第212話


 ということはその賊は水陸どちらでも動けるってことか、適性はあるだろうが今の俺達よりは水軍に詳しいな。


「鈴羽賊の詳細を」


「はっ。今よりおよそ十年程前より、徒党を組んだ若者らが羽飾りを身に着けて、派手な装いをし、水上陸上構わずに暴れまわっております。その一党は常に鈴をつけているということであり、鈴の音を聞くと鈴羽賊の来襲だと気づいたそうです。地方の有力者に会えば歓待させ、拒否すれば強奪を行う。太守や県令が治めている地であっても、勝手に犯罪を摘発し処断を下しております。自由奔放で乱暴者ではありますが、部下には手厚いようで、その人気は高いとのことです」


 台風のようなやつだな。上には反抗的で、下には鷹揚。傾奇者のようなキャラだぞ、腕が立つんだから解りやすいな。


「なるほど、で、そいつの名前は?」


「甘寧、字は興覇、益州巴郡生まれの賊徒で御座います」


「うむ!」


 甘寧か! こいつは水軍のイメージがあるぞ、猛将で知恵を求めることは出来んが、ちょうど今求めている人材だ。明日が楽しみだな。


 軍兵五百を率いて俺も荀彧と共に襄安を出発した。陳紀殿らに城を任せて、郷で暴れているという奴を懲らしめにな。こちらの動きだって漏れているだろうから、相手が逃げないようなら程なく衝突するだろう。


 昼飯を食い終わり、少し進んだところで偵察に引っ掛かった。この先のところに鈴羽賊が屯しているらしい。


「さて、合図を出してから進むぞ。狼煙をあげておけ」


 近くに居たら見えるだろ、包囲をしようがしまいが関係ないがね。馬に乗って先頭を行く、賊を視認できるあたりまできて相手も武器を手にして集まって来た。黄巾賊より動きが良い、泰山の奴らよりもな。きっとその気がある奴らが自発的に集まったから、素の力が強いんだな。


 一騎で進み出ると矛片手に賊を見回す。ふむ、武装はまちまちだが農兵よりは良い装備だ。


「俺は襄安県令の島介、郷で乱暴狼藉を働く者が居ると知りやって来た!」


 いいか、居るって聞いたから来たのは事実だ。これを全滅したり捕縛したりじゃなくてだぞ。


 ニヤニヤして笑ってるやつらの多いこと。ここはヤンキーのたまりばか。上半身裸で、一枚だけベストのようなのを申し訳程度に来て、腰には鈴、ハチマキには羽飾りを立てている、張遼らと同年代っぽい奴が前に出て来た。


「俺は甘興覇だ! 最近ここは俺のモンになったんだ、とっとと帰んな」


 そう言うと賊がヘラヘラと笑う。随分と自信があるらしいな、そうでなきゃここに留まりもしないか。


「折角お前に会いに来たんだ、そうつれないことを言うなよ」


「なんだと俺に? なんの用事だ」


 聞く気はあるんだな、反応がなかったらどうしようかと思ってたよ。


「お前は江賊の真似事もしていたようだな」


「地上だろうと水上だろうと俺にゃ関係ないからな!」


「そんな男を探していてね。水軍調練に興味は無いか?」


 変な顔をするなよ、こっちは真面目なんだぞ。賊相手に何を言ってるんだって思ってるんだろうけど、きっちり働いてくれたら現状の職なんて何でもいいんだよ。


「俺に勝てば考えてやる」


「頭で勝負するか? それとも兵を戦わせるか? 一騎打ちでも俺は一向に構わんぞ」


 なお頭の場合は荀彧にバトンタッチだ、部下を使うのだって立派な戦い方の一つだからな。


「後悔すんなよ!」


 ほう珍しい。細い戟を二本もって進み出て来る、双戟とでも言うんだろうか。矛をその場に突き立てて、俺は九十センチほどのこん棒を手にした。感覚的には久しぶりだが、やはりこいつがしっくりとくるな。


「甘く見てるのか」


「違うよ、俺はこいつが得意なんだ」


 銃弾は飛び出ないが、やはり銃剣格闘術が身体にしみついていてね。それにこん棒なら寸止めせずとも殺してしまう恐れが無いから安心だ、骨折位は勘弁してもらおう。


 ふん、と鼻を鳴らして甘寧が前に出てくる。あの細戟は百二十センチくらいか、刃で引っ掛けて首筋や脇、膝裏を刺せば勝負ありだ。かわしたからそれでいいわけではないのは厄介に思える。


 馬を降りて歩み寄る、兵らは息を飲んで見守った。負けたら散り散りになるって意味がわかるよ、そういう演出かと思ったがね。


「よし、訓練をつけてやるかかってこい若造」


「うるせぇよ!」


 五歳位しか離れてないだろうが、精神的にはそう思えているんだよ。かなりの勢いで間を詰めて来る、左右の細戟で突いては引き戻し時に手首を捻って後ろから刺そうとして来る。一対一で見切れないほどの速さではない、本当にこれで武勇轟く感じか? 途中で思い切り細戟を叩いてやると、ついつい取り落としたぞ。変だな。


「なあ、お前は本当に甘寧か?」


「どういう意味だ!」


「いや、甘寧は猛将だって思っていたのに、何だか拍子抜けしてだな……」


 顔を真っ赤にして小刻みに震えている、馬鹿にしたわけじゃないぞ? だって某アレでは武力がかなり高いわけじゃないか、いっくら軍格闘技が出来る俺だって、ガチで切り合いの殺し合いをしてきた奴らの中でも、武力で歴史に残ってるのと戦って、余裕でさばけるのは流石におかしい。


「コケにしやがって、お前らやっちまえ!」


 そう命じると手下が一斉に進み出て来る、うーん一騎打ちは終了か。取り敢えずは対抗させんとな。息を吸い込んで大声で命令しようとしたが「左右二列横隊、十歩前進し島県令と合流します」荀彧が部隊を動かした。


 肩を寄せ合って矛を突き出し近づいてくる、俺は後ろを向かずにその場で寄って来る奴らをこん棒で叩きのめした。そのうちまた「十歩前進」と命令を繰り返して、いつしか兵の後ろに位置している。騎乗して戦況を眺めた。


「おい甘寧、兵を使ってもお前は俺を倒せなかった。まだやるのか」


「そいつはどうかな」


 斜め左後ろの山林から伏兵が現れて襲い掛かって来る。なるほど、これで全部じゃなかったわけか。こちらの兵が動揺している、いかんな。ここで円陣を組むのは下策中の下策だ。


「俺が先頭に出る、総員続け!」


 鈴羽賊のど真ん中、一番分厚い部分に突っ込んでグイグイと進んでやった。突破した道を拡げて斜め右に進路をとると、新たな場所に布陣して賊の二隊を正面に捉える。数では若干の劣勢なんだな、随分と囲っていたなあいつは。正面で小競り合いをしていると、南から部隊が突き進んできた。もちろん味方のだ。


「張文遠が来たぞ! 賊共観念しろ!」


 今度はあちらが虚を突かれる、すると見るも無残な勢いで群れが崩れ去って行く。殺すのが目的じゃない、無理にせめてはいかんな。南東からも部隊が遅れてやって来て、なんだかんだで上手いこと包囲する形になった。円陣を組んでいたら今頃二重の包囲でわけがわからない状態だったろうな。


「戦闘を停止しろ!」


 囲んでいる側のこちらが攻撃をやめると、賊も険しい顔で睨んできた。


「甘寧、武器を捨てろ」


「降伏なんてしねぇぞ!」


「そうじゃない。俺との一騎打ちが終わっていないだろ、素手で殴り合いだ」


 馬を降りて兜を地面に捨て、外套を外す。腕をぐるぐると回してコリをほぐすと前に出る。この状況で何をいってるんだと思われるだろうが、腕っぷしで頭になってるやつが断れるとも思えん。


「くそっ!」


 獲物を捨てると甘寧も前に出た。双方の部下はだまってそれを見詰めている。


「武器を持って敗北し、用兵でも敗北した。三度目は素手だ」


 距離を詰めて殴り掛かる、ガードして反撃をしてくるがすっとかわす。大振りが多いな、体力の差があってごろつきや兵ならそれで大勝をしただろう。頭を沈めてはひょいひょいとかわし、軽く拳を当てるアウトレンジ。性にあわん!


「こちらから行くぞ!」


 ガードの上から軽く右拳をあてて距離を測ると、右足で甘寧の左つま先を踏む。そして左腕で思い切り腹めがけて拳を振り抜いてやる。


「がっ!」


 つい声が漏れるような一撃、だが耐えられる一撃だ。直ぐに右手で脇腹を殴られる。鈍い衝撃がめり込んできた。右の拳を真下に振り下ろす、左の太ももを思い切り強打してやる。左で腕を巻くようにしてフックで顔を殴って来た。両手で肩を掴むと頭突きを行う。


「っく!」


 ふらっと後ろに倒れそうになり、右足を引き戻して耐えた。こちらも一歩下がる。


「どうした甘寧、お前の力はこんなものか!」


 一喝してやると目に覇気が戻る。一歩二歩と踏み込んできて、右の拳を頬めがけて突き出して来る、その瞬間に甘寧の左膝の内側を右足で蹴りつけてやる。体勢が乱れて弱弱しい拳が頬に届くが、それを無視してこちらも左の拳で頬を殴り返してやった。つーっと鼻血を垂らしてふらふらと二歩下がると、ガクっと膝が折れて地面に座ってしまう。


「甘寧! 俺にまだ逆らうか!」


「……何でこんなにつえぇんだよ」


 左手で鼻血を拭ってこちらをじっと見て来る。頭に登っていた血は収まったようだな。


「水軍の調練をする奴がいない。甘寧、お前がそれをやれ!」


「ははっ、それならあんたに勝てるってか?」

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