第210話 襄安県令

 真冬になる前に調べをつけて、兵二百と共に乗り込むと、襄安は簡単に下った。元から無主であり城壁も低く官憲も存在しない、時折やって来る賊に怯えながらも、それなりの生活をしてきていたらしい。渡し場はほぼ機能しておらず、多くが臨湖県を利用している。場所的にも目と鼻の先で、隣の街が見えている状態。


 いざとなればそちらへ逃げ込むような感じなんだろうか、目測三キロだ。巨大な街ならこれらは一つに合体しているぞ。しかし荒れ果てている。


「荀彧、住民に炊き出しを行え。布を配ってやり冬に備えさせるぞ。薪を大量に蓄えて暖をとれるように準備を。この分だと食糧の貯えもないだろうから、運ばせるんだ」


「そこまですると軍用が不足してしまいますが」


 こいつめ、わかっていて言っているな。


「江に臨めば魚も取れるし、狩猟隊も回っている、全体でやや少ない位ならば分け合おうじゃないか」


「御意」


 ここは立地が命なんだ、交易の江上拠点としても使えるからな。技術があるかは知らんが、大型木材があれば船だって作れるだろうし来年はまたやるべきがある。兵士は訓練よりも雑用係の色が濃い。働かないわけじゃなく、働き方がわからない奴らが多かったんだな。


 こうして一年はさほどの大変動もなく過ぎて行った。真冬になっても雪が少なく、氷点下になることが少ない。なるほどこいつは長安とは違う、もしかして真冬でも活動できるんじゃないか?


 動物も冬眠することもなく、意外とあちこちをうろついているので、狩猟が出来て食糧不足が回避できた。こいつは真冬でも戦争が起こるのと同義だから、喜んでばかりもいられない。


 下手な木材加工をしたものを、縄で縛って作った筏のようなものがたくさん作られた。そのままでは使い物になるかどうかはわからないが、これでも河を渡ることは出来るので、取り敢えずは手元においておくようにする。


「島県令、さきほど地元より返書がやってまいりました」


「地元というと、潁川だな。何かあったのか?」


 潁川は広い、どのあたりかまでは不明だ。聞いても想像できないし、ぶっちゃけどうでもいいからな。


「来春、難を逃れるためにこちらに疎開避難したいとの申し出が御座いました」


「ほう、ではそれまでに居場所をきっちりと作らんとな!」


 最初の客だ、不満が出ないようにしっかりとせんといかん。


「何者かを聞かずに受け入れていただけるのですね」


「当然だ。俺は俺を頼る者を決して見捨てん」


 はっきりと意志を示す。何が当然かは知らんぞ、こっちの勝手な解釈だからな。そんなこと知らんわ! と言われても、唸るしかない。


「主君へ感謝を。その者達は家族ぐるみで付き合いがある、三族の親戚のような存在。陳紀殿を筆頭に、家族でこちらに向かうとのことです」


「途中で何かあってはいかんな、迎えを出してはどうだろうか」


「そこまでして頂けると?」


 来る途中で全滅でもされたら、こちらの展望が崩れるからな。問題は誰に行かせるかだが、荀彧を向かわせるのが最適なのは知っているぞ。微笑して当然だとの態度をとる。


「典偉の百人隊を連れて、荀彧が行くか?」


「兵をお借りいたします」


「うむ。すると春になるまでに多少はマシな船を作らんといかんな。臨湖の渡し人を雇うのも検討だ。任せて良いか」


「どうぞやれとご命令下さい」


 遜り全てを受け入れるか。いよいよ呂軍師を思い出すな、どうせまだ子供……いや幼児かどうかすら怪しいな。作れないならば仕入れるしかない、それも出来なければ借りるということで、賓客はプロに任せてしまうことにした。船大工を雇って、一度作り方を教わる機会を設けるという構想を温めるにとどめる。


 三月になって向こうを出ると連絡があったので、荀彧と典偉を送ることにした。これからひと月は防備が若干薄くなるが、一年でも一番たくわえが少ない時期なので、大規模な略奪は考えづらい。逆に足りないのを盗むような犯罪は頻発するがね。


 農民どころか浮浪者だった奴らも、二年も兵士をしていたらそれなりに兵士としての自我が芽生えるらしい。家族を呼び寄せて一緒に暮らすと、責任感が出るらしく態度を更生するのがちらほらと出る。安定は人口の流入を増加させて、次々と流民がやって来ていた。


 外も暖かくなり、日差しがたまに暑いと感じる日が混ざってきた頃、ついに一行が到着する。河を渡って来る人数は兵士らの他に三十人程と、意外と多かった。城外に出て待っていると、荀彧と初老の人物を先頭にして皆が戻って来る。目の前にまで来ると一礼した。


「荀彧ただ今戻りました」


「うん、ご苦労だった」


 主要な奴ら、といっても初老の男と、後は四人の若者に、その他は女子供に使用人なのか後ろに控えている。顔が似ているとはいえん家族だな?


「紹介いたします、長である陳紀殿、その息子の陳葦殿、趙厳殿、杜襲殿、辛批殿です」


 なんだ姓が違うな、母親が姉妹とかそういうのか。まあいいさ。


「県令の島介です、よくぞおこしになりました。襄安は客人を歓迎いします!」


「某、陳紀と申します。此度は災いを避けるためにこちらに厄介になることになり、まことにありがたく思います。文若に聞くところによれば、恩徳あるお方とか。何卒よしなに願いまする」


 そういって礼をすると、四人の若者もそれに倣った。やはり教養を感じさせるな!


「堅苦しい挨拶は終わりにして、城内へどうぞ。古く狭い場所ではありますが、安全はこの島介が保証します。疲れているでしょうから、まずはお休みを。ご婦人らの荷物を持ってさしあげろ! さ、陳殿どうぞ」


「かたじけない」


 気品とでもいうんだろうか、ただ者ではないぞこの人は。にしても、若い奴らもそれぞれ良い表情をしている。城主の間で歓待をすると、若者らは成人していないので正式な座を遠慮すると言う。


「そう言うな、俺は気にしない。酒を飲まずに茶を喫して、飯にしよう」


 年の頃は趙厳が十五歳で一番下、陳葦が十九歳で一番上ということらしい、同年代というやつだ。陳家は別として、趙厳、杜襲、辛批の三家は同居して過ごすってことだ。家計も一つで共に暮らすってことは、本当に家族も同然だな。幼なじみの友人か、あいつは何をしているやら。

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