第227話


「さて、我が幕僚諸君と実務を進めようと思う」


 まずは雰囲気を和ませるところからスタートだ。硬直したって何一つ良いことはないからな。


「島将軍、兵を集めるならば一つ提案がある」


「なんだ張遼、言ってみろ」


「邑県で徴募するよりも、部族や集団を引き入れた方が裏切りが少ない」


 ふむ、個人個人では質も思想もバラバラで統制が取りづらいからな。一方で集団で寝返りなんてこともあるが、そこは相手を見極める必要がある。


「お前ならどこのどいつを連れて来る?」


「昨今の事から候補は、叡山にいた奴らに、泰山兵、そして丹陽の兵あたりはそれなりに募ることが出来るはずだ」


「荀彧、どう考える」


 顔見知りではある、大勢様ってわけでもないからいいのかもな。


「無手を解消すべく早めにとなれば泰山が宜しいでしょう。兵の態度が悪いのは涼州も幽州も変わりは御座いません」


 そいつはアレか、泰山の奴らも行儀が悪いのは確定ってことか。まあ、そうだろうなとは思っている。


「よし、では張遼と典偉で泰山へ行って兵を集めて来い。首都に大軍は置けんから、五百を目安に質を求めるんだ。腕っぷしじゃなくて忠誠度で選んでくれ」


「おう、任せろ!」


 これで兵士は良いだろう、集まらんで二百とかでも充分だ。何せ手下が居なければ発言権もない、対応力もないって場面がいくらでも浮かぶ。


「甘寧は洛陽、河南の各所で諜報を行え。手下を使い情報を収集するんだ。特に小道や山道など、危急の際に刺さるような地理的なものを重要視してだ」


「あんたが何を考えてるか知らんけど、やっておく」


 何かと言われるとだ、そのうち次の皇帝が大混乱で洛陽から脱出するから、その時捜索出来るようにだぞ。そんなこと説明できるかってんだ。


「文聘。車騎府の部将らと連絡をつけられるように、その道筋を確保しておけ。いざ何苗将軍や楽長吏と音信不通になっても、兵を指導出来る位にまでなれば目的は達せられる」


「交流をはかり、不慮の対応について話を進めておきます」


 こいつはだ、何苗が殺されるって筋書きがなってしまった場合の対応策につながる。俺が居る限りは簡単にやらせはせんが、怪我をして動けないなどの状況を想定するのは必要だろ?


「一番ややこしいことは荀彧が担当になるぞ。これからこちらの味方探しをすることになる、俺には全く正体が不明でどうにも出来ん。精々あの盧植というのが頑固でしっかりと働くんだろうな、位しかわからん」


「盧植尚書は国家を安んじる為に積極的に協力をして頂けるでしょう。清流派の士大夫に接触をはかりますので、どうぞご懸念無く」


 任せきりは俺の存在する意味がないからな、どこかで名前のせいで引っ掛かるかも知れん、多少は聞いておくか。


「ちなみにどのような人物に目があるとみている」


「侍御史の桓典殿は、かつて潁川で名を上げ宦官に対しても遠慮なく、正道を示す人物と確信しております」


 侍御史はあれだ、裁判官のようなやつだな。甘い汁で変な裁定を下すことが無いとなれば、こいつは信用してよいだろう。


「他は」


「皇甫左将軍、馬太尉、楊侍中はどれも誠意を持つお方です」


「楊侍中とは?」


 それだけじゃわからんからな、馬太尉はあれだ、自分をしっかりと持ちすぎていて相容れないんだろうなってのが分かるから話題にしてやらん。


「楊彪殿は父も、祖父も、曾祖父も三公に登っており、潁川太守を務めている時にとられた行動も全て素晴らしいものでした。その公明正大な姿勢は見習うべきところが多々御座います」


「なるほど、さすが荀彧だな」他に有名人はいないか? 董卓の専横があって、多くが粛清される中生き残って頂点になった奴はどうなんだろう「ところで王允殿はどうなんだ?」


 ほら呂布を上手いこと操ってってのが王允だろ。あの頃には公になっているんだ、今だって朝廷の重職をになっているんじゃないか。


「おお、我が君はかの方をこの場で同列になさるのですね。確かに故郷に戻りはしましたが、宦官の罪を告発し真っ向対決された人物、無官であろうとも信を得るべく動くのは道理。文若の手落ちに御座いました」


 え、無職なのか? なんでだよ、大人物じゃなかったのか。うーん、それにしても宦官を告発したとは凄いな。もしかしてそのせいで恨みでも買って、地元へ帰らされたのかね。そういった寝技をさせたら皇帝の傍にいるやつに勝てるはずがないからな。


「会ったことはないぞ。だがきっと朝廷で重要な役割を持つことになる人物だと俺は思っているんだ」


「叔父の荀爽がかつて王允殿の幕に連なったことが御座います。伝手を使い連絡を取ることをお約束いたします」


 ほう、そういう繋がりがったのか。やはりというかなんというか、荀彧に任せておけばうまい事するだろ。俺はどうしたものかね。


「ああ、そうしてくれ」


「我が君は車騎殿の傍に侍られるのですね」


 そうなのか? そういうものなのか? あまりに当たり前な感じで喋ってるってことは、そうなのかも知れない。


「方向性を定めた後には、出来るだけ何苗将軍と行動を共にする。何か注意はあるか」


 というのを今決めた。うちの大将の近くにいる、言われてみればそこが定位置であるべきだよな。実務は自分の配下に任せて、いざというときはそれを使う。それまでは情報の中枢に身を置く、それすら気づけていなかったのは甘えがある。気合いを入れて臨まんとな。


「宮事に詳しいものを傍に置かれるのが宜しいかと」


「うーむ、俺の傍ではお前が一番詳しそうだが。誰か適切な人物がいるか?」


 宮廷のことはいつも全部お任せだったんだよ、そこら辺をうろついているわけもないしな。


「我が従兄の荀友若を推挙させて頂きます」


「兄だって? それならば頼りになる、しかし俺なんかに力を貸してくれるかね」


 兄貴か、友若ってことは兄弟で若って文字をつけて並べているんだろうな。


「必ずやお力をお貸しいただけます。それと、もし宮中でお困りのことがありましたら、黄門侍郎に荀攸がおりますので助力を願われると宜しいかと」


「それは確か、歳上の甥だったか?」


 いるわいるわの荀氏だ、荀彧の奴も本気で俺を支えてようとしてくれている。何とかうまい事やりたいが、戦い以外はこれといった才能は持っていないんだ、許してくれ。


「左様に。公達殿にはこの文若など到底及びませぬ」


 そいつは凄い話だな、一族のハードルがどえらい高いというのは、産まれを喜んでいいのか嘆息すべきか。


「困っておらずとも是非一度会ってみたいものだ。ではみな、頼んだぞ!」


 ここから始める三国志、と言った感じか。しかし長い長い夢は終わりが見えん。


 俺は今大将軍府にやってきている。警備も分厚いし、装いも豪華になっている。権威の象徴としての存在感が強いはずだが、この時代は政治よりも軍事が力を持つ乱世の節目だからな。


「島将軍、帯剣を衛兵にお預けするのが宜しいかと」


「ん、おおそうだった。友若殿、気がついてくれて助かる」


 潁川の郷から馬を飛ばしてやって来てくれた荀彧の兄貴、荀諶だ。例によって母親は違うが同世代ってことで兄弟のように育っているからそう呼んでいる。戸籍より育ちなんだよこの時代は。挨拶はかわしたが荀諶は荀彧と違って客だと認識して扱っている。


 斜め前を歩く何苗将軍は武装もそのままで、誰の掣肘も受けない。そりゃそうだよな、何進からしてみたら弟は味方なんだ。取り巻きがどう見ているかはわからんが。


「兄上、おはようございます」


「おお叔達か、丁度良いこちらへ来い」


 こいつが何進か、ガッチリとした体格だな。何苗よりも一回り大きいぞ。あまり威圧的な感じを受けない、庶民から到達したからか?


 というか曹操の姿がある、こちらを見ているな。軽く目礼をしておく、何せ付属物同士だ勝手にしゃべり始めるわけにもいくまい。もう一人いる奴は俺達より少し年上か、誰だあいつは。


「まずは兄上に紹介しておきます。恭荻将軍の島介です」


「お初にお目にかかります。島介、字を伯龍と申します」


「んー、この者が島介だったか。俺は大将軍の何進だ、励めよ」


 礼をして視線を曹操に向けてやるとニヤリとして声をかけて来る。


「久しぶりですな島殿! この曹操をお忘れではないでしょうな」


「ご冗談を。忘れられるような御仁ではないでしょうに」

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