第211話

「良いな友と居られるというのは」


 ついぽろっと漏らしてしまう。三人が変な顔をして、少し笑った。


「我が君は交流がある友人はおられないのですか?」


 天涯孤独とはいったが、友人まで居ないとは確かに言ってないな。だが時代がズレてるせいで居ないんだなこれが。


「どう思われてるかは知らんが、俺に一番近しいのは、荀彧や張遼らだよ。こうやってぶらぶらしているので妻子はない」


 それが悪いとは思わんが、立派に家族を養っている者は尊敬するよ。早婚のイメージがあったが、二極化が正しいのかもな。地盤が固まっている家の者は早婚で、そうでなければ身を立てて後に妻を得る感じか。


「我を知る主君を信頼して御座いますので」


「こいつはダメだと思ったら、いつでも言うんだぞ。別に怒りはしない、まあ寂しくは思うだろうが」


 苦笑して茶をすする。飯は鶏肉を焼いたもので、ゆでた芋などの野菜がいくつか皿にのっていた。


「どれだけ居丈高かと見ておりましたが、全くそのような態度が見られませぬ。文若が入れ込むのも解りますな、これで国士無双とは」


「多少の心得がある程度です。一人では何も出来ない若輩者ゆえ、荀彧にはとても助けられています」


 陳紀の信用を得られれば、荀彧の奴の面目もたつってもんだ。それに事実だからな。


「ふむ。……この陳元方に、何か手伝えることがあればいつでもお申し付けを」


 若い奴らがざわっとした、はてなんだろうか。ま、今は飯を食って雑談でもしよう。疲れているだろうから長引かせずに、ある程度でお開きにするぞ。タイミングは荀彧に任せるぞ。


 昨年手に入れた種苗を色々と試しに栽培してみることにした、人口さえあれば場所なんて幾らでもあるから。まず最初に驚いたことがある、夏になったあたりで朝廷の使いというのがやって来て、三県の県令を追認してくれたことだった。絹や緞子の下賜品まで持ってきてだ。


 勝手がわからなかったが、陳親子と荀彧が体裁を整えてくれて、使者の歓待までしてくれた。やはり知識人は必要なんだな。それにしてもこんな簡単に官職につけていいものかね。という疑問を荀彧にぶつけてみると「県令は千人を超える数がおりますれば、上奏者を信じ承認するのが現実的かと」確かに中華全土に千人も居れば、毎年何十人何百人入れ替わる。一々調査してなんていられんな。


 その為に太守やら刺史がいるはずなんだが、県令以上の人事権は中央が持っているらしく、結果として形骸化しているそうだ。前は自由気ままにあれこれしていたが、孔明先生の適切な処置だったんだな。にしてもあの使者、陳紀殿を見て随分と驚いていた。


 臨湖県の県令と相互の防衛協力を結ぶと、こんどは陵陽県の確保に動いた。ここを手にしたら四角の支配域になり、かなりの安全地帯を確立することが出来るようになるんだ。陵陽は山奥にあって人口も生産能力も少ないが、山越の警戒には使える。


「島県令、一部の越族との交易が可能になりました」


「おお、そう言えばそんな話があったな。どんな奴らだ?」


「陵陽近辺の祖氏で、首領を祖辺といい土着の宗教指導者でもあります」


 うーん、宗教集団は怖いぞ。うん、怖いぞ。とは言え儒教ってのがあるが、他は聞かんよな何故だろうか。


「あまり深入りしないように付き合うぞ、向こうが求めるものと、出して来るものは」


「要求は食糧で、提供は山地でとれる貴石の原石とのこと。紅瑪瑙で御座います」


 メノウ……と言われてもピンと来ない。まあどうとでもなるだろう。


「警戒網の目の代わりになってくれたら良い、あまり沢山の食糧を出すことはないぞ」


「承知致しました」


 言っておけば実行してくれる、ようやくそんな形がうっすらと出来上がって来たな。


「そういえば、陳葦らはどうだ」


「文聘の作った軍規を添削し、より良いものに作り替えております。辛批、杜襲、趙厳は典偉の部隊に混ざって訓練をしておりました」


「たまに見に行ってみるか」


 椅子に座っているだけでは身体がなまる、まだ楽をするような年齢じゃないからな。城外南東の平地に集まって、兵士が訓練を行っている。歩兵が五十人位ずつのグループになり、走ったり武器を構えたりして。


 どれどれあいつらはどこだ。防具をつけていたら解りづらいが、普段着で矛だけを持っているので体格で見つけるしかなかった。随分とキレがある動き……あいつは趙厳だな。一番若いのに様になっている、武官の素質アリだ。


 すぐそばで杜襲と辛批も矛を振っているが、もう一つだな。どんな芽が出るかはまだわからんが、訓練がはかどっているのはわかるよ。


「おーい典偉、お前が部隊を動かすのをみせてくれ」


「親分! 見ていてください。野郎ども集合しろ!」


 県令になっても親分は続いてる、もうどうでもいいやと思い始めてるんだ。陳紀殿も最初おや、と思ったらしいが、典偉が呼びやすいように勝手に呼ばせているだけと解ると笑っていた。


 平地だ、五十の部隊が四つで同じ方向へ進んだり、二つに分かれて背を合わせたり、そういった動きが出来るようになっていた。基本的な動きが出来ている、最低限これだけ出来れば部隊として成り立つな。


「荀彧、どう思う」


「盗賊相手ならば有利に戦えるでしょうか」


「うーむ、そうだな。軍隊が相手だと、ちと厳しい」


 それは装備の度合いが大きいのだが、部隊に基幹となる者が居たら練兵は早い。一方で全員素人から始めると、育つのにかなりの時間が掛かるもんだ。


「春穀、頸、陵陽を行ったり来たりの行軍訓練は、かなり繰り返しています」


「歩いて戦場へたどり着くのが最初の関門だ。実際に戦うことが出来るかはかなり重要なことだ。その訓練は継続させないとな」


 武力の鍛錬は様々仕上がったあとの話でしかない。強さがなにかは状況によってかわるものだぞ。こうなってくると水上の部分が全くなのが痛い。


「水軍はどうにもならんな」


「船頭はどうにか出来ましたが、水軍を調練できる人物が見つかりません」


 推挙出来ると考えていたようだが、話がまとまらなかったらしい。いないんじゃしょうがないさ。何か焦って走って来る奴がいるな? こっちにやって来るぞ。


「荀彧様、報告致します。石城方面からやって来た鈴羽賊が襄安南の郷を荒してまわっております!」


「ふむ、島県令、どうやら賊徒が現れた様子。しかし鈴羽賊とはまた厄介な」


「なあ荀彧、その鈴羽賊ってのはなんだ」


 越の民族名じゃなさそうだが、一般常識だったりするのかそれは。今さら驚きはしてやらんぞ。


「派手な羽と鈴を身に着けて徒党を組んでいる武侠集団、愚連隊のようなものです。その首領がめっぽう強いとのことで、数百の手下を連れているようです」


 武侠と愚連隊は似たようなものなのか? どちらにせよ、そういうのをのさばらせておくつもりはないぞ。


「偵察を出すんだ。張遼に伝令をだして、部隊をこちらに向かわせろ。全ての訓練を中止して兵は待機させるんだ」


「御意」


 まずは相手が何者かを調べるぞ。一日待っていると、距離二十キロ先に規模三百のその鈴羽賊がいて、郷の警察署のような場所を襲撃して略奪している最中だそうだ。春穀は城門を閉ざして守備させることにして、張遼が自ら五百の部隊を率いてやって来たよ。


「張遼は迂回をして鈴羽賊が逃げられないように道を封鎖するんだ」


「南西方向と南東方向への道を遮断する。島殿は?」


 北西は河、北東はこちらの主軍が向かうんだ、最悪は東の山に登るのか? だとしたらそれこそ山を丸ごと囲めば終わるような小さなものだったな。


「一日遅れで正面から進む。夜中に奇襲を受けて全滅をするなよ」


 寝て居る時に攻撃されたらそりゃ驚くもんだ。戦いにはならない、完全には警戒するのも難しいだよな。


「そんな真似はしないさ。では先に出る!」


 軍を見送ると「俺は明日の朝に出る。軍備仕度は典偉に任せるぞ」これといって興味もなさそうに丸投げしてしまう。それは良いとして「何だ荀彧、どうした?」考え事をしているように見えたが。


「実は鈴羽賊の事跡を手繰ってみたのですが、どうにも途中途中で江賊のような真似をしているのです」


「江賊って……ああ、海賊みたいなものか。そんな……待てよ」

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