第206話
「江南地域は全体的に人口が少なく御座います。それは戸籍上ではさらに顕著で、県の数が中原に比べると十に一つほどの比較になりましょうか」
大都市と地方都市位の差だな、中央から離れて統制が効かなくなっているということで更に分が悪いか。まあそれが狙いなんだろうから構わんが。
「春穀県を目指しているらしいが、そこに何があるんだ?」
張遼はこのところ荀彧へのあたりがキツ目だ。江南へ行くと決めてからのことだから、言い出した荀彧への何かしらの気持ちがあるんだろう。喧嘩するようなことはないが、注意は必要かも知れん。
「何も無い、というのが一つの答えでありましょうか」
「馬鹿にしているのか? 目的も無く長旅をするつもりならばタダではおかんぞ」
そんなことはないだろ、実はそうでーす、などと言われても俺は大笑いして終わらせるが、こいつらはそうもいかんだろうな。典偉は相変わらず不満はないが意見もない、文聘は様子見、これは確定の性格ということだろ。
「丹楊郡下の春穀県、その周辺は朝廷に従わない不服住民が存在する地域。これを手に入れて自らが統治者として名乗りをあげ、地盤を得るのが目的です」
不服住民ということは、臧覇らのようなのが棲みついているってことだな。そんなのが居るってことは、裏を返せばそこが住みやすい場所ってことだろきっと。
「この人数で仕掛けるつもりなのか?」
途中途中で帰郷した奴らがいるので、現在は十数人しかいない。それでも百人や二百人相手ならば負ける気はしていないが、そいつは無策と同義だな。
「実はここの少し南に頸県があり、昨今叔父の荀爽殿が友誼を結んだ豪族が御座います。そこで募兵をしてから臨むつもりで」
ふむ、荀彧ネットワークというスペシャルだな、俺が心の中で勝手に呼んでいるだけだが。どうにも聞いていると荀家は物凄い人材センターの柱のような立ち位置に居るらしい、そして荀彧はその主家筋ということのようだ。
ただ、一度どういう奴らが居るのか聞いたが覚えきれんかった。荀何某が何十人と出てきて、六男とか七男とかいわれ、叔父である文若は甥よりの年下なのですとか説明もあり、途中から諦めた。こいつほどの人物が、両手で数えきれないほどいて、それがまたあちこちと交流しているなら、頸県での募兵も出来るんだろうさ。
「ならば初めからそう言えばいいだろうに。ここまでもったいぶる神経が分からん」
ご機嫌斜めだな張遼は。こいつは自分であれこれしたいタイプか、同列の将と並べて働かせると問題が起こりそうだ。反面、上下の関係は上手く保てるのかもな。
「実際に現地を見てみないことには解らんが、張遼なら主なしの城をどうやって奪う?」
君ならどうする? 正面からぶつかるほど馬鹿なやつはいないぞ。まずは現地偵察をしてみたいところだが、行ったが最後いきなり勃発もありえるな。
「問答無用で城内に切り込み、大声で領有を主張。文句がある奴は出て来いと言い、片っ端から切り伏せれば早いだろう」
おっと、唐突にイノシシっぷりを発揮か? 現実問題として乗り込まれたらそこの支配者が黙ってはいられんから、成立する可能性は高い。留守でも占拠は出来るな。ということはこれが正解なのか?
「荀彧はどう思う」
困った時の荀彧だ、こいつの反応をみて考えよう。
「行商人から現在の有力者の情報を聞き出し、その者が滞在している日を狙い乗り込み、その場で支配権をかけて衝突するならば虚をつけます。頸県での募兵で気取られることが無いよう、注意していれば上手く行くものと推察されます」
逆に言えば募兵で何かしら気づかれたら警戒されるわけだな。ということは、気づいても遅いタイミングで仕掛けるのが鍵だな。
「順序を決めるぞ。頸県と春穀県の時間的距離はどれくらいだ」
「平地を行けば二日、山を抜ければ一日で御座います」
「ではこうだ、最優先で相手の存在を確認する、道案内も先だって秘密裏に確保だ。頸県での募兵を朝より行い、翌日の日の出から山道を通り春穀県へ向かい、夜を山で過ごし早朝に乗り込む」
もし当日に気づかれても夜に山越えをする奴は居まい、翌日出るならばこちらと足並みは一緒。あちらに夜中についたとして、対応するのは翌朝になる、これが最短だ。ならば気づかれても問題ない。こちらの懸念は募兵が成功するかどうかと、山越えがきっちり出来るかどうかだな。
「募兵が速やかに可能であれば」
「荀彧、何を眠たいことを言っている。戦場で敵は待ってはくれんぞ! 兵が飛びつくような報奨を示し、何が何でも集めるよう計画しろ!」
「御意に!」
ここが肝なんだ、空手形くらい切ってやらんと話にならん。帳尻はあとでつけりゃそれでいい。
「張遼、山岳行軍の経験はどうだ」
「雁門郡の山中で生まれ育った、南方でも山は山だろ」
「よし、行軍時にはお前が先頭だ。ことの成否の程は張遼に掛かっているぞ、いいな」
「応! 任された!」
残る二人へと顔を向ける、何かを言い渡されるのは承知の上って表情か。
「文聘、素手で戦えとは言えん。無知のままでも同様だ。最低でも矛一本を与え、命令系統の規律を徹底させろ」
「ご命令確かに」
こいつにはそういう成文をまとめさせたし練兵もさせたんだ、素地は整っているはずだからな! 問題は典偉だが、さて何も言わんわけにもいかんぞ。
「典偉、兵らの腕前をお前が判断しろ。指揮官である必要はない、兵であり、駒である奴らの能力を見定めろ」
「わかった!」
まだ始まってもいないのにな、だが目標があるとないとでは気分が違うだろ。俺は全体の進捗を眺めるのが役目だ、不足があれば補うし、急な対応がいるなら対処する。若い奴らの目の色が変わった、期待するとしよう。
◇
頸県に到着した、その時には既に行商人から春穀県のことについて大まかに調べがついていた。唐紺とかいう奴が居座っていて、数百の手下とともに徒党を組んでいるらしい。文聘も行商人との接触の際に、縄と青銅を買い入れていた。資金的にはこれでほぼ枯渇だ。
荀彧のいう豪族には先触れを出してあったので、大きな屋敷の前で出迎えてくれた。張遼も典偉もこれが演技であったらと警戒をしているな。言われんでもそうできているなら今は充分だ。
「いやあ貴方が荀爽殿の甥御ですか、何とも立派な」
「叔父がお世話になりました。汀殿のことは頼りになる豪族だと、いつも聞かされてものです」
「はっはっは、私が荀爽殿に一方的に世話になったの間違いでしょう。どうぞどうぞ、幾らでも滞在していただいて結構ですぞ!」
こいつの叔父、後から気づいたが小黄県のあの孫羽の城へ祝いの使者だかで一緒にいってたのがそうだ。中央で党錮の禁とかいう学者の拘束があった時に、こちらのほうへ疎開していたらしい。その時に交流をしていたそうだ。滞在の見返りは知識やら教養だったらしい、意外なものに価値があるんだよな。
一晩は親交を深めるのと、本当に協力をしてくれるかどうかの見極めに費やした。だがどうやら本当に協力的な人物だと解ると、後援をしてくれるように荀彧が頼む。
「我が主君島伯龍が賊徒を討伐するための資金援助を願いたく」
頭を下げてそういう。俺も席についたまま汀へと頭を下げる、頼む側の態度というのがあるだろうからな。
「荀彧殿の主君ですと! ううむ…………承知致しました、ならば我が家の倉を一つ残して全てお渡し致しましょう!」
席を立つ、すると皆もそれに倣い立ち上がり共に礼をした。太っ腹すぎるだろうに! この時代の投資みたいなものなんだろうか?
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