第204話
張遼らと同年代、雰囲気的にもその兄貴とやらと同質だな。年齢的な部分で下にいるだけで、能力はさほど差があるようには思えないぞ。
「親分、俺が!」
典偉が鼻息を荒くして名乗りをあげる。ほぅ、といった感じの空気が流れた。親分って呼び名についてだろ、これはそろそろ誤解を与えるからやめさせるべきだろうか。
「昌稀、そいつをぶちのめせ」
「典偉、殺すなよ」
双方が獲物を手にして相対する。刀身が広い山刀を片手に昌稀が無遠慮に切り込んできた、典偉は柄が少し長めの鉄槌を持っていて、それを真横から叩きつけた。だが互いにかすることすらなく、次々と攻撃を繰り出していく。
「典偉のやつ、好調だな。どうだ張遼は」
「俺はあそこまではどうだろうか。手下込みなら上手くやれるが」
「右に同じく。私では典偉の腕っぷしにはかないません」
文聘も無理だと素直に認める。荀彧は涼しい顔をして眺めているだけ。さて、あれは放っておいていいが、こいつらの目的ってのはなんだ? 追いはぎってなら問答無用で数で押して来るだろうし、別なんだろうな。十分過ぎ、二十分過ぎたあたりで汗だくになったので止める。
「終わりだ典偉、どうやら互角だな。良いものを見せて貰った。昌稀とやらも見事な腕前だ」
「そっちの典偉ってのもやるじゃねぇか。で、親分のあんたはどうなんだ?」
「親分は俺よりも強い!」
典偉の熱い声援を受けるのは良いが、どうしたもんかね。戦わないと言っても、はいそうですかと解放はしてくれなさそうだ。
「ご指名か? 俺は安くないぞ」
「ふん、俺は臧覇、このあたり一帯を仕切っている頭目だ」
余裕を感じるね、しかし聞いたことがない名前だ、こんな姓は初めてだよ。
「島介、しがない流浪の男だ。戦いは得意じゃないが、嫌いでもない」
腰の剣、外して鞘と柄を紐で縛って巻いてしまう。
「舐めてるのか?」
「まさか、これは打撃武器として使った方が便利な代物なんだよ」
じゃないと手加減できないだろ、俺は達人じゃないんだぞ。取り巻きの山賊が薄ら笑いを浮かべている、いいさ相手を甘く見て居たら良い。
「島殿のお手並み拝見」
荀彧がにこやかに声をかけて来る。そういえばこいつは俺がこうやって戦うのを見たことないもんな。歩み寄ると視線を絡めて真剣に対峙する。何だか感覚が鋭くなっている気がするな!
「行くぞ!」
臧覇が剣を遠慮なく振り下ろしてきた、当たれば痛いでは済まない。片手で剣の軌道に鞘を交差させてぶつけた。
「そうもったいぶらずに全力でこいよ、野次馬が退屈するだろ」
はやし立てる声があちこちから飛んでくる、娯楽なんだこういうのは。臧覇も解っているらしく、一歩下がると姿勢を低くする。
「死にたがるのは良くないぞ、島」
「自慢じゃないが、まだ俺は一度も死んだことがないんだよ」
今度は両手で持って構えた。死んだうちに入ってないよな今までのは。判定は微妙だ。
鋭い踏み込みで衝いてきた、半身をずらして鞘を切っ先にあてて逸らす。今度は弧を描いて首を狙ってくる、交差をさせて真っ正面から受け止めた。
「守ってばかりでは勝てんぞ」
「決定打の無い攻めも同様だ」
ちょっとしたせめぎ合いは戦士の心をくすぐって来る、俺は今この戦いを楽しんでいる。素早い切り込み、不意に出てくる拳、そいて虚実織り交ぜた攻撃。それらを全て防ぎきると、最後に柄で太もものあたりを叩いてやって離れる。
「せっかの楽しい見世物だ、昌稀とやらも一緒に掛かってこい。二人の相手をしてやる」
「舐めやがって!」
「兄貴、やっちまいましょう!」
怒りと苛立ちが感じられる。左右に分かれてこちらの首を狙ってきているのが分かるよ。だが今の俺は何故か精神が研ぎ澄まされているかのような感覚で一杯なんだ。
同時に二人が踏み込んできた……かのように見えて、コンマいくつかの差が出来ている。円を描くかのように、弧の一端で昌稀の山刀の先にほんの少しだけあてて角度を変えてやり、くるりと臧覇の剣先を叩いた。衝撃が手に伝わるや否や、昌稀の方に膝を落とし踏み込み体を寄せて右腕同士を密着させる。
「なっ!」
下から斜め上に突き上げるように体重の移動を行うと、弾かれてしまい昌稀が後ずさる。木の根に踵がぶつかり、尻もちをついてしまった。
臧覇が二歩を踏み込んできた。みぞおちを狙い突き出して来る剣にこちらから向かって行く。鞘のど真ん中と剣先をぶつけるようにして、無理矢理に前に出る。
「馬鹿な!」
お前くらいの正確な動きになると、身体の中心をきっちり狙うくらいわけないもんな! 左足を踏み込みで前に出しているのに、右腕が前に出せずに不自然な体勢になった。左肩を押してやり左足を踏んだ、すると見事に左腕を下にして転倒する。
剣を踏んで鞘を顔の前に突き付けてやる。
「どうだ、楽しめたか?」
山賊たちのどよめきがおこった。ついでに張遼と文聘の驚く顔も見れたぞ。荀彧は小さく何度も頷いている。
「参った、俺の負けだよ。あんた強いな!」
「そうか? 世の中には俺より強い奴なんて幾らでもいるだろうよ」
右手を差し出して引き起こしてやると、腰に剣を括りつける。昌稀は勝手に立ち上がったな。
「二人がかりで負けたこっちの気持ちも察しろよな」
「連携の訓練をしていたら、俺が対抗出来たかは怪しいぞ? それよりも、山で暮らすのは認めて貰えるのか」
「はっはっは! 当然だ、あんたが勝ったんだから、あんたが頭目になりゃいいだろ」
ふーむ、そういうのはちょっとな。面倒ごとは避けたい。
「頭目は臧覇がやってればいいさ、俺はここで暮らせればそれでいいんだよ」
「そうか、わかった。いいか野郎ども、今からこの島介らは泰山の客人だ! 下手な真似しやがったら俺が許さんぞ!」
おお、勇ましいな。客人か、それがいいな。野次馬等はそんなことはしない、とばかりに両手を挙げて首を左右に思い切り振っている。
「臧覇、俺から一つ提案がある」
「ん、なんだ?」
真剣な表情になり、目を細めて皆の注目を集める。
「こういうときは酒盛りに限る、どうだ宴会でも」
急に笑い出すと、皆がそれにつられて大笑いする。
「違げぇねぇ! おう酒を用意するんだ、今夜は飲むぞ!」
こうなれば皆がいきいきとして準備を始める。いつの時代も、どこの男達も、こうやって酒を飲んでくだらない話をするのが大好きなもんだな。ただ……男達の俺をみる目つきに熱がありすぎて落ち着かなかった。
山賊たちと飲めや歌えやと宴会をすると、いつしか一人また一人とどこかへ消えて行った。「小便だ」と言って焚き火がある場所から離れると、木の幹に背を預けて空を眺める。
「クソッタレな世の中でも、星の輝きは何年経っても変わらんな」
もう体感で十年以上あいつらと離れてるが、どこかで元気にしているんだろうか。そこでは俺が消えたことになっているのか、それとも居なかったことになってるのか……考えても仕方ないな。サクッサクッと草を踏む足音が聞こえて来た。
「島殿、戻られないのですか」
「荀彧か、騒ぎたい気分じゃなくなってね」
目の前の地べたに座り、姿勢を正す。表情は月明かりでははっきりと見えないが、ポーカーフェイスといえばこいつだ。
「正直なところ驚きました。日頃より戦闘はそこまで好まれないと聞いていたので、典偉の思い込みかとばかり」
「本音さ。俺はどうやっても勝てない相手を知っているからな、そいつが居るからこそこうも言うんだよ」
なあ兄弟、次があったらもう勝てる気がしない。そんな弱気を吐いても、どうでしょうなあ、とか言って笑うんだろうがね。
「文若見るところに、飛将と同格とすら思えますが」
「なんだその飛将ってのは、誰かの名前か?」
飛車だったら将棋の大駒なんだが、そういう姓のやつがいるのか。
「飛将とは今より数百年前の漢の将軍に御座います。その武勇極めて優れており、匈奴相手に幾度も大勝利を収めた英雄に御座います」
「そんな凄い奴と比べたらバチがあたるぞ。俺はただの放浪者だよ」荀彧はまだ若い、色んな奴をみたら基準が変動する。そうだな黄巾賊の乱といえばあいつか「呂布ってのが居る、そいつが国士無双だろ」
「なんと、島殿はよくぞ併州の呂布をご存知で。主簿であるのに武術に優れ、烏丸や鮮卑との戦では無敵と評されている武人。どこでそのような噂を?」
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