第222話

 関靖の喋り方はどこか神経を逆なでするような感じがする。わざとやっているのではあるまいな。


「公孫賛殿のお考えをお聞かせいただけますか」


「ふむ。我が軍は突撃騎兵三千に、歩兵一万を擁している。不穏な郡県を一つ一つ掌握し、民を安んじるのが優先だ。張純などはいつでも討ち取ることが出来る、民心を鎮めることが重要であろう」


 そりゃ確かにそうとも言える。張純が消えたって、そこらの乱行がなくなるわけじゃないからな。どこか解せんが、何とも言いきれないか。まあ意見を伝えるだけは伝えた、今は引き下がっておくか。


「なるほど、それもそうですか。お騒がせしました、我等はこれで」


「うむ、貴殿の意見はよくよく為になる、今後も励んでほしい」


 礼をして幕を出る。そのまま戻るのも何だかもやもやするので、陣内を少し歩いて星空を見上げる。うーむ。


「我が君、どうやら公孫賛とは別の道を行くことになりそうで」


 後ろからも見上げているのか、はたまたこちらを見詰めているのか。感じた何かは一緒だったようでなによりだ。


「そうだな、それとは別に一つ気になっていることがあるんだが」


 脇道にそれた気になっている何か。別にどうでもいいんだが、もしかしたらどこかで大切になるかも知れない。引っ掛かったので聞いてみることにした。


「何で御座いましょうか」


「今までは荀彧という名を聞くと、大抵は反応が良くなった。ところが今回は少し様子が違っただろ?」


 知らないわけではないし、公孫賛の方が家格が上だって感じでも無かったんだよな。それはそれとして荀彧は凄いって部分は口にしてた。


「彼の方は自身よりもどこか優れている部分がありそうな者を嫌っているのですよ」


 優れている……ね。それはあまり良いことではないぞ、何せ人は歳をとる。つまりは最後には若いというのが気に入らなくなることすらあるからだ。


「というと?」


「代々二千石の家に生まれており、凡庸な人物を傍に置いては優越を楽しんでいるのです。聞くところによりますと、優秀な者が居たらそれを故意に貶め、自身が救いあげることで恩を売り、あたかも己のお陰だと言わしめるのが常だとか。勇敢で利発ではあるものの、孝徳が足りないと見られる原因でありましょう」


 居たなそう言うのが。わざと苦しめておいて、俺が助けてやったんだから感謝しろとかってのが。あいつはそういう手合いか、荀彧も歯に衣を着せない物言いだから、嫌っているんだろう。落とさないと助けられないならば、放っておけって言うんだよ。


「そうか。とはいえ勝手に軍を離れるわけにもいかなさそうだ、何か良い手立てはないものかね」


 手勢を連れて離れても、別にあいつになんのマイナスもないんだがね。ただ、自分の意にそぐわないのが気に入らないとかで突っ掛かって来そうな気はする。穏便に赴任するだけでいいんだが。


「その前に、どうして公孫賛が即戦をしないのかといいますと、己の支配地を得ようとの魂胆でありましょう」


「張純をダシにして、自分の領地を手にするためにわざと戦いを引き延ばそうとしているというのか?」


 平時に軍隊を率いてうろうろして居たら咎められるが、こうして戦えと言われていたら不問になる。その過程でちょっと制圧地を得たところで、どうとでも言い訳は立つ。


「左様に。ですので、その利益になるような状況にすることで、軍より離脱することが出来るでしょう」


 自分の利益の為に官を利用して、民に無用な被害を与えるか。何とも胸糞悪いことだ。領地を得るには城を奪うことだ、それも核となるような県の。


「敵の目を引くために別動隊を指揮するとでも言えばいいのか」


 手っ取り早く軍を離れるためには、別のところへ行けと言われることだ。個人でいけと言われたら、これ幸いにそのまま姿をけすことくらいわけない。だがそんな楽をさせるはずもないから、何かしら嫌でもせざるを得ない目標を与えられるな。


「流石我が君で御座います。ここ方城より西に啄郡の都である啄県が御座います、そこを押さえるのが一帯を支配する最短距離。されば賊軍の目を東の泉州県あたりに集めれば、啄郡の制圧も容易になりましょう」


 囮だ。賊も一カ所に固まってはいられない、かといってあちこちに自由に散らすのも意味がない。そこに分裂して敵がいるならば、数が少ないのを攻めるのは各個撃破として名分も立つ。おお、我ながらなんて便利な捨て駒だ、気に入らない奴も一緒に処分出来て一石で三つか四つ位にはなりそうだぞ。


「代わりに俺達が苦労をするわけか。ま、構わんがね。とはいえ素人五百人の部隊では、出来ることも出来ん」


 むしろ維持するために苦労することの方が多い気がするな。数は力になる場合もあるが、数はコストそのものだ。黙っていても腹は減る。金さえあればいくらでも物資が手に入る時代じゃない、何せその物資自体が枯渇気味だ。産業革命はまだ千年の彼方だぞ。


「でしたら歩兵の数千人でも借りれば宜しいのですよ。公孫賛は騎兵を自慢しておりました、恐らく歩兵など付属物程度にしか見ていないはずです。食糧は道々麦を刈り取れば事足りるでしょう」


 数千人、こちらの部隊の練度と大差ないのが渡されるんだろうな。どうせそこらで集めた素人だぞ。


「なるほどな、敵がそうできるなら俺達だって出来るわけか。武具は倒した相手からはぎ取れば揃うか」


 これではどちらが賊か解らんくなるな。せめて略奪だけは禁止しよう、食糧は税の前払いってことで勘弁だ。しかしこれはかなり不安定だぞ。


「泉州と方城の中間で、やや南に文安県が御座います。そこが北方区域の後方基地、武器庫になっておりますので、そこから徴発することで多少は改善するはずです」


 さすが荀彧だ、そういったスペシャルがあるならば悪くないぞ! これを知らなかったら、素手とボロ着で吶喊することになるわけか、たまらんね。


「よし、ではそいつを採用しよう。公孫賛への具申はいつが良い?」


「三日で偵察情報が更新されるので、その夜に」


 歩きでそれは無い、偵察用の騎兵をどこかで調達していたのか、或いはこうなる前に忍ばせていた? いずれにしてもこれから用意するような眠たいことは言わないわけだ。


「わかった、それまでは大人しくしているとするか」


 ほんと居ると居ないとでは段違いの選択肢だな。こういった人材を活かせない公孫賛に未来はないぞ。


 具申して与えられた兵士は二千人、たったの二千人だぞ? 反旗を翻した張純だって一万は兵士を持っているだろうし、それに同調するだろう同族の奴だって数千はいる、そして異民族の烏桓は一万くらいなのか? いずれにしてもこれで戦えと言うのはあまりに少ない。


 見た目の割に存外渋いやつだったんだな公孫賛は。食糧事情のほか、血統なのか、あいつは体つきが良いんだ。大柄なわけじゃないが、骨が太いと言うか体力はありそうにみえる。肉を喰い続けたらどうなるんだろうか。


 それはそうとして、話にあった武器を回収しに行こうと思っている。文安城はあと一日の距離ってあたりらしい。


 こちらの数は元から連れていたのと合わせて二千五百になったものの、烏合の衆と言う域を全く出ない。これ戦いになったら即座に敗北だな、やる前から勝てる要因がまったくこちらにないのが分かる。


「我が君、このまま突然近づいても警戒されてしまうでしょう」


「そうだな、ではどうする」


「公孫賛の命令だとして、倉を開くように伝令を出しておきましょう」


「言った言わないの水掛け論になるんじゃないのか」


 何せ誰しも手元のあるものを他者に渡すのは惜しいと思うからだ。それが国家の資産であっても、なぜか渋るんだよ。


「命令書を作成するのです。実は文若の手元に適切な印綬がございますので。どうせ交わることがないならば、せいぜい名前を使われてくれる位の事はしていただきませんと」


 さらりと手厳しい感想を織り交ぜて来た。命令書の偽造は重罪だぞ、わざわざそれを訴えたとしても証拠はきっとどこかに失われているんだろうがな。


「ハハハそれは良い、すべての責任を俺が取る。その線で行こう」


 つまるところ公孫賛が発したかのような偽の命令書を作って、それを先行させた。部隊には預かっているものもあった、何よりもこの部隊の大半は公孫賛からなので間違いではないぞ。


 到着したところ、多少いぶかしく思ったらしいが、実際の軍勢を見たのでそんなものかと装備を分けてくれた。とは言っても、矛と若干の胴鎧だけ。ないよりはるかにマシではあるがね。


 張遼が馬を寄せてきて「それで島殿、本当に泉州まで行くつもりか」などと言葉を投げかけてくる。


「張遼もそう思うだろ、さすがに何もせずにどこかに消えるわけにもいかんが、ことさら真面目に包囲のど真ん中に行く必要は全くない」


 だからと海沿いに行って俺たちの有利は何一つない、南に行くわけにもいかないし実際どうしたものかと思うよ。


「それでしたらここの太守を頼ってはいかがでしょうか」


「ふむ、この辺は何と言うところありますだったかな」


 正直なところ頭の中に全く入ってないんだよ。


「河間郡でございますれば、太守は棗範殿です」


 ふむ……誰だって? 知らんな。知っているのがわずかと言うわけではあるのだが、まぁ荀彧が言うのだから何とかなるんだろう。棗姓など初めて耳にした。


「わかったではそうしよう、手配は任せても良いか」


「御意」

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