第235話

「おい吏路、牽招、落ちついて何苗将軍の身辺警護に集中するんだ。他は誰かがきっちりとするから、そこまで考えなくてもいい」


「島将軍、ありがとう御座います!」


 拳礼をして不安を見透かされたのに若干恥じつつも、無理してでも笑顔を作る。それでいい。


「一大事あれば北門の外側に待機しているから報せろ。では武運を祈る」


 こいつらに何かが出来るわけではないが、顔を知りこうやって言葉を交わす仲だ、無事で居てくれと願う位いいよな。内城から出るのに同じ門を通らずに、東門を選んだ。多くの情報を一カ所で知るのは良くないことだからだ。


 市街に出るとゆっくりと駒を進めて、城外の文聘らと合流を果たす。その頃にはもう真夜中だった。宮のあたりがほのかに明るいように見えている、火の手があがっているんだろうなあれは。


 さて何が何でも全員で警戒している必要はないぞ、かといって黙っていたら全員が落ち付くまい。


「文聘、五人に一人警戒で一時間交代、後は食事と休憩をさせておけ。何事かあってからの準備で構わん」


「ではそのように命令致します」


 傍には荀彧が居て空を見上げている。趙厳は俺の招きを容れて控えている、少し話でもしておくか。


「趙厳こちらへ」


「はい、将軍」


 高校卒業直後って感じだったか、こいつはこんな時でも冷静なんだな。


「本来ならばこの歩兵校尉が率いる近衛、皇帝を守るために宮に駆けつける命令が下される。だがなんと不思議なことに争いなど起こっていないことになっている。お前はどう思う?」


 異常なし。騒がしくても今の帝にはそのように報告が上がっているだけなんだよ、お互い下手な勅令を出されても困るからな。


「騒ぎを収めた者が、負けたものを騒乱で処断するように訴え出るのでしょう。兵力で争うならば宦官に勝ち目は薄いかと」


 無いではなく薄いと表現したか。そりゃ完全にどうだとは言えないからな。


「ではもし君が宦官ならどうする?」


 幾度となく繰り返した言葉、君ならどうする。趙厳という男の考えを知るには、これこそが最高の質問だろ、なあ荀彧。話を聞いているだろうが、視線は星を見たままだ。


「宦官は皇帝陛下の傍にある存在だからこそです。また兵力が有効なのは皇帝陛下に刃を向けないからです。ならば、御体を他所へ移し共に将軍らに武器を捨てろと勅令を出すべく動きます」


 俺も同感だ、正解だよ。


「では具体的には」


「それは……申し訳ございません、自分では考えが及びません」


 目を閉じて小さく頭を左右に振る。限界を知っているものが潔く降参をしたか、出まかせで食い下がるのは現場で武器を振り回すやつなら褒めてやるが、より多くを握るものとしては野蛮でしかない。


「荀彧ならどうだ」


 こいつの理解度は俺を遥かに越えるが、ちょっとしたズルをしている今はこちらがより遠くを知っているぞ。


「渦中を遠ざかる、出来れば二日ほどの距離があるのが望ましいでしょう。城壁に囲われているのが理想ではありますが、街道では直ぐに見つかってしまう懸念が御座います」


「だろうな、何せ目立つ」


「ですので道を外れ動きます。しかし馬車が通ることが出来るのが最低限の条件、南部へは向かいません。実は未だに東か北いずれか迷っております」


「なに、人は知っている地があるとそこへ逃げようとするものだ、宦官らは最近とある場所へ出向いたはずだがどうだ」


 ヒントをくれてやる、俺も想像でしかないが平地でうろついていたら程なく発見されるだろうから、やはり山地に逃げ込むのが人情ってやつだろ。


「先帝の埋葬で御座いますか」


 何度も北部に偵察を入れろと言っているんだ、だが根拠が確実とは言い難いな。


「北部山地に向かうと俺は確信している。その為に彼の偵察も密にさせていただろう。細かい場所までは絞り込めなかったが、痕跡を残さずに移動できるような組み合わせではないはずだ」


「我が君の思慮に感服致します」


 荀彧が腰を折ると、趙厳も大きく頷いて同じようにした。そのうちズルが出来なくなるが、一度確立してしまえば別の経験が役に立つさ。


「全ては想像でしかない、二人とも様々な想定をしていて欲しい。一つの頭よりも三つの頭だよ」


 笑ってやり解放してやる。大将が歩き回っても邪魔になるだけ、兵の掌握はあいつらに任せて横になる。一晩経って野営陣に何苗のところの伝令が駆けつけた。お、もしかして上手く行ったか? 眼前にやって来ると、凶報と言うのがはっきりと感じられた。


「申し上げます。車騎将軍何苗様は、大将軍何進様の部将である、呉匡、董旻らの裏切りにより討ち死になされました!」


「裏切りだと!」


 なんてこった、兵力はあってもそこから攻められたら意味がないぞ。何苗がどうして歴史から名を消すのかと思ったら、そういうことか。だがどうして?


「なぜそいつらは裏切ったのだ」


「それが、何進様が危険な場所へ行くのを止められたのにそうしなかったのは、何苗様がその……死ぬのを望んでいたからだと、報復を叫び私兵を引き連れ車騎府へ乗り込んできました。不意を衝かれて命を落とされています」


 眉を寄せて悲痛な表情を作っている。逆恨みか、それとも本当に知っていたのか? いや、俺があった感じでは隠し事をしていた様子は無かった、こいつは呉匡とやらの勇み足だぞ。それを察知して止められなかったのは何苗の失策だ。そこからだ、伝令が迸るように駆け込んでくるようになったのは。


「洛陽外城十二門が閉門、出入りが厳しく制限されました!」

「曹操殿より、帝が行方不明であるとの密書で御座います!」

「執金吾による洛陽巡回が実施されています!」

「周辺諸侯へ、何進大将軍より檄文が出されていた模様です!」


 荀彧と顔を合わせてその檄文とやらの内容を調べることになった。東へは俺が伝令も出してる、保険だよ保険。


「どうやら何進大将軍は、正しき漢の将足るものは、朝廷の宦官を除き、真の忠誠を見せるようにと馬を走らせたようです」


「すると宦官が動いたのはそれを知ったからか。だと言うのに宮へ出向いたとはな……」


 何かしらの対抗策を用意していたと考えられるなこれは、だがそれすらも貫いて暗殺に成功した。こいつは宦官らの能力と結束の結果か?


「これは非常にまずいことが起こるでしょう」


「野心あるやつらが軍を率いて上洛をするわけだな。その前に俺達が皇帝を助ける、その為にここに陣取っているんだ。いよいよ動くぞ」


 伝令は出せても洛陽から軍兵を繰り出すのには混乱が大きい。司隷校尉は袁紹だから、あいつの許しがある部隊だけが出入りを許されているわけだ。恐らく最初から外に居なければ、曹操あたりの入れ知恵で俺は城内で待機になっていただろうな。


「張遼!」


「ここだ!」


 部隊へ目をやっていた張遼を呼び寄せると「調査済みの北部山地へ先行しろ。武兵団五十と泰山兵百を連れていけ。文聘も一緒に行くんだ」要所へ目を光らせる為に命じる。本隊は物資の移送準備をしてから二時間以上遅れて動くことになるな。


 手持ちの兵は近衛八百に武兵百、郷土兵百に泰山兵四百だ。泰山兵の忠誠度は疑わしいし、近衛兵は俺の直下でなければ命令出来ん、郷土兵は陳韋らの取りまとめで戦闘で消耗するわけにもいかん。数が居るようで争いには向かない集団になっているぞ。


 河を渡って北側、平県の領域に軍を進めた。県の南部だけが平地で、その殆どが山岳になっている。それらに歴代皇帝の陵墓があるので、あちこちに立ち入り禁止区域が設定されている。平民が迷い込めば首を落とされるので、危なすぎて一般人は殆ど寄り付かない。


 現代のような風景を想像してはいかん、未開の野山の間に草が生えていない程度の踏み固められた土があればそれが道と呼ばれる、移動をするのに大層苦労するものだぞ。陽が暮れてしまえば軍を動かすことなど出来ない、適当な場所を見つけて野営することにした。


 目につくように火を焚いている、こちらの存在を知らしめるためだ。張遼のところの伝令がやって来たが、目ぼしい情報は何も無い。幕にやって来た荀彧を見たが、こちらも収獲無しだった。


「絞り込んでいるにしても、この人数で探すには広すぎるな」


 五つに分散して捜索をさせることも出来るが、規模が小さすぎてどうにもならんぞ。


「洛陽で行方不明とのことですが、もしや潜んでおられるのでは?」


 その可能性はある、だがあちらで見つかればそれはそれで構わん。だが歴史では董卓が保護をしたから幅を利かせるようになったんだ、ならば都には居ないぞ。


「かも知れん。だが俺達はそうではない時の為に外で動いているんだ、僅かな供回りと共に落ち延びているとしたら、苦労をしているだろう」


 今まで安全で暮らすには不自由ない場所で育ってきたんだ、獣も居れば盗賊も居るような城外で、屋根もなく過ごすのは辛いだろうさ。


「一刻も早くお見つけしなければなりません」


「或いはあちらから見付けて貰うかだ。味方だと解れば接触して来るだろ」


 その為に面識を持てて良かったと思うよ。軍旗では見わけもつかないかも知れんが、俺が駆けつければ済む話だ。そういうこともあってやはり分散するわけにもいかん。出来て二つ、荀彧と俺がばらけるのが限界だぞ。


「……檄文を手にした諸侯らは上洛するでしょうか?」

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