第233話

 どこでも良かったわけではなさそうだ。こいつは歴史の事実ではあるが、孫羽将軍の本拠地がどうして陳留にあったのかがようやく理解出来たな。そこの王になれば国へ赴任した際に安全を提供可能になる、洛陽から封地に向かうのは直ぐだろう。


189年8月

 屋敷に伝令が駆け込んできた、まだ朝早いと言うのに何があった。武官礼服の男が拳礼をして「車騎将軍が登府を求めておいでです!」何苗が呼んでいると言葉を残して去って行った。ふむ、いよいよなんだろうな。


 いつもよりも早めに屋敷を出る、張遼らにも連絡がつくように全員集合させ、全部隊にも待機を命令させた。違ったら違ったで構わん、訓練の一環になる。


 指揮官として甘寧だけを部隊に派遣して、残る四人を引き連れて車騎府へと入る。名実ともにナンバーツーになっているので、気にせずに真っすぐに何苗を探して進む。


「何苗将軍、島介参りました」


 楽長吏や吏路、牽招もそばに控えている。


「緊急事態だ、直ぐに大将軍府へ行くのでついて来い」


「承知」


 直接向かえと言えばそちらに行ったのに、どうして一旦合流したんだか。そういう疑問があったが、それは行った直後に氷解した。府の入り口で厳しい検問が行われていたからだ。


「俺だ、通るぞ」


 何苗の一声で通過できたが、一緒じゃなければかなり確認手続きで時間を喰いそうな厳戒態勢になっている。兵が動員されている感じではないが、数は多い。私兵が混ざっているなこいつは。


 鎧を着た男達があちこちに立っていて、ところどころに見える武官もどこか目線が厳しい。奥の間には地位が高い奴らが集まっている。


「兄上、参りました!」


「おお叔達か」


「叔達かではありませんぞ! 兄上に暗殺者が向けられたとのことではありませんか」


 なるほど、それは厳戒態勢にもなるって話だ。仕掛けたは良いが仕損じたか、一波乱起こらん方が不思議な状況だな。


「暗殺者の背後を厳しく取り調べ中ゆえ、程なく判明する見込みです」


 袁紹がそんなことを言う。なんでこいつがって雰囲気を敏感に察知したんだろうな、荀彧が「司隷校尉でありますので、司法機関として取り調べを行っているのでしょう」解説をしてくれる。


「宦官の手先なのは明らか、中常侍の張讓、段珪らの仕業。すぐさま報復をすべきですぞ大将軍」


 曹操がいきり立っているが、どこか冷静さが見え隠れしている。やるやらないよりも、その手段というか流れを考えているからか。


「そうはいうが、皇太后がそれだけはよしてくれと言うのだ。俺も乱は起こしたくないぞ」


 困り顔でそんな反応をするか、妹が嫌がるからという段階は越えているのにこいつはいかん。とはいえ俺の上司は何苗だ、こいつがどう考えているかをしっかりと把握しないで発言するのも良くない。


「ですが兄上、放置しては次々と暗殺者を送り込んで来るでしょう。これは宦官らが仕掛けて来た戦です、速やかな反撃を要します!」


 ふむ、報復派だな、そして急戦派でもある。こうなったら素早く敵を排除することこそが最善だ。武力面でも名分面でも不足はないぞ。


「車騎殿の言う通りです。御大将、宦官の排除に動くべきです!」


 事の次第を知っている側近らが突き上げてるわけだが、どうにも判然としない態度だな。腕組をして唸っているところに、宦官が使者としてやって来る。


「何皇太后陛下よりの使者で御座います」


 何進を先頭にして整列して膝を折る。こういうところの形式は大切だ、自らが守ることにより、他者に順守させるものだからな。権威と言うのはそういうことだ。


「凛紫宮にて陛下が都を騒がせたことへの謝罪を、宦官筆頭張讓より受け取られました。何進大将軍もこれを認め、共に国家を安んじられることを望む。とのことです」


 ばかな、そんな口先だけで収まる事態はとうの昔に過ぎ去っているぞ。寝言は寝ていえというやつだ。


「謹んで承知致しました。陛下には何進が納得していたとお伝えください」


 側近らの慌てぶりが伝わって来る、このままでは済まんと解っているがビリビリ来るよ。


「ご理解に感謝いたします。つきましては何進大将軍には宮に参られることを望みますが、返答は如何」


「無論、行かせて頂きますとお伝えを――」


「御大将、それはなりませんぞ。宮に出向いては命を差し出すようなもの、危険すぎます!」


 袁紹の言はもっともだ。敵の巣窟に迷い込むようなことは褒められん。自身で拒否したら角が立つが、こうやって周りに止められたとなれば、まあ聞こえも違うか。そういう意味では本人の返答が何であれ結果は左右できる、こういうのが宮廷のやり取りなんだろうさ。


「俺にはなんらやましいところがない。流石に宦官共も宮で手出しはしてこんだろうよ」


 おっと、何進は行くつもりだったか。これは……歴史ってやつだな。止めることは出来ないのが運命、ならばだ。


「もし行かれるならば、せめて屈強な護衛を連れていかれては?」


 色々な意見から選べるようにするのも周りの務めだ、叱責されても痛くもかゆくもない俺が拾っておこう。護衛も丸腰間違いないが、それでも危険度は下げることが出来るからな。


「私は断固として反対します。大将軍、決して行ってはなりません」


「袁、曹、両者の言う通りです。兄上、これは宦官の罠です!」


 荀彧をチラっとみるが、真剣な表情をしている。先は読めているだろうが、口出しするわけにもいかないんだろう。苦虫を噛んだような顔とはこれだろうか、困り果てているな。


「はぁ、わかったわかった、そうまで言うならば行かぬ。陛下には後日改めて伺うと伝えよ」


「承知致しました」


 使者は使者としての権限しかない、言葉を受け取り帰って行った。まわりの諫言を容れたか、では騒乱はもう少し先になるんだな。


「俺は疲れたから休むぞ」


 隣室に消えて行った何進。だが直ぐにお開きにはならずに、この場で皆が視線を交わす。


「車騎殿、ゆゆしき事態ですぞ」


「ああ司隷校尉の見立てではどうだ」


「面従腹背は宦官の得意とするところ。何食わぬ顔で命を狙い続けるでしょう」


 それは俺も同感だ。武力は防げても寝技は防げんだろう、魔窟で生き延びるには何進の注意力は低そうだ。


「驍騎校尉はどうだ」


「奴らが生きている限り解決などしないでしょう」


 官職をはぎ取り追放したとしても、どこかでツラっと復帰しているだろうな。何せ後宮の専決権限というのがある、とやかく口を挟むことが出来ないはずだからな。


「俺もそう思う。だが兄上の許可なく勝手にやるわけにもいかぬ……」


 困るのはお互い様ではあるが、総大将は何進だからな。そこを蔑ろにするのは確かにいかんぞ。とはいえこの分だと遅かれ早かれ失策をしてしまうだろう。


「司隷校尉よ、どうか兄上の警護をして欲しい。側近である貴官を頼らせて欲しい」


 袁紹の奴、まんざらでもない顔をしているな。そういや名族ってことで自尊心が高い奴だったか、目上に頼まれるのはさぞかし気分が良いんだろうな。


「それはお任せを。しかしこのままというわけにも、なあ孟徳」


 名案が浮かばないのか、曹操に話を振ったか。だが俺だってこれといったのは解らんからな、ここは三国志の主人公である曹操の知恵を拝借ってやつだ。


「褒められたものではないが、やはり宦官は切って捨てるのが一番だ。どれだけ策を弄しようとも、身体から首が離れてはどうにもなるまい」


 いやまったくだ。で、それをどうするかってことだぞ。皆も黙って続きを促すかのような表情をしている。


「こちらから仕掛けるのはダメでも、あちらからなら良いというのを逆手に取る」


「……後の先を取ると言うことだろうか?」


 何苗のいう後の先ってのは、次手出しをされたら速攻で反撃を加えて勝ち抜くってことだよな。情報が上手くつかめればギリギリなんとか出来るのかどうかの世界だぞ。あの曹操がそんな危なっかしいことを勧めるもんか。


「何も本当に襲撃されてから報復をすることもないでしょう。下手人を予め用意しておいて、襲われたと喧伝してこちらが先に攻め入ってしまえば有耶無耶に出来る」


「うむ!」


 ははは、さすが曹操だな、こいつらしいよ。なんて思ってたらあいつ、こちらを見てニヤリと笑ったぞ。これぞ乱世の姦雄ってやつか。


「どうでしょう袁紹殿」


「孟徳の策ならば上手くいくだろう。弟の袁術にも動員を出来るように報せる」


 虎賁中郎将は近衛だな、最低でも中立だ、皇帝を守るためだけしか動かなければそれで構わん。

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