第236話
それな、何処に誰が居るかは把握してないんだよ俺は。
「これを機にやって来る奴は必ずいるさ、それも大勢な。そのうちの僅か一握りだけが、本心から国を思って行動しているだけで、殆どは好機とみて影響力を手にするために動く」
間違いないぞ、混乱が起きれば誰でも一旗あげることが出来るからな。そういう俺も似たような者だが。
「でありましょうな。そう言えばこのあたりの山中に、陳概殿が住んでおられます。陳紀殿の縁続きで、宮廷に出仕していることも御座いました。今は隠居して畑を耕しながら書を読む日々だとか」
「何かしら気づいたことが無いかを聞いてみるのも良いかもな。明日訪ねてみてくれ」
全員で押しかけるのは迷惑だからな、少数で様子を伺うだけでいい。地元の案内人として話を聞けたら上々だよ。警戒を置いて夜を明かすと、日の出から僅かで移動を再開した。山地に入ると山の中腹を行くようにして、部隊を半分ずつにする。
二キロ程度離れた場所なので目視可能で、緊急時には旗でやり取りが出来るようにしてあった。こちらは近衛騎兵ばかりで、向こうは残り全てを甘寧と典偉に任せている。
「我が君、ここから西に行ったところに陳概殿の庵があるので少々外します」
「気を付けて行って来るんだ。郷土兵五十を連れて行け」
荀彧の護衛と言うことならばしっかりと働くだろう、何せ猛獣が出る可能性もある。人相手ならば知恵で何とか出来たとしても、言葉が通じなければどうにもならない。
さて、若干の斥候を出しながら進んでいるが何の手がかりもないな。張遼は先行して主要な箇所を確認して回らせているが、そういうところは避けているんだろうか。こちらより遅れているとは思えんが、何処にいるんだ?
山間の道を北へ向けてうねりながら進み続ける。備えてあったので水も食糧も七日は持つので独立行動は継続可能だ、北西に十数キロ行けば郷があるらしいが。昼飯の為に大休止始めたところで兵が駆け込んできた。
「申し上げます! 荀彧様より火急の報告です! 陳概殿の庵に陛下の一行が寄られたとのこと、馬車を求めて治水郷へ向かわれたようです!」
「何だと! 全軍に告ぐ、速やかに移動を行うぞ。甘寧と張遼にも早馬を出せ、事は一刻を争う近衛騎兵だけでも先行するぞ。趙厳ここへ!」
唯一残っている幕僚がこいつだ、これだけあちこちへ送ってもまだ居ることに感謝だよ。やって来ると拳礼をして畏まる。
「ここに!」
「皇帝の足跡が見つかった。俺は近衛騎兵を率いて治水郷へと急行する、趙厳は歩兵を統括して追いつけ」
「承ります!」
飯抜きで諦めて貰うぞ、都に戻れば腹一杯食わせてやるさ。ここで遅参するようなことになれば悔やんでも悔やみきれんぞ。騎馬すると矛を手にして声を上げる。
「聞け羽林の騎兵たちよ、陛下の消息が掴めた。我等はこれより万難を排してその御元へと急行する、食事をしている暇はない、即座に動くぞ!」
「応!」
この時の為に近衛兵として訓練を積んできた、一日二日食べずとも死にはしないとばかりに全員が騎乗する。舎人として囲っている郷土兵の一人が偵察に出たことがあると申告してきたので、そいつを先頭にして治水郷へと駆けだす。
八百騎とは中世ヨーロッパの騎兵一個連隊だな! ん、武兵団もついてくるか、そうだな、そりゃそうだろう。
道は狭い、交互に馬体をずらしても二列縦隊でどうにか進めるか怪しい。ここで下手をしても面白くないので、一列縦隊になって山道を駆けていく。速度は時速で十キロから二十キロの間くらいか、マラソン選手のような感じか。一時間程度で到着の見込みだな。
木々が深く山が多い、郷は盆地にあるんだろう。馬車を求めたということは徒歩で落ち延びたわけか、食うものもろくに持たずに出たに違いないぞ。陳概というのが差し出したんだろうが、一体どこへ向かっているんだ?
このあたりに邑があるのかも知れん、そこならば一休みするのに最適だ。地域の事情に詳しい者が居たらそれを指摘して向かうはずだ、ということは出遅れているのはこちらだぞ。だがことを知ったスタート地点はこちらが早い、どちらも有利ではないか。
「将軍、郷の北東辺りに土煙と軍旗が見えます! それに南東にも」
あの規模は大きいぞ、万の軍勢だ。さもなくば千以上の騎兵が疾走していることになる。この山道だ騎兵の疾走とはならん、ということは歩兵の大軍だ。
「歩兵校尉の旗を掲げて到着を喧伝して回れ。陛下を確認次第即座に報せるんだ。散れ!」
必死に馬を走らせ続け、歩兵に先着した! 俺は郷の南側に陣取りどこから報告が上がっても駆け付けられるように待機する。軍旗を大きく振って東の方から騎兵がこちらを目指して来る。
「居られました、こちらです!」
供回りを引き連れて先導する騎兵についていくと、郷に不似合いな装束を身に着けた十人程の一行が目に入った。荀彧らはまだ辿り着いていないのか。老人が殆どで、子供が一人、いや二人か。下馬すると小走りで駆け寄り片方の膝をつく。
「陛下の御前であるぞ!」
侍従の高官らしき爺さんが、埃まみれになりながらも儀礼を順守するようにと求めて来た。そんなことをしている場合では無かろうに、だが仕方ない。九拝して声が掛かるのを待つ。
「名乗れ」
満足したのかゆっくりとそう命じられた。
「歩兵校尉を預る島介、近衛騎兵と共に足下に駆け付けました。どうぞご命令を」
兵気が近づいてくる、さっさと馬に乗せてここを離脱せんと間に合わんぞ!
「この場に光禄勲は居らず、司徒も不在。されば御言葉を賜る故そこで待て」
切り株の上に絹布を敷いてその上に座っている小太りの男、少帝にどうすべきかを奏上している。いいから早くしろよ愚図が!
「陛下、歩兵校尉を名乗る島介なる者がやってまいりました。官は履いているものの、どちらを向いておるかは判然と致しませぬ」
「ふーむ、知らぬ名じゃのう。うーん、協はどうしたらいいと思う?」
知られているはずがない、年にどれだけの奴が出入りしているかってことだよ。一生関わらずに死んでしまう奴の方が圧倒的に多いからな。
「島介は董皇太后が私に引き合わせた者で御座いますれば、国家の忠臣で御座いましょう」
「おお、協の知っている奴だったか。ならば安心だ、良きに計らえ」
「ははぁ、陛下の御言葉を頂き、守護を命じます」
恭しく勅令を頂いてる場合じゃない……手遅れだ。少数の騎兵が近くにかけて来る、歩兵も息を切らせて遠くからやって来るところだ。立ち上がると旗印を睨む。『前』『董』か、だろうと思ったよ。ふてぶてしい表情で騎馬した巨漢が近寄って来るとじーっと目を細めて様子を伺う。
「前将軍董卓、皇帝陛下の危急と聞き駆け付けましたぞ! 速やかに我が軍の保護を受けられるが良い!」
ほうイメージ通り過ぎて逆に安心だな、俺が居なければあいつが先着で他に頼る相手が無ければ結末がああもなる。
「ひぃ、ぐ、軍が近いぞ……」
威圧に怯える皇帝と、動じない弟か。まるで漫画の名シーンだな。その姿を見ても高官の爺さん共は声を出さないか、どうなるか気性も知っているんだろうさ。だが劉協が数歩進み出る。
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