第224話


「異民族にも話が分かる奴が居る。現に張純に同調したんだ、可能性が無いわけでは無かろう」


「なんでぇあんた、そんな面白いこと考えてんのか!」


「甘寧も行くか? 面白いかどうかの保証はないぞ」


「はっはっは! おう、いくいく」


「お二人とも、どうしてそのように平気な顔でいられるのか」


 荀彧がため息をつく。理屈じゃないんだよな、そうしてみたいってだけだよ。


「張遼が残れば充分防衛は出来るさ。取り敢えず会いに行くぞという伝令だけでも先に出しておけ」


「はぁ、御意に。何を交渉しにゆかれるおつもりで?」


 実は何も考えていない。どうしてこんなことをしているんだと、直接聞きたいだけだ。確か年寄りを蔑んで、若者を厚遇するような文化だったか。ここで言う若者というのは、現役世代ってことだな。


「ちょっとご機嫌伺いをするだけだよ」


 信じられないことを口にして三日、伝令が戻って来て雍奴県で会談するとの返事を持ってきた。甘寧はにやついているし、荀彧は顔をしかめている。いっそ断られたら危険も無かったと考えているんだろうな。


「よし、ではちょっと行って来るとするか。甘寧、軍旗を忘れるなよ」


「おうよ!」


「我が君、こちらをお持ちください。虎の革で作った上衣で御座います」


 こいつは手土産ってやつか、孟獲もこんなのを着ていたな。猛獣を仕留めたかのような威厳を感じさせるとかあるのか?


「うむ、持って行くとしよう。心配するな、奴らだって俺のような小物をだまし討ちしたとて何の名誉にもならん。精々小ばかにして追い返すくらいだろうさ」


 実際狭量であることを示しては何もうまくない。かといって得になることもないから儀礼的に会って、直ぐに別れるだけだろ。二人で城を出ると馬で北へと進んだ、一日あれば充分たどり着ける場所に雍奴はある。行軍だと時間がかかるが、二人だけで騎馬なら全く気にならない距離なんだよ。


 城の外には沢山の天幕があり、ぱっとみて顔が漢人と違うと感じられる集団がいた。こちらを見るなり武器を持って取り囲もうとしてくるが「丘力居の許しを得てやって来た、島介だ。案内を頼みたい」堂々とそう言ってやる。招いた以上は客だ、粗相をすれば丘力居への無礼を働いたのと大差がない。


 先導されて城内へ入ると、住民が扉の間からこちらを盗み見ている。甘寧は漢旗を掲げているので、じっと見られてしまう。県城へ行くと精強な兵が居てこちらをじっと見据えて来る。この先に丘力居が居るわけだな、さてどんな奴だろうか。


 城主の間。そこには中年で厚みがある体つきをした男が居て、一段高いところで椅子に座っていた。かといってその目はこれといった感情が無く、良く言えば平静を保っている。


「漢の県令、島介だ」


 大雑把にその地位を示して名乗る、詳しくはいらないだろう?


「遼西烏桓族の大人、丘力居だ。俺に会いたいなどと妙な使いをだしたのはお前だな」


 こいつが丘力居か、隣の若いのは補佐官のようなものか? それこそ文聘らと歳が近そうだ。


「そうだ、少し聞きたいことがったものでね。細かい気遣いをする奴が部下にいてな、手土産を持たされたんだ。受け取って欲しい」


 甘寧に渡してやると、隣の若いのが前にでてきてそれを受け取った。その瞬間に顔が少しだけほころぶのが見えた、価値があるとみなしてくれたようで結構だ。


「つまらん文句ばかりを並べる儒子とは違うようだな。して、何を聞きにはるばるやって来たのだ」


「そう焦るなよ。大人といったが単于ではないのか? 俺が前にあった単于と何ら遜色ない感じだが」


 あいつよりも深みがある気すらするんだが、血統とかそういうのも必要なのか?


「ふっ、単于か。匈奴や鮮卑とは違い、烏桓は大人を呼称している」


「そうだったのか、疎くてすまん」


「俺とて漢の制度に詳しいわけではない、気にすることはない」


 案外鷹揚な態度だな、官僚じみた流れからの出世じゃなさそうだ。というかこれ、常識だったのか荀彧も特に注意をしなかったな。


「ここにやって来た理由についてだが、元中山太守の張純と共に漢へ矢を射るような行為をどうして行うのかというのを聞きたかった」


「ほう、そのような話になっていたのか。それとも島介の情報不足か」


「それはどういう意味だ」


 なお情報不足は認めるぞ。こちらをじっと見詰めると、冗談や引っ掛けで何かを言っているわけではないとでも思ったのか「俺は別に張純と共に兵を挙げたわけではない」単純明快、知りたい部分を投下してきた。それに対する俺の認識は、え? だな。根本からして違うのかよ……。


「正直、今の言葉の意味を理解しかねている」


「どこに、というのは省こう。そもそも張純は烏桓へ逃げ込んできたのであって、まるで共同で行動しているかのような物言いは正しくはないな」


 なんだよそれは、どうしてそんな大元で認識を間違うんだよ。はぁ、諜報網が弱すぎてどうにもならん。これだものあれこれと騙される奴が多いわけだ、戦争でもこいつは極めて危険な部分だぞ。


「張純が勇ましい言動をしているが、実はそんなことだったのか。どうしようもない奴だ。だが冀州を中心とした略奪騒ぎはどう説明を?」


 被害が出ているのは事実なんだよ、幽州もだぞ。こいつがやったって証拠はないんだよなきっと。


「我が族以外にも烏桓はこの地に住んでいる。それらを支配して張純がやっているのであろうな」


 ということはだ、公孫賛はそれらを知りつつも、あえて張純を強大な相手として見積り、近隣での影響力を強めようと騒いでいるんだな。そんな馬鹿な真似をするのかと聞かれたら、するかもしれないと思えているぞ。


「そうか。では策に踊らされるかのようにして争うのは面白くない。特に問題が無ければこちらもことを荒立てるつもりはない、それで良いか?」


 甘寧が驚きを隠せない顔をしている、だってそうだろ? 合理的すぎる結果は感情がついて行かないが、拘りがないんだからこうもなるさ。


「元より俺はこちらから仕掛けるつもりはない。降りかかる火の粉は払うがな」


「そういう考えだって使者を出さないか? 勘違いで命のやり取りをするのはつまらん」


 今度は丘力居が驚きの顔をする。うーん、どこにそんな意外性があった?


「はて島介は県令と聞いたが、中央へどうやって話を通すつもりなのだ」


 おー……そういえば、賄賂を積まないと何一つ認められないとかいうカオスだったな。いや功績の一つにでもなるとすれば、誰かが拾うだろう。俺が面識あるといえば何苗位なものだ、だがあいつだって地方の反乱が収まるならよしとするさ。


「最近まで河南尹の司馬だったんだ、今は車騎将軍にもなっているらしいがね。何苗将軍へ連絡を入れれば繋いでくれるはずだ」


 荀彧に手配を任せれば、きっと何かしらの手段を用いて公にするはずだ。俺ですら見えているんだ、こいつは無理なことではない。


「どうせ何をしようと巻き込まれるのだ、島介に任せよう。騰頓、お前が使者となるのだ」


「承知した」


 使者になるってことは補佐官じゃないな。こいつらは名前を聞いても繋がりが全く解らんから困る。


「その騰頓殿は?」


「そいつは俺の従子だ。一族の子の中で特に優秀なので傍に置いている」


 なるほど、甥っ子以上子供未満ってやつか。顔つきがすでに何かやらかしそうなやつとわかる、いい意味でだぞ。


「烏桓族と和睦を結んでしまうと、張純らはどうなるんだ?」


「支持を受けている族も見放して、程なく自滅ではないか? とんだはた迷惑な奴よ」


 そうすると今度は匈奴やら鮮卑にでも逃げ込んだりでもするのかね。そいつはどうでもいいか、公孫賛もこれ以上勢力を張ることも出来なくなると、こちらが睨まれそうだ。


「任地に赴任する前からてんやわんやだ。これでたどり着いたとしても平和に暮らせる気がしない」


「ふむ、逆恨みなりを受けるやも知れぬな。それは俺の本意ではない、島介が望むならば烏桓と共に在っても構わんが」


「行ってみてダメならその時に考えるさ。ところで俺なんて信用していいのか」


 大前提はこちらが働くってところだろ、見ず知らずの県令ごときに未来を託すのはどうなんだ。


「俺だって烏桓の大人だ、対面している人物が胡散臭い奴かどうか位は見抜ける。もしこれで騙されでもするようならば、元より大人の資格が無かったと言える」


 まあそうか、こいつは頂点なんだから、この位の正解をひいて当たり前だ。荀彧にしっかりと事情を説明してやらんとな。


「努力は確約する。ところで烏桓族は暑いのは苦手か? 南蛮の奴らは寒さで病気になるからと、荊州より北は厳しいらしいが」


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る