第228話
はっはっは、とお互いが笑う。部下同士交友があるという認識をさせるためだなこれは、上司への存在感を強めるという手段の一つか。まああちらがそのつもりならば合わせておこう。
「こちらは我が兄貴分である袁紹殿だ」
「孟徳の知り合いだったか。しかし何故、荀諶殿を連れておられるのかな」
ほう、やはり荀諶も有名人か。そろいもそろってなんだかな、別に俺なんて居なくてもいいんじゃないか?
「貴人にご挨拶申し上げます。某は島恭荻将軍の属として、末席を汚しております。何卒よしなに」
「なんと! ふうむ、島将軍よ、そなたは幸運な者だな。かの五荀の助力を得られるとは」
なんだその五荀とは。左右を見ても平然としているということは、常識か。参ったな。
「国家の為を想い務めるのに、幸運もなにもありません。ただ前を向き力を尽くすのみです」
曖昧な返答に終始しておこう。取り敢えずの紹介は終わった、何進は上機嫌で頷いているだけ。こいつ噂に聞くほどアレな奴ではなさそうだな、ということは宦官がいかにクソかが分かるわけだ。
「宦官の専横は日に日に強まっております。それに対抗出来るのは唯一兄上のみ。その身辺の警護は極めて厳重に行うべきです」
まずは相手が受け入れるだろう部分からだ。自分を大切にしろと弟に言われて、嫌だとか無理という奴もいないだろ。
「確かに憲碩や趙譲らの暴虐な行いは目に余る。叔達が言うように警護は強めにしている、お前だって保身をしろよ。いつも府に人が少ないのだ、もっと増員をしろ」
「ゆえにこの恭荻将軍を招きました。この者、宦官とは相容れぬので信用出来ますぞ」
「荀氏が力を貸しているのだ、そうであろうな」
知ってたよ、俺の信用は荀彧らが担保しているってことだ。わかったことはこの兄弟、仲が悪くはない。しかし行動原理というか、派閥は別になっているような感じだったよな。政情に理由があるわけか。
「ところで丁度良いとは、何かありましたか?」
「うむ。東では南匈奴や白波賊が跋扈し、西では王国が反旗を翻している。そこへきて板楯蛮族も反乱し、青州や徐州では黄巾賊が未だに勢力を持っている。これらを討伐するための軍を差し向けようと思っていてな」
これだよこれ、全体戦略の軍議に居ることが出来る、これこそが大切なんだ。発言権自体は無くたって、何苗への助言は出来るぞ。
「西へは皇甫将軍が向いましたし、蛮族や黄巾賊へは西園軍が差し向けられているのでは?」
視線が曹操、袁紹らに向く。こいつらがここに居ると言うことは、それ以外の軍が使われてるんだよな。
「車騎将軍の仰る通り、蛮族へは上軍、青州へは下軍が向かっています」
「私と孟徳は洛陽で待機しているわけですが、なんと上軍を指揮しているのは憲碩ではなく、別部司馬の趙瑾が率いています。宦官が指揮するより兵にとってはありがたいでしょうが、何とも厚顔な人物」
なるほど、中軍と典軍は待機、というか兵を与えられていないのかも知れないな。それぞれ皇軍を与えられているから別にいいんだろうが。
「河東は近隣だ、俺が出向いて白波賊を打ちのめしてやろうかと思ってな」
そいつは下策だぞ!
「兄上、いえ、何大将軍へ言上致します。都の、国家の守りを担う大将軍が帝の元を離れるのは決して良いことでは御座いません。何卒配下の将兵らに討伐をお命じください」
そうだ、それでいい。何なら俺が行ってもいい位だが、何苗の傍に居ろって話だから立候補は控えておこう。
「うーむ、袁紹はどう思う?」
「大将軍は都に居られるべきでしょう」
「では曹操は」
「そのような賊徒を退治するために、尊体を動かずべきではありません。国家の敵はより身近に居りますぞ」
こいつらは流石に見えているな、俺は何も言わなくても構わん。
「そうか。では現地の刺史や太守らに討伐をするように詔を下すよう、陛下に進言しよう」
すんなりと諫言を受け入れてしまう、本人はもしかしたら有能ではないのかもしれないが、側近の助言を素直に採用できるならば優秀者を置けばよいだけなので、ことが大きい程に上手くいく不思議だ。
「兄上、陛下には宦官が出しゃばらないように、釘を刺すような詔勅を出されるようにお願いできないでしょうか?」
本題だな、これのために今日はここにきているんだ。
「それだが、皇后が嫌がるんだ」
皇后というのが二人の妹、何皇后のことだ。恐らくこいつがガンなんだが、一体誰が皇后をどうこう出来るって話だよ。皇帝だけだよな? でも皇子が次の皇帝になるんだから、おいそれと縁を切ることも出来るはずがない。考えを改めて欲しいとか言うしかないなんて、つまりは無理なことだ。
「ですが……」
「いうな淑達。俺は妹のことが可愛いんだ、あいつを困らせたくはない」
曹操も袁紹も目を閉じてしまう。仕方ない、ってことだよな。別の方策を探すしかなさそうだ。まずは何進が警護を強くすること、俺達が交流を図ること、都から大将軍が動かない事、これらを確認出来ただけで良しとするしかない。
「承知しました。それではまた後日に。失礼します」
何苗の後をついていく、出入り口で剣を返されたので腰に戻した。悪い奴ではなさそうだが、逆に優しすぎる部分がある。国家よりも私情を優先するのは決して褒められんが、今のところ上手にやっている部類にはいるんだろうな。何せ宦官への対抗馬として見られているんだ、それだけでも充分な存在理由になってるぞ!
◇
傍にあって暫く、季節も秋を迎えた、いやこの寒さはもう冬と言っても良いかもな。討伐に向かった下軍が黄巾賊を打ち破り、上軍も板楯蛮を鎮圧し、公孫賛は張純を駆逐して幽州、冀州の治安を取り戻した。烏桓族は一切動かずに漢への反意を見せなかったので想定よりも早い終結になったらしいぞ。
問題があるならば西部の王国という名前の奴だ、陳倉を包囲して攻勢を続けているとのことだ。皇甫嵩将軍が向かっているので程なく決戦にななるだろうがね。あのビッグイベントが来年に迫った、未だにお題が今一つ見えてきていない。劉協を助けたいが顔すら見ることが出来ていないんだ、一介の将軍では自由に面会も出来ないし仕方ないが。
「我が君、来春に例の件が実行可能になります」
「荀彧か、洛陽でも出来るのか? 地方なら集団に家業を持たせて優遇もするが、中央ではこれと言って利権もないぞ」
県令の方が実は権限が多い。将軍は階級が高く給料は多いが、戦争で出陣でもしていなければ名誉だけなんだよ。まあ、それが正しいと思うが。
「軍府の舎人を含めますれば、充分に食い扶持を確保させられます。いずれ彼らが五人、十人の部下を持つようにと増員するだけで御座いますれば」
「そうか、お前に任せる」
辺りを見ても誰もない、屋敷の警備は厳重にしてある、いつでも戦場に居るかのように。兵には呆れられてしまって居るが、島将軍はそういう奴だと認識されてからはあえて文句を言う奴は少なくなった。
「……時に、こいつは俺の予言めいた何かだが、来年に恐ろしい大変動がある。これは天変地異じゃない」
荀彧が目を細める。思い付きで言うにしては内容が大きすぎる、かといってそこまでの情報が自身のところに入っていない、といったところだ。
「その根拠は御座いますでしょうか?」
「ない。俺の勘だ。大きな声では言えんが国が揺れるぞ。その時に何が出来るか、それを考えている」
「国家が。中央の官僚体制が盤石であれば、全土を導くことも出来ましょう」
その為に朝廷は機能しているわけだが、それが揺れたらどうなるかってことだ。中央での権威が地方に及ばなくなった時、コントロールの手段を失う。
「その体制が崩壊したら、地方はどうなると思う?」
「……刺史や太守が独自の行動を始め、世は戦乱に巻き込まれるでしょう」
既に今もそれに準じたような状態、かろうじて中央が勢力を保っているわけだが、それだって上手くいっていないから毎年幾つもの反乱が起こっている。もうこの国は限界なんだよ、それはわかっているだろ。
「鋭い奴は地方への転出を希望しているんじゃないか」
「劉焉殿や劉虞殿、それに黄碗殿、それに公孫賛殿のことで?」
中央の高官が州へ下って行く、太守の入れ替えもそうだ、何より郡県を掌握しようとして兵をまとめているやつらは多い。こいつは敢えて答える必要がないぞ。黙っていると荀彧は思い当たる節が色々とあったようで考え事をする。
「……我が君はどうされたいのでしょうか」
「俺がすべきことは一つ、劉協を支えることだ。あいつにしてみれば余計なお世話かも知れんが、そうしたいんだ。皇子として形式上の扱いは受けているが、その身は何一つ自由も権限もない。これまでも、これからも」
皇太后の庇護が無ければ暗殺だってされていておかしくない、それを最近知ったよ。あいつは董卓の傀儡になり、曹操のそれを経て常に脅かされていた。そこに存在するだけで何一つ関与できない。妻を殺されてもその仇の娘を黙って迎えることしか出来ない程にな!
「されば、後見人であられる孫大老にお会いになられてはいかがでしょうか」
それは陳留のあの爺さんだな。こちらの話を聞いてくれるかはわからんが、言うだけ言うのはしておくのも悪くはない。
「ふむ。そうしてみるか。年始の挨拶にでも計画をしよう」
門前払い出来ない一つの節目、ここで顔を会わせておけば印象も残るだろ。こっちはこっちで祝賀を外せないが、馬をかければ二日で行けるからな。いや、船なら一日か、どうにもそのあたりの感覚が疎いな。宮に居るはずの劉協にはいつになったら会えるやら。
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