第234話

「島殿の部隊も計算に入れるが良いな?」


 ここで言質をとるってことか、まあ拒否する理由もないし、何苗だってこれは望むところなんだろ。


「ああそのつもりだ。闇雲に兵を動かすのも良くないだろう、担当範囲をいまのうちに決めるべきでは?」


 それぞれがお互いの顔を見る。宦官を排除したその後を睨んでの事だろう、俺は別にどうでもいい。


「宮殿内は俺が詳しい、袁術と共に内宮を担当しよう。ここが一番危険でもある」


 一番美味しいところを袁紹が名乗り出る、持っている兵力や側近の中でも筆頭だろう地位を考えたら妥当なところだ。曹操に不満はあるだろうが、きっと納得する。


「なら俺は四方の衛門内を受け持つ。ここを塞いでしまえば外からの増援は止められる。衛尉への対応もしておくとしよう」


 つまり俺じゃ無理ってことだ。じゃあ何苗の担当はどうなるのやら。


「宮内の混乱は必至だな、何皇太后の安全が気になる。私は後宮の警護に回るとしよう」


 なるほど、それは理にかなっている。何苗という個人を以てして初めて成立する立ち位置だよ。


「して島殿はどこを?」


 これ以上宮中に居ても仕方ないだろう、この騒ぎだよな董卓が乗り込んで来るのは。ならば。


「渦中ばかりが全てではない、洛陽十二門の北部門に部隊を置こうと考えている」


「内城ではなく?」


 皆の想像を越えた場所らしい、だがそれでいい。


「宮中が大混乱を起こせば不慮の事態になりえる。遊撃の為の駒が一つくらいあった方が良いだろ。後付けの部外者のような立場だ、功績などよりも全体の補完をする役割を求める」


 敵に回らないように部隊を押さえる指揮官さえいれば良かったんだろ、なら俺の申し出を却下する必要もないわけだ。曹操のやつは目を細めてこちらの真意を読み取ろうとしているが、この時点でそこまで解っていたら神仙の類だな。


「そうしたいならば島殿の考えを否定することはない。車騎殿はそれでよろしいでしょうか?」


「本当にそれで良いのか?」


 希望があれば何苗が許可するというのと同義だろうが、今回はこれが最善手になる予定なんだよ。


「はい、城外でことが起これば自分が受け持ちます」


「わかった、ではそうするのだ。驍騎校尉よ、実行はいつにする、次の満月あたりか?」


 方策が決まればあとは速やかに実行するのみだ。満月は六日後あたりだったか……袁紹の奴もこれといって異論をださないが。


「明後日の夜半にしましょう。こういうことは早い方がよろしい」


 そうだ、それがいい。二日あれば兵を集めて行動出来る、やはりこういう感覚は曹操の能力の高さがうかがえるな。示し合わせて後に大将軍府を出ると「島介よ、一度始まればもう止まりはしないだろう。よくよく備えておくのだぞ」何苗が真剣な顔で念を押して来る。


「承知。皇太后が宦官らを匿うなどが無ければよいですが」


 そこが心配だ、何進も何苗も流石に皇太后の宮にまで兵を入れることはなさそうだからな。聖域を作ってしまえば奴らは身を隠すはずだ、その時どう追い詰めることが出来るか。袁紹は及び腰になりそうだ、曹操なら出来るだろうが衛門担当では浮かばれん。こうやって歴史は繰り返すってことか、致し方あるまい。


「うむ……そのようなことにならぬように尽力する」


 現実はそうはいかない、宦官の兵さえ遮断しておけば、何進は暗殺されたとしても何苗は守り切れる。それで歴史のIFを追い求めてみるとしよう。そこは曹操がきっちりと仕事をするはずだ。


 翌日、張遼らに兵を集めて待機させた。こいつらはほったらかしにすると、前夜であってもどこかへ飲みにでたり、女を買いに行ってしまうからな。禁足令を出して、飯を食わせておけば一日ならば不満はたまらん。


「我が君、この機に郷土からの兵も待機を掛けております。気づかれぬよう、洛陽北門付近の民家に分散していますので、ご留意ください」


「そうか。趙厳らが部将として統率を?」


「陳紀殿が編制を行い、陳葦殿を主将に辛批殿、杜襲殿、趙厳殿が率いております。我が君は趙厳殿が?」


 あの南方避難組だな、そいつらしか俺に関わり合いが無いからここ一番で手を貸すってことにもならんか。平時なら少しくらい荀彧の顔を立てる意味で手助けしたとしてもだぞ。


「ああ、間違いなくあいつが一番伸びる。ここだけの話今は、張遼や文聘、甘寧らを束ねる大将軍に成長すると思っているんだ」


 言い過ぎだろうか、張遼が大物になるのは確定だが、それを越えるかどうかというと五分五分なんだよな。どこかで早いうちに経験を一つ積ませたら、並ぶのは早いはずだ。伊達に数多くの奴らを育ててきたわけじゃないぞ。


「ほう……優秀であるとは見ておりましたが、そこまでとは。それでしたら郷土軍ではなく、こちらに引き上げてはいかがでしょうか」


「ふむ。傍に置くのは構わんのだが、趙厳がうんというものか?」


 あいつにだって選ぶ権利はあるぞ。折角避難していたのに、その地から引き戻した上に、渦中の洛陽に来いとはとんだ話だからな。


「彼の者であれば、真っ当な話をきっちりと守るならば嫌とは言いますまい。曲がったことが嫌いなのですが、他者と折り合いを悪くすることもありませんので」


 コミュ力高めの男ってことか。羅憲のような感じなのかもな、衝突しないで組み合わせられるなら便利だぞ。


「軍従事として呼び寄せて欲しい」


「御意」


 荀彧が引き下がって行く。洛陽内の様子を探るために、市民の装いをさせて兵を散らしてはいるが、これといった急報は入って来ない。屋敷とその周辺にだけでなく、城外に騎兵を置いたりして時が過ぎるのを待つ。明日になれば上へ下への大騒動だな。変に笑えてしまう、自分がそんなことに関わることになるとは。


 陽が暮れて早めに休もうとすると、甲冑に身を包んだ男が屋敷へとやって来た。俺のところの兵じゃないぞ。


「島将軍へ申し上げます。自分は大将軍府属の舎人、今日の夕刻、何大将軍は宮廷にて落命なされました!」


「なんだって!」


 あいつ、ノコノコと宮廷に上がったというのか! なんと愚かな!


「詳細を」


「宮廷で大将軍が謁見に向かったところ、宦官らに取り囲まれ刃にて命を。情報が外に漏れるまでに時間が掛かりましたが、現在関係各所に伝令を出しているところで御座います!」


 むむむ、明日行動しようとしていたが先んじられたか。何進が大人しくしていればこちらが先手を取れたものを……文句を言っても始まらん、ことは起こった!


「部将を招集し、兵に武装待機を命じろ! 時代が動くぞ」


 自らも甲冑をつけて屋敷の中庭へと出る。そこには既に見知った者らが集まってて、相互に情報を交換していた。


「荀彧、こちらが後手に回った」


 悔しさを隠そうともせずに、しかめっ面を晒す。計画を知っていた者らは皆同じ気分だ。


「ですが兵は招集してありいつでも行動が可能です、不幸中の幸いとはこれでしょう。我が主、宮へ乗り込みましょう」


 事前計画では俺は外を受け持つことになっていたが、準備不足の今、宮内で兵力不足を起こしているかも知れん。


「文聘と典偉は、郷土兵と武兵団、泰山兵を率いて城門北で待機だ」


「承知しました将軍。典偉殿、参りましょう」


 文聘が主導して少数と共にさっさと屋敷を出て行く。あの兵らは内城に入れる資格がないからな、それに分離しておいたほうが都合が良い。


「残りは俺と車騎府へ向かうぞ!」


 まずは確認だ、何苗が乱れた状況で何を優先するか。それにしても市街地は全く騒ぎが無いな。近衛を連れて内城へ向かうと閉門されていた。門衛に「歩兵校尉島だ、開門しろ!」印綬を見せて命令すると扉を開く。車騎府は中央にほど近い場所に据えられている、速足で駆けさせるとすぐに到着した。


 武装した兵士が警戒をしているが、こちらの旗印を見るとほっとして通過を許す。下馬して何苗を探す。


「何苗将軍!」


「おお、島将軍! まずいことになった、兄上が宦官の謀略にのり落命を。いま袁紹や曹操らが宮へと乗り込んでいるところだ」


 これから押し入るってわけか、武力にモノを言わせるならばこちらの勝ちはそこまで難しくない。どこかで政治的な圧力を受けさえしなければな。


「兵力面では問題ないでしょうか?」


「うむ、兄上のところの部曲兵も報復に出る。見境なく暴れなければ良いが」


 そりゃ報復もするだろうな。俺は過剰になるか、なら予定通り外で待っていた方が良さそうだな。


「自分は当初の計画通り外に待機しています。宜しいですか?」


「ああそうしてくれ。こちらは狙った宦官らの首を落とすだけのこと、こうなれば最早兵力こそが正義だよ」


 そいつは道理だな。意志も確認出来た、離脱しよう。側近の楽隠は忙しそうにしてる、吏路と牽招の顔色はいまひとつか。

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