場に在ろうと考えております」


「ではその後は」


「全ての職を辞して、羽長官の亡骸を守りたく存じます」


 真っすぐにこちらを向いて言い放つ。こいつのすべきことはそれか、なるほどな。


「癒彫へ島介が願う、羽長官が安らかに眠ることが出来るよう尽力して欲しい。荀彧!」


「は、ここに」


 黙って聞いてたが目の前にやって来ると返事をする。


「癒氏へ墓を維持するために二戸つけてやりたい、志願者を手配してやるんだ」


「御意。潁川より土地と財貨を与え、墓守を募ります」


「島介殿、ありがたく」


 そりは合わんがこういう別れならば悪くない。ただ遺産を相続するわけではないのだ、これから為すべきことをしかと胸に刻め!


「一時間後に城内の者を全て広場に集めろ、俺が演説を行う。それまで一人にさせてくれ」


 そういうと皆が部屋を出て行く。床に座り座禅を組んで瞑想をした。人に代わりなど存在しない、俺がどうあるべきかを知らしめるだけだ。


「我が君、お時間です。広場に皆が集まっております」


 まるで一瞬かのような感覚だった。大きく息を吐くと立ち上がり部屋を出る。城門の上に登って行き、城内を見渡した。多くの軍兵と、それに付随する家族か何かの姿があった。不安と期待が七対三くらいで入り混じった視線が向けられた。まあそれはそうだろう。二千人から三千人あたりか、県と変わらんような規模だぞこれは。


「俺の名は島介、字を伯龍と言う!」


 ゆっくりと、しかし大きな声で何者かを明かす。事前に知っているものばかりだろうが、それでも名乗りは必要だ。全員が聞こえるような声、ただ大きいだけでなく通る声質が求められる。


「先だって羽長官に願われ、その志を継いだ! 我等は国家に忠誠を誓う者ではない。その志は人そのものを想い、己に嘘をつかず、他者を欺かず、未来を切り開くものだと信じている。羽長官を失い絶望を感じている者がいるならば、希望を探すことから始めよ! 俺は決して仲間を裏切らない、どれだけ不利益を被ろうと見捨てない、だからお前達を信じさせてもらう!」


 腰に履いた剣を抜いて切っ先を天に向けた、そしてそれを振り下ろし武兵団へ向ける。


「戦友よ、共に志を頂くと言うならば応えよ!」


 すると百人の武兵団が声を張り上げた。


「島長官! 島長官! 島長官!」


 張遼や典偉らも一緒になり何度も何度も繰り返す。やがてその場の皆が声を上げるようになった。剣を真横に振る。一人の部将らしき人物が進み出て来る。皆が口を閉ざした。筋骨隆々とした恵まれた体躯、顔つきは中原の者ではない気がした。


「俺は北瑠、兵団の部将をしている。兵団の多くは北狄と呼ばれる異民族の出だ、島介はそれでも皆を率いるつもりか」


 まだ認めるつもりはないか、ほいほいと主を変えるのも考え物だからな。


「北狄か、確かに顔立ちが違うなとは思っていた。だがそれがどうした?」


「民族が違えば殺し合うのが常識だ。島介とてそうだろう」


 兵らの多くは肌の色が微妙に薄かったりするのが混ざっている、異民族を引っ張ってきているのは事実だろう。こういうことは度々あるんだよ。


「俺の常識は世の非常識と同義でもある。最初の妻は越南、その次は別大陸、そして最後は西羌の出身だ。今となっては妻子共々この世には無いが、民族の違いなど些細なこと。大切なのは心であって見た目や過去ではなく、未来だ!」


 このことは荀彧らにも話していない、何かしらの衝撃を与えたようだ。死んだのはニムだけで、他は死別したことはないがこの世には居ないぞ。


「島長官、我等北狄騎兵二千、麾下に加わらせて貰う!」


「決して蔑ろにはしないが、死ねと命じることはある。それでもか」


「最高の死に場所を与えてくれるならば、それは戦士の誉れだ!」


 胸に拳を当ててこれでもかと言い切った。なるほどこいつは確かに戦士だよ。


「よかろう、ならばその命あずかる。厳命する、俺が死ねと命じるまでは勝手に死ぬことは許さん! いかな窮地であっても、知恵と勇気と弛まぬ訓練で生き延びよ!」


「応!」


 城内に高揚した声が木霊した。そういえば備蓄はどうなっているんだ?


「癒彫、ここの糧食、財貨はどうなっている」


 下僕に持たせていた巻物を差し出してきたので受け取り、中を読み上げた。やはり結構な物量だよ。


「目録で御座います」


「うむ。倉にある財貨の半分を屋敷の住人に分け与え、その上で暇が欲しい奴は召し放ちをすると伝えよ」


「島介殿、これだけの財貨があればいかようにも出来ますが、分け与えると仰いますか」


 何故、疑問を持っている表情がありありと解る。こいつだけではなく、周囲の奴らもまさかって顔になってる。


「俺の故郷では、親が死ねば子が相続をしたものだ。羽長官の財産を俺が相続したなら、半分は子である皆に分け与えるのがならわしになる。それに、従うつもりがないやつを縛る気はないんだ」


「畏まりまして。我が役目、それを以てしてお返し致します」


「典偉、癒彫の指示に従いお前が手配をしろ」


「へい、親分!」


 やはりこいつは相手を選ばんか、使いやすいと感じたならそういうことだ。把握をするのに数日欲しいが、長々都をあけて良いものか。だが足元を固めるために来たんだ、ここは省くべきではないな!


 思ったよりも時間が掛かったが、これで地盤は固めることが出来たぞ。半月ぶりに都に戻って来ると、早速文聘が耳打ちをしてきた。幕僚らもほぼ全員が傍に集まっているぞ。

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