第201話
「いや、なんか皆そうやって名乗ったりしてるから名前を作った。おかしいですか親分?」
おかしいかどうかは全く解らんのだよ、どうなんだ?
「親孝行の典偉殿にとてもお似合いの字で御座いましょう」
荀彧がさらっとそんな評価をいれて来る、そうか、そうなんだな。
「良い名前らしいぞ典偉、これからはそう名乗ったらいいんじゃないか」
「おお、そうか! 良かった!」
名前なんて自分で好きにしたらいい、ただその字面の良し悪しは本気で解らんぞ。
「それで島殿がここに来たってことは、屠陽県はもう籠城してる必要が無くなったってことだな」
「ああ、あれは実戦訓練に丁度良かったよ。特に兵らの度胸が据わった」
敵が近くにいることが当たり前になった、それは緊張が続く中に日常を得るのと同義だ。つまりは死線を潜るのが特別なことではないとの意識が、心に根付く。覚悟を持ったのとほど近い。
「なるほど、丁度良いときたか。こちらは南西、北西の県を連合して監視網を構築した。麗県、冠軍県、順陽県、築陽県に駐屯地をおいて増援が出来るようにしてある。ここが最前線でもあり司令部だな」
地図を見ると、領域にそって北西部から南西部にかけてほぼ等距離の主たる城に兵力をおいていることになる。これらを一時増援に使い、ここの本軍で救援に向かう体制を作っているなら安心だ。
「ふむ、荀彧はどう思う」
早速だがこういうのはこいつにどんどん尋ねることにしよう、思想の確認だよ。
「宜しいのではないでしょうか。理にかなった配備、張遼殿の采配は確かなものかと」
「俺もそうだと感じる。後方は心配ないな、残る宛についての展望を話す。説明を」
こいつが話をしている間に俺が粗を探す、そして奴らの顔色を観察する、ようやくこれが出来るようになる。
「それでは僭越ながら私が。現在南陽の黄巾党は宛を中心に拠点を持っており、趙弘を筆頭に韓忠、孫夏らが信徒を率い狼藉を働いております。首都よりの主軍二万に、南陽太守の一万、そして荊州軍二万が宛を包囲すべく動きを始めました」
うむ、知らん名前が出てきたうえに、太守が一万も兵を集めたのも初耳だ。平気な顔をしているが、内心少し驚いているんだぞ。でも奴らはそこまで驚いていない、ということは籠城の弊害ってやつか。
「中原から逃げて来た黄巾賊を糾合して、南陽黄巾党も三万の兵力になっている。良い勝負だな」
ほう張遼、そんなことになっていたのか。浦島太郎がトップはいかんな。
「宛を包囲するためには、一戦して黄巾党を退かせるのが肝要。野戦場で決戦出来れば良いのですが、恐らくは出てこないでしょう」
「だろうな、まともに戦ったって勝てないのは解ってるんだ。こちらの数を減らす為にどうしてくるか……」
長引いたら何が起こるか、世が乱れて更なる反乱がおこる。そうなれば中央は兵を出す為に既存の部隊を動かす、だな。つまり宛は待てばいいってことだ。これを一体どうやって打ち破ったんだ?
答えは解っているのに方法が見えないのは俺の能力が低いからに他ならないぞ。
「包囲はしても直ぐに包囲を崩される、それが問題か。なら都度迎撃してやるまでだ。東部の河向かいは太守が、南部は朱儁軍が、西部と山岳部は荊州軍が陣取り出待ちをしてやるさ」
陣を敷く位置が幅広過ぎるのが問題なら、包囲を縮めるしかない。だがそうなれば奇襲を受けやすくなると言う命題を解決すればいいんだ。
「あまりに近いと不意の攻撃を受けてしまい包囲が崩されてしまいますが」
荀彧が懸念を言葉にしてくれるが、実は答えはあるだろ言った中に。
「それだよ」
「と、いいますと?」
「不意に攻撃を受けるのは敵が攻めてこないとの思いがあるからだ。一日中常に警戒し、いつ来られても不意打ちにならないようするんだ。四交代制度で臨戦態勢を解除せずに、真夜中も怠らない」
人間は長いこと緊張感を保つことが出来ない生き物だ、だから初めてのうちは神経が敏感になる、そこを利用するんだよ。
「詳細をお聞かせ願えるでしょうか」
文聘は口を閉ざして様子見、張遼は出来るかどうかの判断をしたい、典偉は言われたらやる、そして荀彧はどうしたら可能になるかを検討ってとこか。
「矢が届かない距離に土塁、木柵を築いて簡易防御陣地を構築する、それを四つに分けるんだ。最前線の区画は警鐘地として、敵が動いてきたら味方に報せる為だけの目的にし、常に新しい人材を半分ずつ入れ替え詰め込む。そうすれば初めてのことだけに緊張が保たれ続けるだろ? そこから四百歩後方に砦を築いて兵の寝泊まりの拠点にする、堀も作り防衛可能な物をな。それらを前線基地として、本隊を後方に配置。ひとまとめにしないことで、環境を違えることによる引き締め効果を利用するんだ」
「それは……初めて聞く運用ですが、どなたの構想でありましょうか?」
「消耗陣地という思想だ。誰の構想だったかは覚えていない」
フランスか、それともドイツか、まああちらさんのものだよ多分。アメリカなら最前線に火力を集めるし、日本なら第一陣で守ろうとする。
「世には知らぬ賢人が山と居ると知りました。文若はまだまだ未熟」
「どうかな。賢いというのは他者の経験を聞き、自らのことのように振舞える者の事を言う。誰かを仰ぎ見ることが出来るならば、それは成長の途中ということだ。頭打ちになった者よりも遥かに将来性があると俺は思う」
実際頑固になり他人の話を聞かないのは終了のお知らせだぞ。新しいのは次々と取り入れて、やって駄目なら次というのは一つの道筋だ。上手く行くとは誰も言ってないのがミソだね。
「木柵などは作り置けば設置するのみ、工事中に黄巾賊が出て来るならば野戦を行うだけ、夜間こそが会敵の時だと言われれば甘くも見ない。前線警戒の任は某にお命じくだされ」
「砦の構築と兵の循環、本陣との連絡などは私が」
「夜警には俺がつく!」
三者三様だが、それぞれが何を出来るかを考えての事だ。荀彧をチラっと見る。
「他軍との時期や仕切りの調整、南陽全体の情報網の維持、兵糧の管理、それに初夏の長雨が起こった際への対応などは私が提案致します」
おっとまだそんなにもあったか、気が付く男は流石だと思うよ。
「では俺は全ての責任を取る。それぞれがこうだと思う行動をするんだ、準備に取り掛かれ!」
いつものことながら、固定の仕事は受け持たんぞ。失敗しても面倒は見てやる、のびのびとやってくれよな。包囲ってのは穴があったら意味がない、徐刺史に泰太守の側の話を聞いておかなきゃな。河をどうするかと、朱儁はどんな動きをするか。
綺麗な包囲が出来上がるなんて思っちゃいないんだ、どこでどうやって崩れ去るか、その時俺は何が出来るかを想定しないとな。涅陽を奪われるのだけは絶対阻止だぞ、何なら一日中閉門させていても良い位だ。こういった細かい気遣いは応佐司馬ってところだな。
◇
包囲を続けて夏真っ盛りだ。最前線の様子は今日もさして変わらない、時間だけがただ流れて行った。そうなれば徐々に士気が下がっていく、そこはお互い様でもあるが。
陣幕の中で人事評価の類を閲覧しているが、これまた飛びぬけた奴がいることもなく、作業と化してしまって居た。こいつは危ないな、緊張感が削がれてきた。俺がこうなんだ、兵士ならばもっとだろうな。竹簡を置いて、ふぅ、と唸っていると荀彧がやって来る。
「熱心で御座いますね」
何重にもおかれている竹簡の山を見て、そんなことを漏らした。
「兵というのは見てくれていると思えば頑張るものだからな。これが俺の仕事だよ」
「仰る通りに御座います。少々小耳に挟んだものが」
視線を合わせて来るので、近くに来いと手招きしてやる。親衛隊のような側近はいない、どこで密偵が聞き耳立てているかもわからないんだよ。
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