第203話
城主の間に収まると、丞から一連の報告を長々と聞かされることになったが、一言にまとめるならば異常なしといったところだった。西陵からの遠征組には長期休暇を与え、連れていた州軍の一部にも三日の休みを一律与えた。
域内警邏の計画を練っていると、早馬が駆け込んで来るのが窓の外から見えた。だがここには一向にやって来ない。そのうち荀彧がやって来たと報告を受ける。
なるほど、あいつへの早馬か。こちらには恐らく数日遅れて情報が入るパターンだな。招いきれると目の前で指先を揃えて会釈をした。
「先ほど洛陽よりの早馬が参りました」
「お前の情報網だな。十中八九悪い報せだろうが聞こう」
良いことはそこまで急いで報せる必要がない、ところが悪いことはそれこそ千里を駆けてでも知らせるものだよ。
「朝廷にて徐刺史が黄巾賊との内通を疑われ、これにより断罪を受けました」
「なんだと!」
つい声をあげて立ち上がってしまう。よりによって内通だって?
「朱右車騎将軍や、皇甫左車騎将軍の取りなしにより、黄巾賊討滅の功績と相殺されましたが、刺史は免職されたとのことです」
「そんな馬鹿なことがあるか! 徐刺史は荊州をよくよくみて、きっちりと職務をまっとうしていただろ!」
州内の評判は高く、治安も風俗も良好だった、府の力が弱かったが適切な行動をとっていたぞ。
「司隷校尉の張忠が、徐刺史を厳しく弾劾したのが原因とのことで御座います」
「確かそいつは……不正をしていた皇太后の親戚だったか?」
「左様に。讒言の類ではありましょうが、自身への嫌疑に対し抗弁をするのを良しとせずの態度をとったらしく、そのようなことに」
言い訳をせずにか……あの人らしいのかも知れんな。それにしてもクズ共ばかりだな!
まてよ……あれが原因か!
「そうか、泰太守が舞陰の山道を確保していたのは、朝廷へそうやって恣意的なことを上奏する為だったか」
思えば何だかんだとこちらを押さえつけようとする動きがあったよな。何か変だなとは感じていたが、こういう裏があったのか。
「他には何かあるか?」
「島別部への論功行賞が一切なされておりません。一覧より漏れているとのことです」
「なるほど、二度賊徒の首魁を切ってもそんなことは知らんというわけか。ここまで徹底していると逆にすっきりするな」
恩賞が欲しいわけではない、だがこうまでコケにされて黙ってなどいられるか! 立ち上がると腰につけている別部司馬と軍候の印を机に置き、歩き出す。
「どちらへお出かけでありましょうか?」
「ここではないどこかへ行く。官職は辞する、荀彧も好きにしたらいい」
典偉には声をかけてやらないとな、あの二人もか。その先は好きにしたらいいさ。
「左様ですか、されば某も」
印綬を隣に置くと傍へやって来る。
「なにも付き合うことはないんだぞ。行く当てもなければ、これといった志があるわけでもない。荀彧ならばどこへ行っても歓待されるだろう」
「士は己を知る者のために死す。荀文若を認めてくれている人が目の前にいるというのに、どこへ行く事があるでしょう」
まったくこいつは……人生を棒にふるには早いだろうに。
「まあ好きにしろと言ったのは俺だからな」
笑って終わりにしてしまう。城内を歩き回り「張遼、文聘、典偉!」三人の名前を呼んだ。程なくして皆が揃う。
「どうしました親分」
「聞いてくれ。徐刺史が免職になり、俺は嫌気がさした。官職を捨ててここを出る。お前達も好きにしろ」
あまりに説明をざっくりと省いてしまったので、数秒変な顔をされて互いに視線で会話をすると「じゃあ俺もやめる!」典偉がさらっと言い放つ。
「賊を滅するという当初の目的は果たした、ならば良いか」
そういえばこれは張遼の提起だったもんな、すっかり忘れてたよ。
「君子は道を謀りて、食を謀らずと言います、ここで得られるものは少ないでしょう。旅をするのもまた一興」
笑って文聘も一緒に去ると言い出した、やれやれこいつらときたら。
「残される者達に今後どうしたら良いかの指示くらいは残してやるんだ」
一斉に皆が消えたら右往左往してしまうだろうからな、部下が苦労するのは流石に忍びない。
「どうぞお任せを。して島殿はどちらへ向かうおつもりで?」
「うーん、そうだな。典偉の母親が心配してるだろ、一度陳留へ戻ってからその先は考えるとしよう。道中黄巾賊と鉢合わせることも多いだろうが、暇をしなくて良いな」
挑戦的に言ってやると笑いが起こった。そうだ、そのくらいで丁度いい。
ゆっくりと北上して典偉の家に帰ったら、皆で顔を出し挨拶をした。すると母親が大層喜んで「息子をよろしくお願いします」と頭を下げるものだから、こちらもつい同じようにしてしまう。幾つになっても親子の関係は変わらない。
ここに居て迷惑をかけるのも悪いなと適当に東にある山にでも行く事にした。そこに行けば野生動物も居れば、山菜も渓谷では魚だって採れる。街に住んでいるより気兼ねない、どこかの集落にでも厄介になっていれば良い。
「この山の名前はなんだ?」
「親分知らないで来たんですかい? ここは泰山ですぜ」
「泰山か、気に入らん名前だが山が悪いわけじゃないからな」
あいつが産まれるより遥か昔からこいつは泰山だ、悪く思われるいわれはないだろ。住み心地が良さそうだ、勝手にそう思っていると、荀彧が「古来より泰山は、不服住民の集まりが暮らす場所。うってつけかも知れません」不服住民ときたか。
反政府というよりは、無政府を好むって感じか? まあどうでもいいか。ピクリとして足を止める、張遼も文聘も気付いたな。
「やはり暇をせずに済みそうだ。お前達もそう思うだろ」
そこらの山林の間から、山賊がわらわらと出て来たからだ。叡山の時とは違うな、あちらは農民が山賊になっただけだが、こいつらは根っからの感じがする。これが不服住民というものか。
第三部 泰山の住人達
二人の頭目とその手下ってところか。前にいるやつは同じ歳くらいに見えるな。ボサボサの頭をしているが、こいつはただ者じゃないぞ。張遼も文聘も腰の剣に手をやって左右を警戒している。
「ここが自由民の山だと知ってやってきたのか?」
自由民ね、国家に縛られていなければそう名乗るのも一つの主張かも知れん。
「今知ったよ。ここなら暮らすに困らないかもと思ってたが、先着優先か?」
友好的な雰囲気じゃない、あおりだって様子を伺う上での話術になるだろ。手下の方もそれなりだが、統率はどんなもんかね。
「官憲の類ではない?」
「半分はあたりで、半分ははずれだ。……あんなクソつまらんところは捨てて来た」
無関係かといわれたら断言できないが、やめる意志を伝えて出て来たなら一般人ってことでいいよな。多分。
「この泰山は無頼の山でもあり、武侠の山でもある。言葉はいらん、刃が全てを教えてくれる」
「至極単純で結構、俺はそういうのが好みだ」
にやりとして取り巻きを一瞥する。わんさか増えたとしても、頭目さえ押さえ込めばおしまいだろ。
「兄貴、俺がやりますぜ」
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