第230話 歩兵校尉右将軍司馬恭荻将軍

 ちょっと意外だったのは鮑下軍校尉が功績を立てたというのに、悪行を働いて獄死したってことだ。その次には上軍校尉になっていた宦官の蹇碩までもが獄死していることだ。権力者は権力者同士で蹴落とし合うらしいぞ。


「少帝陛下、何皇太后陛下、御入来!」


 椅子は並列しているな、曲りなりにも皇帝を中央に据えないところが怖いよ。それとも後見するのが皇太后だとそういうものなのか? 荀彧はこの場に居ないぞ。


「面をあげよ」


 少し甲高い声が聞こえる。それを傍の宦官がスピーカーのように繰り返した。なるほどこいつの声は良く通る、これならそういう傍の宦官が居てもいいな。恐ろしいのはその宦官、目を閉じていることだ。恐らくは目を潰されているな。


「丁宮よ、霊帝陛下がご崩御され、我が子である辨皇子が天子となる。どうか」


 既に帝と名乗っておきながら今さらか。現状の追認だな、やはり何皇太后はクセがある。


「立太子されており、こうなったのも天意で御座いましょう。直ぐに天下へ布告されるが宜しいでしょう」


 異存はない。あったらこの場で叫べと言うわけだ。今のところ誰一人反対者は居ない、何せ嫡男だからな。


「妾が幼い子に代わり命じる、袁隗の職を解き太傅に任じ、録尚書事とする」


 そう言われると袁隗は中央に進み出て「拝命致します」というと、文官列の最前列に立って帝へではなく、百官の方へ向いて立った。別格というわけか。


「続いて何進大将軍に録尚書事を加えるものとする」


「謹んでお受けいたします」


 何進も同じように少し段に歩み寄ってから対面した。こいつも血縁だから引き揚げたか、袁隗はどうしてなのか今は解らんな。


「帝弟である協皇子を勃海王に封じる。元号を光熹に改め、天下に大赦を行う。以上だ、下がれ。何進と袁隗は残れ」


 少帝は何も喋らずに黙って前を向いているだけ、幼い子とは言ったものの高校生位なんだが成人してなければ同じか。百官は前を向いたまま後ずさって宮廷を出て行く。外に出ると曹操が肩に手をかけて来る。


「ちょっと向こうで」


 親指をやるとあずまやのような場所へ来るようにと前を歩いた。ふむ、何苗は何苗で誰かと話をしているし俺も別行動をするか。屋根の有るところへ行くと近くにいた者を人払いする。


「これから始まるぞ」


「新帝を担いでの新しい政治がか」


 体制の引継ぎ、そして動乱の始まりか。


「島殿らしくないな、まさか平穏な世界が見られるとでも?」


 目を細めてこちらの真意を伺うか。なにをどうしてああなるかは知らんが、近い将来董卓の暴政が始まるのだけは知っているんだ。


「ああみられるさ、五十年か百年先あたりにならな」


「ふはは、なるほどな。荒れるぞ、足をすくわれないようにするとかの程度ではなく、不実の罪を着せられるくらいに」


「荀彧の言を借りるわけではないが、清流派というのがまた不遇を?」


 宦官勢力が強くなり始めるとそうなるらしい。そのわりには憲碩は獄死しているわけだが。


「それより先に的にかけられる者が三人居る」


 真面目な顔になる、三人か。はてだれだろうか、先だっての権力者というならば司徒らの公だろうか?


「司徒殿か?」


「それはもののついでに外されるだろうが、そうではない。董太后と董重将軍、そして協皇子だ」


「むむむ!」


 少帝の代わりとなりうる一派を除くのか、劉協については大丈夫だと信じていたが、歴史が変わる恐れは頭に入れておいた方が良いかもな。何せ俺が介入しているんだ、全く同じではない。


「何進将軍と袁隗太傅は儒学行義推奨する同志として、何太后の影響下に収まり得るので、より警戒すべきはそうはならない董太后らの勢力になる」


 なんだ袁隗ってのは清流派って感じだったのか。董重というのが思いのほか名前を聞く、いつまでも董卓の偽物だとか見ていられないな。そういえば董卓も同じ姓ってことはその排除対象になるのか?


「董卓将軍はどう見る?」


「ふむ。同じ派閥ではないが同姓ということで董太后派として見ても良いかもしれないな。涼州兵を動員できるので、もっている力は思っているより大きいかもしれんぞ」


 腕を組んで唸る。ここに居ない兵力は無いと思えとはいうが、競り合いが長引けばそう言うった背景の地力がものをいいはじめるぞ。


「宦官がどうやって将軍らを排斥出来るんだ?」


 武力で敵わないのは解っている、ならば絡めてしかないぞ。官職を外して追い込むのが目に浮かぶが、おいそれと高官の職を外して治安を乱せば自分の首を絞めることにもなりかねない、何皇后も馬鹿ではあるまい、何進が居るからこそ自分も安泰なのは理解しているだろうさ。


「讒言を吹き込んだり、地方へ転任させたり、毒を盛ることだって出来るだろう。朝廷へ呼び出し、そこで少数の兵で取り囲むことだってな」


「やろうと思えばどうとでも出来るわけか。中央から離れるわけにはいかないな、だが朝廷へ単身乗り込むのもダメか。逆に将軍らが宦官を排斥する手立ては?」


「帝から暇を出されてしまえば、どこで野垂れ死んでも誰も文句を言わないだろうな。むしろ小躍りするかも知れんぞ」


 冗談めかしてそんな未来をほのめかす。こちらは皇太后の舌先一つで操れるわけか、宦官は皇太后に味方するしかない。見えて来たぞ色々な事柄が。わかった頃には手遅れかも知れん。


「……して、曹操殿はこれからどうするつもりだ?」


「御大将に宦官を武力で排除するようにと進言するさ。そうなれば何苗将軍も同調してくれるか?」


 こいつが俺を呼び止めたのはこれが目的か。宦官の排除をするのはやぶさかではない、だが何苗にその意思と能力はあるのか? 意志はあるとしよう、では手段はどうだ。兵力は僅か、それも城内には駐屯させていないんだ、城門を閉じられたら手出しできない。


「賛同するためには宮内の兵権をもつ官職を一つ得る必要があるだろうな」


 たとえば近衛騎兵などの。羽林とはいわんよ、五校尉の一つでも与えられればそれでどうにかする。曹操はふっと笑うと「その程度で味方が得られるならば、喜んで手を回させて貰おう」離れを立ち去った。俺も何苗のところへ戻るとするか。


 なるほど確かに始まったな、董重が罪を得て獄に落とされたわけか。袁術が袁隗の後任で後将軍になり、曹操は驍騎校尉に転任、袁紹は司隷校尉か。


「我が君、恭荻将軍と歩兵校尉の兼務とのことですが、与えられた近衛兵は八百で御座います」


「校尉は千六百を与えられているのではなかったか?」


「西園八校尉との兼ね合いで、半数にされておりますので、ご了承のほどを」


 霊帝が没してもまだ解散されていないんだな、実態は無いのかもしれないが費用がかさむから固有の兵士は減らす流れかもしれん。それでも手勢が増えたのは嬉しいことだ、忠誠度がどうかは解らんが。


「宦官の動きがみられる、程なくして衝突するだろう」


「懸念は重々承知で。先の帝が文陵へ埋葬されることになりました、董太皇太后陛下が催行されるとのこと」


 ふむ、腹将である董将軍が下獄している今、どうやって宮の外で自衛するつもりなのか。


「そこで異変が起こりはしないか」


「否定は出来かねます」


「そうなった場合、俺達にとっての損益は何だ」


 なろうがなるまいが影響はある、第三者の視点ではどううつるのか。


「万が一でありますが、何皇太后が勢力の中心になりますれば、次はそれを揺るがしかねない者を対象にするでしょう。即ち兄である何進大将軍、その次は何苗車騎将軍の順に」


「終わりなき連鎖か。そのくびきを断ち切る手段は」


「王朝が存在しうる限り、人はその縛りを逃れえぬ運命でしょう」


 人間とは争う生き物、存在自体が罪深いわけか。くだらんな、自らの意志で何も出来ないだなんて。


「抗えぬ運命になど俺は従いたくはないぞ。荀彧、董皇太后へ使いを出せ、面会を求めると」


「何苗将軍に許可を得ずとも宜しいので?」


「聞こえなかったか荀彧。俺は俺の意志で董皇太后に会うつもりだ、何故何苗将軍に許可を取る必要がある」


 声を低くして怒りを抑えてゆっくりと冷静に言葉にした。こいつが俺のことを心配して進言しているのは理解している、だがそれ以上にしなければならないことだと感じているんだよ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る