第209話
◇
春穀県を手中に収めたら、その後すぐに今度は頸県にも乗り込み、統治を明らかにする。春穀は俺だが、頸の県令は文聘を示した。これに張遼が不満を持つだろうから、一つ役目を考えてある。
「張遼は県の守備隊とは別に部隊を組織して、自身の判断で巡回を行う治安部隊を率いろ。視野は広く持たねばならんし、兵の訓練維持も困難だが、お前次第の成果が上がる。出来るか」
「任されよう!」
子供がおもちゃを欲しがるようなものかね、こちらとしても手広くあれこれせずに済んで楽でよろしい。荀彧は冷静な表情で常に傍に侍っている、このあたりの差配は俺が勝手にやっているわけだが、こいつは別の事を考えているだろうさ。
最初は頸県令は荀彧が良いかなとも思ったが、固定の役目は無い方がやりやすかろうことと、文聘の本領発揮をさせるつもりでだ。二県には税率を三割に引き下げることを通達した。その結果、県令の屋敷には感謝の声を届けたい民が殺到すると言う事態に陥る。
今回はすべきことが山のようにあるので、税金とは別のところで労役を結構な量課すことになった。木材の伐採加工、山菜や芋、木の実などの採取、そして狩猟だ。畑は個別に行動が出来ない者に任せてしまい、主に城の外での労役をさせる。
反発が酷くなるかと思ったが、生活の向上に直結するということで、意外と多くが前向きに従ってくれた。兵士の一部は狩猟に、少数は警備に、残りは耕作に当て込んだ結果、秋の収穫はそれなりのものが手に入ることになる。いつもならば根こそぎ持って行かれたらしいが、七割も手元に残ったので逆にどうしてよいかわからない住民が、自主的に納税に来てしまうという珍事が多発する。
「島県令、いかがいたしましょう?」
荀彧が嬉しい誤算にどう対処したいかを聞いてきた。倉に入れても仕方ない部分はあるからな、使ってなんぼだぞ。
「余分を売却し、種苗や農具を仕入れるんだ。それとそうだな、布を買うか。使い道はいくらでもあるからな」
「畏まりました。来年もきっと実入りが多く、民は安堵するでしょう」
今は185年秋だよな、董卓の反乱というか簒奪は189年というのはゲームなりで覚えているぞ。その間は全く不明だ、大したことが起こっているのかいないのか。
「あちらの県はどんな様子だ」
「頸県ですが、更に南の陵陽県からの流入があるようで、人口が増えております。こちらも周辺より流民の入りが多いので、人手が余るやもしれません」
食っていければ人は増える、仕事が無ければ犯罪に走るな。それを放置せずに活用すべきだ。
「双方で男は兵士に採用しろ、人数が集まり次第今度は典偉の部隊を設置して、狩猟をさせる。訓練の一環というよりは生活の補助だな。集団で行動することを覚えるだけでも成長と言えるかも知れんが」
「やはり、気のせいでなければ島県令は勘が鋭くおられます。でなければ、どこかでこのような経験がおありでしょうか?」
勘が鋭いのはお前で、よくもまあそんな考えに至ったよな。何度もやって事があるんだよ、色々とな。
「ただの思い付きだよ。で、周欣とやらにお伺いはしたのか?」
太守へ知らせて立場の追認をさせるってことだったよな。
「支配を確立した後に、中央へ上奏を行います。その後に、周太守へも報告を。順序を間違えると県を失うことにすらなりますので」
あくまでこちらは実効支配していたらって話だもんな。ここで郡兵がやってきたら追い返すことも出来ずに困るってことか。それに中央にそういう報告が行ってしまえば、地方でも勝手なことはしない性格って感じなわけか。やはり荀彧に任せておけばいい。
「越族の動きがあまり聞こえてこない、こちらを避けているのか様子を見ているだけか。お前はどう思う」
「山に住まう越、山越族は最近統率を得られずに、比較的小さな集団ごとに分裂して暮らしているとか。隙間で生活をしているので、漢旗を翻す我等には手出しをしてきていないのだと推察しております」
大きな人材が不足している、一時的な勢力の拮抗、あるいは南方への回帰。多くの理由があり小康状態を保っているならば、交渉の余地がる。
「近隣の部族と交易は出来ないだろうか?」
「交易でありますか?」
「ああ。別にそれで差益を求めているわけじゃない、繋がりを持てば相手が分かる。相手が分かれば怖いと言う、おぼろげな霧が晴れるものだろ」
恐怖というのは無知から来る、どんな存在か知らなければいつしか恐れから敵対することを選ぶかもしれない。それがそっくり逆になれば、友人を得ることになるぞ。
「文若はまだまだ未熟で御座いました。商人を通じて話を持ち掛けたいと存じます」
「詳細は任せる、上手くやろうとしなくてもいい、モノは試しだ、それで経験になればそれだけで構わん」
地道に県の勢力を拡げるのでは、一生かけても大成しないだろうしな。勢いをつけてどこかで一点突破する、それが次は董卓前後ってわけだ。そう言えば呂布が現れるんだよな、どれだけ強いやら。
「中原からの報でありますが、河北では黒賊、河東では青賊、涼州では白賊などと称した、黄巾賊の残党が未だに猛威を振るっている様子。ですが中央は再度兵を出す意思なく、各地の刺史、太守の手腕に委ねているところ」
カラーギャングかよ、何と無く後継組織的なイメージにはなるし、同じではないとの言い訳にもなる。どこかで黄巾賊の幹部が生きていて、自分のところが乗っ取りにあうこともない。というのは考え過ぎだろうか。
「ここ揚州では?」
「これといった者が存在せず、むしろ避難地域のような場になりつつあります」
そいつだな。しかしここでは弱い、この前のところはどうだろうか。
「臨湖県の県令は誰だ」
「黄世殿に御座います」
「近隣の江沿いの県で、統治から外れている場所はあるか?」
一泊置いて記憶を探り、間違いないかを確認してから「臨湖県の北東に襄安県があり、ここより二日の距離で御座います」二日、凡そ四十キロか。ここの支城ネットワークに入れて差し支えないな。
「その襄安県の現況を調査させるんだ」
「どうなさるおつもりで?」
どうすると言われたら、どうしてくれようか。中央とのアクセスが出来るように渡し場を必要として、安全地帯を囲える場所を作るわけだが。
「頸、春穀、襄安を繋いで行動線を確保する。希望するならば臨湖県も含めて、相互の防衛協力を行い、中央からの避難者の受け入れ地域に活用するつもりだ。こちらからも発信してやれば、逃げ込んで来る奴もいるだろうさ。どうだ」
「…………江南の歴陽、曲阿、予章あたりが避難先に使われておりましたが、確かにそれらの中間にある盧江ならば、選択肢になり得るでしょう」
「こういうのは時節が大切だ、もし移れるならば襄安を拠点として、ここ春穀に遊撃隊をおいて支援させる。県令は張遼に譲って、俺が転出するつもりだが」
この三か所、ダイヤモンド型でやや襄安と頸の距離がある。南東へ五日六日は騎兵無しではちと厳しい。規模が大きくなれば日数の差はぼやけてくるが、小さい程に即効性がほしくなるからな。
「上奏内容を変更して認めることとします。この地の発信は文若にお任せを」
「ああそのつもりだ。こうなって来ると一人でいいから水軍を運用できるやつが欲しいな、俺は陸以外はさっぱりなんでね」
「良き人物を紹介できるかも知れません」
どこか思案しているようなので、話は終わりだと解放してやる。食客を招いて保護するくらいは出来るが、俺に愛想ついてどこかへ行かれたら恥ずかしいよな、はは。
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