第213話
「俺は地面に足がついないとしっくりとこないんだ。手下も面倒を見てやるが、命令に背くようなら追い出すぞ。さっさと来い、お前が必要なんだよ」
「くそ、いつかぶっ飛ばしてやるからな!」
立ち上がる甘寧に手を貸してやり起き上がらせる。荀彧の方を見ると、何故か笑っていた。さあ水軍の将は見つかった、次はどうしたもんかね。
◇
甘寧の手下の中に船大工が混ざっていたので、そいつを頭にして襄安で船を作らせることにした。正直こういうのは何年と掛けて製造すると信じていたが、それは俺の勘違いだったらしい。十人乗りや二十人乗りあたりは一か月もあれば完成した。
片方に五本の櫂を取り付けた、快速船がメインで作られたが、こいつは十メートルくらいのサイズで、斬り込みや突撃に利用するらしい。先端がラムになっていて、相手の船にズドンと突き刺す感じだな。
その二倍の大きさで、館が船に載せられているものはもっと時間がかかるらしい。ともあれ精密な物を作るつもりでなければ、案外大雑把にしてもしっかりと水に浮くし、利用する分には問題ないそうだ。適当に作り過ぎると衝突されたら分解するっていうから恐ろしい。
「恰好がついたな、これで水上でも行動が出来る」
荀彧を連れて視察にやって来た。造船は手下に任せていたが、水練は甘寧が行っているから。こちらの守備兵を半数混ぜて、日々基礎訓練をしていた。
「あんたか、これじゃあまだよちよち歩きでしかねぇよ」
「そうか? でも、お前が言うならそうなんだろうな」
正直海軍のことになると門外漢のせいで、何一つわからん。大体にして船のサイズなりを聞いてもそれがどんあ働きを担うのかすらさっぱりだよ。
「何も知らねぇんだな本当に」
多少呆れたように言葉を投げかかて来る。そこまで不思議なもんかね。
「知らんよ。だから甘寧に任せている。そうした以上は口を出さん、思うようにやってくれ」
「俺が腹いせに穴がある訓練をしても気付かねぇってことだな」
「そうだな。だがあの水兵はお前の部下でもある。そんなことをしないのは先刻承知だよ。はっはっは」
任せた以上は信頼する、そういうもんだ。苦々しい表情になり「けっ、面白くねぇな」甘寧は向こうへ行ってしまった。やれやれと思っていると荀彧が笑っている。
「何か面白いことでも起きたか」
「彼者もとんだ人物に見込まれたものと思いまして」
当初誰でも良かったんだが、そういうことは墓場まで秘密にすべきだな。
「秋の収穫も驚くほどの豊作になる、余裕が出来るのは良いことだ。紅瑪瑙と交換したら、その宝石はどうしたらいいと思う?」
「本来であれば珍品、宝石の類は帝への献上品とするのが宜しいのでしょうが……そうですね、馬と交換という線でいかがでしょう」
「ああ、そいつで頼む。地方の部隊でそこまで多数はいらんが、無いと不便なものだ」
伝令にも一々気を使う、戦力ではなく機動力の一つとして確保しておきたい。そういう意味では船が使えて江沿いならばかなりの機動力が発揮できるぞ。
「陳葦らですが、こちらに来て地に慣れたようで、最近は身体を持て余しているようです。陳紀殿は落ち着かれているようですが」
そりゃいわゆる経験の差だな。若い奴らが飛び出したがっているなら、何かしら外への用事を考えてみるか。
「ここの南に丹楊郡の揖県と夥県があるな、黄山ど真ん中の陸の孤島が。そいつとも連絡を繋げに行ってみるとするか」
「陸の孤島とは興味深い表現で御座いますね。それらは百越の影響を多大に受けているので、もしやすると接触自体を拒絶する可能性すらあります。名目上の地域と見ておいた方が宜しいかと」
まあ東にいって海沿いにある会稽郡とどっこい地の果て扱いだからな。更に南にある交州なんぞもう中国ではないと言われてもおかしくないぞ。
「どうせ十日そこそこの距離だろ、行って駄目ならそれまでさ」
「そういうことでしたらば。文若も同行いたします」
「好きにしろ」
暇つぶしで軍を出すことになるとはね、警邏の一環だと思えばそれでいいか。二日で準備を整えて若いのを連れてまずは陵陽に入る、これといって異常は無し、ここで一泊していよいよ南の山奥深い場所へと進む。手前にあるには揖県だ、何と無く行くだけでは面白くあるまいな。
「陳葦、辛批、杜襲、趙厳こっちにこい」
若者四人を呼び出して目の前に並べた、といっても個人で馬を用意してきているから歩兵ではないぞ。客将とでも言えば良いか、指揮権無しの士官のようなものだ。兵士らはこいつらを貴人だと信じて接しているし、実際そういう扱いをしている。
「島県令、ご用でしょうか」
一番の年長者でもあり、他者にしっかりと評価を受けてたりもする陳葦が代表して言葉を発する。うちの軍規の書き換えもしてもらったし、こいつは事実若いが武将として扱うつもりだ。
「この先は未踏地だ、どうすべきだと考える」
隣に荀彧が居るのに敢えてそう問いかける。じっと見つめているので、どこに真意があるかを悟って欲しいが難しいか。
「兵法によれば、その目となり耳となるは先んずると申します。偵察を出すべきと存じます」
前置きはどうあれ偵察を出すのは正しい、面倒でもそうする癖をつけておくと大損害を受けづらくなるものだ。一方でここぞというときの追撃でそんなことをしていたら逃してしまうがね。
「そうか。では偵察を出す、志願する者はいるか」
わざわざここに呼んだうえでの発言だ、直ぐに「私が行きます」辛批と杜襲が名乗り出る、ん、趙厳はどうした?
「二人だけか?」
陳葦はそういう感じではないので良いが、趙厳は意外だな。まあいい。
「では辛批と杜襲に兵百を預けるので見て来い」
「承知しました!」
勇ましい顔つきだ、余程嬉しいんだろうな。さて趙厳だが、こいつは何を考えている? チラっと荀彧を見るとうっすらと笑っているな。四人を解放してから「どういうことだ」曖昧にぼかして聞いてみる。
「それでしたら、恐らくは近くにはまとまった集団が存在しないと知っているからではないでしょうか」
「ほう、何故そう言える?」
正直俺にはわからんが、そういう常識があるのか?
「ご覧ください、木々には鳥が棲み、小動物が暮らしております。今日も良い天気だとは思われませんか」
ふむ…………そういうことか。少数ならばばったり出くわしてもこれと言った危険も少ない、納得したよ。
「光るものを持っているとは思ったが、やはり辛批や杜襲と比べると、一段高い武才を持っているな趙厳は」
「文若見ますに、恐らく趙厳は張遼や文聘、甘寧を含め、それらの中でも高みに登るでしょう」
そうなのか! でも趙厳なんて聞いたことないんだが、あとで改名するとかあるかも知れんな。それとも漫画にでてきてないだけで実は凄いやつだったりするのかも知れん。どちらにせよ荀彧がこうまで評価しているうえに、俺が見たって切れ者だと感じる、そのうち解るな。二時間くらいして一行が戻って来た。戦ったような跡は見られない。
「報告します、ここから南に行った場所に標高が高い山があります。揖県はその山を挟んだ向こう側にあるとのこと。不審な影は見られず軍を進めるに問題は見られません!」
辛批が胸を張ってそう言う、杜襲も見落としは無いぞと言わんばかりの表情だ。
「そうか、ご苦労。では進むとしよう、二人が先頭を行くんだ」
「はい!」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます