第226話 恭荻将軍騎都尉

「なんと心強い。是非ともその力を発揮してもらいたい。それに見ての通り俺には勢力が無い、傍で支えて欲しい。貴官を恭荻将軍、騎都尉にするよう上奏しておく」


「御意に。明日改めて車騎府に参内致します」


「うむ、待っているぞ」


 退出し、あてがわれている屋敷に戻ると、夜に朝廷からの使者がやって来て印綬を渡してくれた。議郎については解職するそうだ。皆を集めて明日の朝一番で参内するぞと指示を出し、心と体を清めることにした。


 ふむ、やはり軍官の服装は気が引き締まるな! 五人を引き連れて車騎府へと入るとすれ違う全員が道を譲り頭をたれる。便宜上、荀彧を長吏、文聘を主簿、張遼、甘寧を司馬、典偉を従事としてある。なお一兵も持ち合わせてはいないぞ。


「恭荻将軍島介、参りました」


 荀彧曰く、この号は先の烏桓の功績を反映したものらしいぞ。北荻である烏桓を恭順させた、つまりはそういうことだ。雑号将軍などそういうったもので溢れているが、名ばかりで実が無い。幕には河南尹の長吏である楽隠と、その門下生である吏路と牽招しかいない。


「うむ、良く来てくれた。早速だが衛尉の董重が太中大夫に転出した」


 その内容の意味については、今後荀彧が色々と解説してくれるだろうが、中央に居るだけあって情報は何でもリアルタイムで入ってきそうだな。一礼し、自己紹介をした後に解説が始まる。


「宮の指揮権者を外軍へ遠ざける、計画の一歩といったとろこでしょうか」


 何進暗殺計画か、董重ってのは皇太后の一族だったな、宦官の側ではあるが何進と直接敵対してまでやることではないといった感じか? 皇后と皇太后と宦官グループは一体ではないわけだ。


「衛兵も含めて西園軍の指揮下にある、憲碩の命令が及ばないところを探す方が難しかろうな」


 といっても直接兵に命令出来るわけじゃない。指揮官に命令をするわけだから、その場で拒否して後に免職になりそうなやつなどは居て貰っては困る。一瞬を逃せば形勢逆転になりかねないからだ。


「曹操や袁紹もその八校尉の一員になったらしいな荀彧」


 名称や他の誰がというのもここで一度おさらいしておく。机の上に一覧を拡げたので各自で確認した。上軍中軍下軍典軍、他佐軍やら助軍は左右がついて格下って感じだったな。憲碩、袁紹、鮑鴻、曹操の順番で上下がついているように見えるが、制度上は同格らしい。


 なお羽林軍の光禄勲麾下校尉も兼任しているので、袁紹と鮑鴻は有力者の中でも特に比重が大きい駒になっているぞ。さらに言えば西園の実働部隊で兵を配されているのは下軍だけなので、鮑鴻というのが序列の割に一番の核になっているわけだな。


「私兵ではありますが陛下の御軍で御座いますので、名士の子弟らへの箔つけにもなりましょう。かつてこのような軍が興った試しはなく、序列の前後が気にかかります」


 やっぱりそうだよな。中央軍の幕僚少佐が、麾下師団の将軍に直接命令出来るような制度は混乱を産み出す。この時代そこまで取り決めてもいないんだろうが、皇帝の命令だと口頭で伝えられたら拒否も出来んだろうに。命令書があれば別だ、精々そうやって要求するのが関の山だ。あとで届けさせるとかでいなされては困るな。


「車騎府に件の校尉から命令がきたらいかがされますか、何苗将軍」


 まずはこいつの考えを知っておきたい。どうするもこうするもないがな。


「俺は留守だ、楽長吏にでも言伝をしておかせろ」


「そいつは名案です」


 軽い笑いを誘う。面と向かって命令を受け取らなければ、聞いてないで済むわけか。なるほど直接連絡を出来ない時代なりのやりかたがあったわけか。


「両将軍へ申し上げます。宦官が政治を壟断するようになっては国家の行く末が気にかかります。元は宦官とは身の周りの雑事を行う者であり、それ以上でもそれ以下でも御座いません。線を越えぬようにと、陛下よりお諫めいただくことが出来れば幸いに御座います」


 皇帝が言ってその場では畏まるだろうが、身を正すわけがないんだよな。それが出来てりゃこんな問題も起きないんだよ、荀彧が言うのも理解はできるがね。


「俺からも陛下に言上しておくが、恐らく変わりはせんだろう。それと共に、兄上にもより警戒を行うようにと忠告をしておく」


 わかっていてもどうにも出来ないもどかしさがあるぞ。すぱっと力比べで結論を出せたらと詮無いことが脳裏をよぎるよ。


「……こう、口ではなく命令書なりで釘を刺すと言うことは出来ないのか?」


 目線の先は荀彧だ。効果がどうかは解らんが、文字にしておけばそれを盾に何度でも求めることが出来るからな。


「勅書を頂くのでありましたら、陛下の御言葉を尚書が認めます」


「尚書は誰だった?」


「盧植殿に御座います」


 あの巨人か! あいつなら圧力に屈することもなさそうでなによりだな。ということはまずは帝の言葉をもらってこにゃならんわけだ。


「何苗将軍、時間稼ぎにしかならないかも知れませんがいかがでしょう」


「ふむ。信用できる者を探すにも直ぐとはいかん、時間稼ぎ大いに結構。近いうちに参内する」


 職務に真っすぐすぎてそう言った繋がりは皆無ってわけか。俺達に必要なのは宮中を知る、そして実力と兵力を手にしている者だぞ。


「何進大将軍との面談も予定にお願い出来るますか」


「兄上とならば難しいことではないが、目的はなんだね」


「会って周辺の者を見ておきたい、という理由では不足でしょうか」


 俺の常識はいつまで経っても不足している、実際に会って話をして出ないとどこかで大きく外してしまう。机上の空論というのは間違いなく努力が至っていないものだ。


「充分だ。俺は君のような将の助力を得られて嬉しいよ。楽長吏、各種の手配をしておくんだ」


「御意」


 これで終わってしまったら片手落ちになる、他者の力ばかりを当てにしていてはいかん。


「もう一つ」


「まだあるか。なんだ言ってみろ」


「恭荻将軍は名ばかりで実がありません。兵を集める許可を頂きたく」


 呆れているわけではないぞ、物怖じせずにグイグイ来る奴だとでも感じているんじゃないか。


「なんだそんなことか、構わん好きにしろ。俸禄や装備の類は俺が引き受ける、徴兵はそちらで行え。わからずば楽長吏に尋ねよ」


「畏まりました」


 手勢は必要だ、雑兵はいらんぞ、ここはそれなりの面々を雇うべきだ。とはいえ首都に山のように駐屯させることは出来ないだろう、そのあたりは荀彧と相談だな。


「時に島将軍よ、君の側近らはどれもこれも若く良い顔つきをしているな」


「いずれ将来は大身になるものばかりですよ、あちこち回って見付けてきました。張遼は大軍を率いて自ら切り拓いていく者、文聘は州を守護し民に称えられる者、甘寧は水軍を指揮し江を縦横無尽に行く者、典偉は万夫不当の剛健な猛将となる者、荀彧は未来を見通し国家百年の計を見定める者です」


 それぞれが若干照れるかのような大げさな評価を下してやる。だがこいつは歴史が証明している事実だから大言壮語でもなんでもないからな!


「なるほど、期待しておるのだな」


「いえ、信頼しているのです」


 真面目な顔でそう返す。何苗は目を細めて俺をじっと見ると、やがて破顔した。


「そうか、そのような部将は大切にするのだぞ。官に推挙するのならば俺に任せろ」


「ありがたく」


 一礼すると、あいつらも皆俺に倣ってそうした。五年後はどうなっているか、想像するだけでも楽しみだよ。


「行くぞ」


 車騎府を後にして、市街地の屋敷へと戻る。下男に馬を預けて自室へと戻ると、皆がついてくる。ここからは会議の延長戦をするぞ。

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