第218話
「おお、さすがだな、武装が立派だぞ」
張遼が目を輝かせていた、それもそのはず田舎の軍では考えられないような新品の武具を運んできて、それらを兵士に配布している最中だ。そういえば武庫令とか叫んでいたな、多分武装の管理職の名前だよな聞こえ的に。
「軍候殿、本営はどちらでしょうか。こちら島司馬です」
「司馬殿、ご案内致します!」
下士官を見つけ次第先導させることでもう怪しまれることがなくなる。精強な兵士という感じではないが、一般的な練度と言えなくもない。まあ普通だ、士気はやや高いかも知れん。
やってきた軍営には四十路を抜けていきそうな男が居て、次々と報告を受けると決裁を行っていた。傍に若いのも居るが、そちらは何かをするわけでもなく仕事ぶりを見ている。文官のようだが指揮官か? 銅印黒綬、例によって俺より上官だ、ここにあるのは銅印黄綬だからな。
「軍司馬を任じられた島介です」
一礼して相手の言葉を待つと、竹簡を置いて正面向き直った。
「河南尹長吏を賜っている楽隠と申します。後ろのは門徒の吏路」
そっちの若いのも背筋を伸ばして礼をする、まだまだ坊やって感じだな、真面目で気が弱そうだ。
「まずは着替えから、というところではありますが、部隊指揮官に引き合わせて頂ければと」
どこかに行ったが最後、楽長吏が居なくなったらどこで何をしたらよいか迷うからな。
「河南殿は貴殿以外に司馬を持っておりませんぞ。直接軍を指揮されるので」
ということは俺を丁度いいから手駒として拾っておくか程度のことか、自分で出来るならそれで結構だ。
「承知しました。直ぐに戻ります」
四人を引き連れて一旦幕の外へ出て、武具が積んである場所へ行って自分用の装備を確保してしまう。サイズが少し小さいな、組み合わせるような防具にしておくとしよう。見るからに兵ではなさそうな俺達と距離を置いて、歩兵らが配給を受けていた。
幕に戻ると何苗の姿があった、あの牽招と呼ばれていた若いのがまた一緒だ。従卒みたいなやつか?
「島介早かったな……ん、典偉ではないか、どうしたんだこんなところで」
「へへ、親分についてきました」
後頭部に手をやって愛想笑いをするのはいいが、典偉はどうして何苗と顔見知りなんだよ。妙に知名度が高いと言うか、知り合いが多いやつだな。
「楽長吏に伺いましたが、他に司馬が不在とか」
「河南で騒ぎを起こしたら直ぐに国軍が動く上に、各種の軍勢が居るので特に必要がなかったからな。此度は詔を受けたので俺が討伐に行くゆえ、任じたまでだ」
確かにいくらでも軍が居る、こんなところで挙兵する馬鹿はいないだろう。ならばまとまった軍を指揮する人物も必要がない、だから居ないのは納得できるぞ。
「では自分は何河南尹の補佐ということでよろしいでしょうか」
「本陣に随行しておけ。必要なことは楽隠に聞けばわかる、兄と違い俺の幕にはさほど人材が居ないんだ」
「承知しました。軍の把握に努めます」
もう良いぞ、と手をひらひらさせるので邪魔にならないように幕の隅っこに立つことにする。
「お前達は手分けして軍内の現状を把握してきてくれ、俺はここに残る」
はっきりと頷いて皆が四散していく。吏路だったな、手招きをしてこいつから話を聞いておくとしよう。
「なんで御座いましょう」
「概要は知っているか? まだ来たばかりで多くを知らん、楽長吏の邪魔をしてはならんと思ってね」
視線をやると何苗と話をしているところなので、吏路も頷く。
「河南軍は蛍陽の賊徒を速やかに討滅するべく準備を行っております。中牟県令を殺害し、周辺一帯を影響下に収めているとのこと。河南軍は精鋭歩騎五千、賊徒は大将は羅怜で兵力三千と聞き及んでおります」
「簡潔な報告だ。偵察は先行させているか?」
「そこまでは存じておりません」
急に不安そうな顔になって否定した。領内のことなら自然と情報もある待つだろうが、やはり自前の偵察は必須だぞ。後で手配しておくとしよう。
「出陣はいつころの予定だ」
「近日中に準備が整い次第出るとのことです」
未定か、まあこの様子ならそんなに時間もかからんだろう。
「騎兵の数は」
「五百騎が伴うと聞いております」
流石なだな、それだけ居たらかなりの戦闘力だぞ。騎兵指揮官とは一度顔合わせしておくとしよう。俺自身の情報源も吏路だけだと危ない、こいつから聞くのはこれくらいにしておこう。
「おい吏路、何してるんだ?」
「牽招、いま司馬殿に状況の説明をしていたんだ」
軽く目礼をして近づいてくる、こいつからも聞いておくか。
「島介だ。何苗殿は直接軍を指揮すると聞いているが、部将は?」
「俺は牽招、吏路と同じく楽隠先生の弟子です。部将らしい部将は殆ど居ません、あの方はあまりそういった派閥のようなものを作るのが好きではないので」
なんだ楽長吏の門下生だったのかこいも。随分と毛色が違うと思うが、多分牽招が異例なんだろうな。
「そうか。まあだからといって何でもかんでも直接では、万が一怪我でもして指揮不能になれば大混乱する。俺はそれを防ぐために努めるとしよう」
「島司馬のような方が居てくれると安心できます。私は何苗様の身辺警護くらいでしかお役に立てそうにないので」
権力者だと思っていたが、何苗というのはあまり役人に向いていないな。他者が押し上げることで上に立つ人物だ、側近が集まれば大きくなるな。兄の大将軍は違う性格に思えて来たぞ。
「そうか。後で俺の部下とも顔合わせしておいてくれ、連絡をつけることになるだろうからな」
「わかりました。む、何苗様が行かれるようなのでこれで」
幕を出るに際して牽招も伴い行ってしまった。現場でもしっかり働くタイプと見たぞ。騎兵を見付けると、指揮官に長距離斥候を命じた。百騎で実情を探ってこいと。その後はどうせ成翠県を通過するだろうから、そこで合流する手はずとした。
成翠県とは洛陽盆地の東側出口の県で、そこから京県、長社県と向かって行ったことがある。俺の手元の兵隊も欲しいな、百人も居ればそれで良い。道々編制していくとしよう、その位抜いたって別に何も言われんだろう。
何と驚きだ、翌日には洛陽を出発することになった。準備不足があったとしても、それはもう無いものとして作戦を立てるらしい。なおこの考えに俺は結構賛成だ、準備が足りなければ後で揃えても良いが、時間だけはどうにも出来んからな。
前方に千の前衛を置いて、騎兵に囲まれて移動をしている。楽長吏も行軍中はさほど役目も無いらしく、馬に乗ってゆっくりとしていた。
「張遼、行軍中に専属部隊百を編制しておけ。歩兵だけでだぞ」
これ以上騎兵を減らしたら流石に誤算を産みかねないからな。
「道々で徴募するのか?」
「いや、既存の部隊を引き抜く。司馬の直下にな。直接話の分かる手駒が少しでも居ないと往生しかねん」
夜警に立たせるとか、荷物を運ぶとか、俺達がすべきではない雑用係だな。
「では命令書を」
お……そうだな、ここでは上官が居るんだ、確かな命令系統を踏むべきだ。文聘に書かせて俺の印を捺して持たせてやる。そんなこんなが数日続き、成翠県に到着した。入城すると県令の座に何苗が座った。主だった者、といっても楽長吏ら三人と、俺ら五人、そして県令らが三人だけだ。
「ここから蛍陽までは徒歩で二日の距離だ、偵察を出すぞ」
何苗がそう言うと楽長吏が命令を出そうとした。俺は一歩前に出ると発言を求めた。
「どうした島司馬」
「先だって出陣時に長距離偵察を出しておりますので、その者らをここに呼んでも宜しいでしょうか」
顎に右手をやると「呼べ」何苗は髭を触りながら応じた。文聘に命じて偵察騎兵の隊長を呼び寄せる。
「申し上げます。蛍陽に羅怜が居座っており、中牟の北にかけて賊が広く散っております。恐らく蛍陽には千程の兵力しかおりません」
事前に話は聞いているが、これについてどう思うかだよな。俺からは何も言わずに様子を伺う。
「ふむ、楽長吏はどう考える」
「分散している今が攻め時かと。守りが千人ならば程なく陥落しましょう」
県令もそうしたらよいと意見を後押しする。場の雰囲気がそう傾いたところでも、何苗は俺にもしっかりと意見を尋ねて来た。
「司馬はどうか」
「賊徒の鎮圧を命じられているならば、一カ所に集めて撃滅すべきかと。取り残せばまた蔓延りますので」
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