第219話

 真面目な顔でそう言ってやったさ。実際は頭さえ切り取ればお終いでいいんだろうが、南陽では次々に後継者が出てきたからな。


「島司馬よ、それでは敵の兵力が増強され、こちらが不利になるではないか」


 楽長吏は儒学者かなにかだ、文事は出来ても戦は門外漢ってところか。顔色を見ても若いのもそう思っているようだ、何苗は……読めんな。


「国家の正規軍が、たかが半数の賊軍に負けるようでは話になりませんので。取り囲み全滅させるべきでしょう」


「むむむ……しかし城攻めは三倍の兵力があり始めてなされるもの。それでも被害は大きいが」


「確かに正面から攻めるならばそうなるでしょう」


 不敵な笑みを浮かべておくが、考えていることは単純だ。城門を一つ内側から奪うだけのこと。パワーゲームだよ。


「何やら考えがありそうだな島介よ。失敗は許されんがどうだ?」


「ご命令とあらば成功させましょう」


「良く言った! では司馬に任せる。やってみせよ!」


「御意」


 なるようになるとはこのことだよ。


 自分の屋敷、というか城内の部屋に四人を集めて会議を行う。こいつら全員悲壮な顔どころか心配すらしてないんだな。


「で島殿、何をするつもりだ」


「張遼ならどうする?」


「そうだな、俺ならば一隊で城内に切り込んで首領を倒す」


 案外勢いだけで突っ込むタイプだったのか、こいつは経験を積んで自重していくってことなのかね。


「功績の独り占めは嫌われるぞ。何はともあれ賊を城に集めなきゃならん、だがこれこそが肝だ」


「中牟となれば集まるのにも五日はかかりますね」


 その中牟がどこかは知らんが、県令が殺されたってほど治安が悪いんだ。そこから賊を引き込んで、蛍陽に集めた方が楽で良い。


「その五日の間にこちらの手の者を紛れ込ませる」


 出来るかどうかでいえば出来る。何せ全員の顔を知っているわけでもないし、身分証があるわけでもない。来るもの拒まずとしか出んぞ、これが統治下であってもだ。


「あまり多いとバレるんじゃねぇか?」


「そうだな、甘寧の多いってのはどのくらいの数だ」


「ああ? うーん、そうだな、五十も居たら即バレだ。精々二十ならばギリギリか」


 こいつの感覚でそうだっていうならきっとそうなんだろう。俺に感覚はないが、こいつはあちこちでやらかしてきたんだ、間違っていたとしてもそう示唆する数字と離れん。


「ならば十人としよう」


「まあ、それくらいならな。で、そんな少数でどうするつもりだ?」


「もちろん、城門を奪って味方を引き入れる」


 さもあらんとばかりにサラッと言った。眉をひそめたのが三人、大きく目を開いたのが一人だ。


「俺らとあと五人ってことですね親分!」


「そういうことだ。この面々ならば五十でも百でも相手に出来るだろ?」


 互いが顔を見合わせて、何とかなりそうだと感じたらしい。連れて行く五人に城門を開かせて、俺達は戦闘だな。


「あんたとんでもな奴だったんだな!」


 甘寧の叫びに皆で大笑いした。この位の無茶は無茶のうちに入らん、何故か知らんが出来るきがしてるんだよ。


 作戦内容を何苗に説明すると上手くいくか懐疑的だったが「じくじったとしても兵十人だけの損失、どうとでもなります」と言い放つと納得した。そこらで拾ってきた司馬を失うだけ、最初からいなかったと思えば済む話だ。


 遠くからも蛍陽に入ることが出来るように、進軍は三日後にすると触れを出す。その間に二人一組で紛れ込んでやった。西門の傍の廃屋を見付けると、そこに勝手に住み付く。誰かが来ても睨んでやれば愛想笑いをして逃げ出していった。


 文聘以外は体格が良いからな、あいつだって小柄ではないぞ。兵の中でもいかつい顔のやつをペアにしてやったので、恐らくは同じような感じで追い返せているだろう。


 数日分の食料は持ち込んでいるので、暇な時間だけが気になったが、それはじっと我慢することにした。変に出歩くよりも絶対に大人しく待っているべきだ。これに関しては兵同士を組み合せなかったので、間違いなく外に出ていないとの確信がある。


 さて、予定通りの朝が来るぞ。まだ外は暗いが、太陽が少しでも空を照らし出したらそこで始めると言う取り決めだ。ここから城外は見えんが、何苗が軍を進めていると信じて実行する。


 家の中でバラバラにして持ち込んだ武具を取り付けて、軋む扉を開けて外へと出る。交差点のことろで待っていると、全員が集まった。


「よし居るな、手筈通り兵は俺ら五人が相手をする。お前達は城門を操作して開けるんだ。開いてしまえば逃げても構わんぞ」


「司馬殿が居る場所の方が安全でしょう。それに、成功したら恩賞もたっぷりと」


「ふむ、そいつは期待していいぞ。では行くぞ」


 実際こんな死地に赴くんだ、報奨金位は何苗だって喜んで出すだろうさ。普通に攻めるのと比べてどれだけ安上がりか。居眠りしながら門の傍で座っている男が五人、近づくと無言でそいつらを処分する。おいおい呆気なさすぎるぞ。


 地面に矛や剣を突き立てておき、手にした武器を構える。予備の武器はたくさんある、こちらの体力は持っても武器は壊れちまう。閂をあげると両開きの門を、五人で力を合わせて押し出そうとした。


「おいお前達なにをしているんだ!」


 気づかれたか、では祭りの始まりだ。


「決まっているだろ、この城門は頂いた!」


 俺を中心に、左右に文聘と張遼、その外側に典偉と甘寧が陣取る。心配なのは文聘だけだが、俺と典偉が支援すれば大丈夫だろう。大声で仲間を呼ばれたので、城門が半ば開いたところで数十人が群がって来る。朝日が徐々に昇って来て、互いの顔がはっきりとわかるようになった。


「野郎どもやっちまえ! 門を閉めるんだ!」


「さあかかってこい雑魚共!」


 あおりを入れてやると勢いよく突っ込んで来る賊を、真っ正面から突き刺して後ろに続く奴まで押し倒す。刺さった矛を捨てて、立ててある矛を新たに手にする。五人が五人大暴れすると、賊がたじろいだ。城門が開ききるが近くに河南軍は居ない、丘の先に気配が感じられる。


「知らせに走れ!」


 振り向かずに命じると「俺が行く!」と兵が走って行った。残る四人はこちらの背を守るように陣取り、間を抜けて回り込もうとするやつらをけん制した。


 次々に賊が集まって来ると、城門に数百人が固まる。城壁からは下を弓矢で狙えない、角度があるからだ。つまりは攻めるも守るも、白兵戦でしか出来ない。


「うぉらぁ!」


 矛が折れたので今度はこん棒を横に振り回してやる。これならば壊れん、鉄槌やらを使う奴は何かと思ったがこういうことだったか。気合いを込めて使おうとしたら、文聘が三人に押されているのが目に入る。っく!


 こん棒を投げつけて援護射撃をすると、二人を切り伏せた。腰の剣を抜いて構える、背後に兵気を感じた。


「司馬殿、もうすぐ味方が来ます!」


 汗が流れるが疲れは感じない、皮袋を片手で掴むと顔から浴びるように水を口にする。気分が上がる、なんだこの感覚は! ここだ! そう思うところへ自ら突き進む。刃が届く賊全てに襲い掛かり、近づくと距離を置かれてしまう程攻め込んだ。ふと左右を騎兵がすり抜けて行った。

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