第200話

 小競り合いを何度も繰り返し、一か月、二か月と籠城を続けている。俺の体感では裏切りでも無ければ陥落はしないくらいの仕上がりになっている。城内で訓練を見守っていると伝令がやって来た。


「申し上げます! 黄巾賊が引き揚げていきます!」


「なんだって?」


 直ぐに城壁の上にあがると、確かに外にいた敵が西へ大移動を始めていた。


「ようやく諦めてくれたか」


 兵力的な被害はそこまでない、良い経験になったと思うぐらいだ。しかし、何があったのやら。城門をあけさせると、百人の密偵を放って情勢を探らせる。丸々一日経った後に、第一報が戻って来た。


「禁軍を率いて朱儁右中郎将が南陽入りをしてきております!」


「ほう、あちらは鎮圧したか。その上で傷がついた朱儁とやらが、もうひと仕事するべきだと流れて来たんだな。黄巾賊が逃げて行った理由は判明した、いつまでも籠城している必要もなさそうだ。早馬を出し、新野の徐刺史と連絡をつけるぞ!」


 数少ない騎兵を半分これに投入した。単独で走らせては事故に遭う可能性があるが、十騎居れば手出しをしてくる奴も極端に少なくなる。


 翌日には軍を率いて新野へ合流しろとのお達しがあった。県令に事の次第を説明し、城を出る。五日かけて新野へ到着すると、随分と派手に軍旗が立ち並んでいた。『朱』『漢』『鎮賊』『南陽』『泰』『荊州』『徐』それに『潁川』なども見えるな。


 部隊を城外に留め置いて野営準備を命令し、少数で城へと入った。警備しているのは荊州兵、徐刺史は健在だ。城主の間に入る。


「荊州別部司馬島介、ただ今戻りました!」


「おお島別部よ、屠陽県の防衛をよくやってくれた! お陰で黄巾党は宛を残し南陽での勢力を弱めている」


「誇るようなことではありません」


 左右の列の筆頭は噂の朱儁と、泰太守か。見たことがないのが多数並んでいるな、まあお互い様か。


「貴官が荊州軍を指揮していた俊英か。私は朱儁、鎮賊中郎将を履き、勅令により国土の安寧を求めている」


「お初にお目にかかる。学が無い故無礼を行うかも知れませんのでご容赦の程を」


 昇進したのか? 見た感じ無能ではない、先の戦は経験不足での敗退だったのかも知れんな。


「構うものか、結果を出せばそれで良い。残るは宛のみ、島荊州別部ならばどうする?」


 君ならどうする、だな。大軍が居るならば無理攻めでもいいんだろうが、やはり包囲というので安定だろう。


「四方に柵を巡らせ、城を包囲して心を攻めます。河の封鎖に手間取るでしょうが、直接攻める苦労に比べれば大したことではないでしょう」


「ははは、全くだな」


 概ね同じ意見なんだろうか。これに関しては別に俺がとやかく言う必要はないんだ、適当にスルーすべきだな。あちらの列から何とも腕が立ちそうなのが一歩進み出る。三十歳くらいで心身ともにキレがある感じだ。


「某に命じて貰えば、城に乗り込み城門をあけてみせましょうぞ!」


 おお、言ったな! 俺はそういう奴が好きだ、根性あるじゃないか。


「孫堅よ、確かにそなたなら出来そうだ」


 孫堅だって! そうか、こいつがあの孫堅だったのか。なるほど、こいつは本物だぞ!


「貴官があの孫堅殿、名高い人物に会えたことを嬉しく思う!」


 短命だが勇猛果敢で、子供も大活躍する英雄だ。俺のようなにわかゲームファンでも知っているビッグネームだぞ。


「某をご存知でしたか、いや嬉しい限り。荊州軍の島殿のご活躍も耳にしております。南陽黄巾党の張曼成を討ち取られたとか」


「あれは小者です。しかし、孫堅殿といえば息子の孫策殿に孫権殿も大層有能と聞こえてきます」


「なんと、まだ生まれたばかりの権を知っているとは! いったい何故でしょう」


 やっちまったな俺! そりゃそうだよな、親父がこの若さなんだ、次男はまだ小さいよな。うーん、俺の感覚ではじじいだったからいけると思ったが、孫権はご長寿キャラだったか。閉口して唸っていると、孫堅の後ろから別の男が進み出て来た。若い……ん、あいつは。


「再会することを心待ちにしておりました。潁川の荀文若です」


 文官服に袖を通し、背筋を伸ばした清々しい雰囲気は、前にあった時よりも成長したのが一目でわかる。


「おお君か、元気そうで何よりだ。立派になったな」


 親戚の子供が大きくなったかのような感覚、とでも言えばいいだろうか。何と無くだが笑みがこぼれる。何故だろう、目の前にやって来て両膝をつく。


「私は何顆先生に会い、こう評されました『王佐の才である』と。その時の驚きは全身を駆け巡る電のごとし。島伯龍殿、あの時の約束を覚えておいでならば、どうか私をお連れ下さい」


 遅延効果だが本日二度目のやっちまった案件だな、曹操の時と同じでまだ王佐の才って評価を受けていなかったのか。だがアレだ、欲しくて仕方なかった知恵袋が自らやって来てくれたと受け止めよう! 何が起こっているのかと、皆が注目をしているな。


「実は考えが及ばずに困っていた、知恵を貸してくれるとありがたい」


 こちらも片膝をついて右手を差し出すと、荀彧がそれをとった。立ち上がると朱儁の方を向く。


「朱儁殿、突然の引き抜きで悪いですが、荀彧を貰います」


「客分として遇していたので、本人の意志を尊重しよう」


 少し驚いているな、俺もだよ。状況が読めていない孫堅へ荀彧が語り掛ける。


「島殿は許先生も認める人物評価の一人者、何顆先生に先んじて私を王佐の才と評してくれた事実も御座います。さすれば孫堅殿のご子息をご存知なのも、有能と評されるのも何ら不明は御座いません」


「なんとそうであったか! これはめでたい!」


 素直に喜んでくれるのはいいが、大勢の視線がくすぐったい。ちょっと口を滑らせただけで、こうまで持ち上げられるのは良くないな。泰太守や、荊州府の属吏たちの冷ややかな目が恐ろしい。


「ふむ、島別部がそのような人物であったとは知らなんだ。朱鎮賊中郎将と意見を同じくするならば、荊州も宛の包囲で方針を固めよう。以後も指揮を預けるぞ」


「承知しました、徐刺史」


 何というか都合が良いことがあったら、反対のことも同時進行だと思うべきだな。どこかでオチが待っているぞ、それがいつどこでなにになるかは知らんが、覚悟をしておいた方が良さそうだ。


 大雑把な包囲の方法、補給路の策定、治安維持の強化、それらを取り決めて解散する。荊州全体の話はまた別のところで議題にあがるだろうな。それにしてもようやく頼れる奴が傍に来たぞ。


「なあ荀彧、慌てることじゃないが先にこいつを渡しておく」


 腰にずっとぶら下げていた袋を差し出す。


「はてこれは?」


「その昔、見込んだ人物に渡してやれって預かっていたんだ。だから受け取ってくれ」


 袋の紐を解くと、中には銅印黒綬が入っている。さすらいのリクルーターの置き土産だよ。


「どういった経緯でこれを?」


「某大夫が人材発掘の旅に出ている時に、俺が託されたんだ」


「それでしたら、張遼殿や文聘殿にお渡しされては」


 二人と会ったことはないよな、でも知っているわけか。情報網を持っているってことだな。


「あいつらは全体をみることはない、今のところはな。だが荀彧は俺の傍で働くだけでなく、別個に行動をすることがあるだろ。その時、俺の命令権限を介するだけでなく、独自の権限がある方がやりやすいことが出てくるはずだ。だから、こいつは荀彧に渡しておく」


 という判断基準は呂軍師の言だぞ。きっと同じだろ、賢者は時に知らずに同じ道を歩むって誰かが言ってたぞ。


「私をそこまで信用してくださると?」


 信じられないだろ、いきなりで。逆の立場ならどうだってことだが、俺だって懐疑的になる。でもこちらが信じずに、俺のことを信じろなんて言えるはずがない。


「ああ。俺は自分を信じて仲間を信じると決めているんだ」


 ずっとずっとな。


「行いの難きことは人に在らず、自らに在り。何卒この荀文若をよしなに」


 なんだ、身体が熱くなった気がする。疲労でもたまったか、今夜は早めに寝るとするか。


 新野から涅陽へと居場所を移し、張遼、文聘、典偉を呼び寄せて荀彧に引き合わせる。良く考えたら全員魏の武将ってやつか、そりゃ曹操も勝ち組になるはずだ。


「皆さま方におかれましてはお初にお目に掛かります。私は潁川の荀文若、こたび島殿の傍仕えになりました。諸兄らにはどうぞお見知りおきを」


 随分と丁寧な挨拶だな、まあイメージではあるんだが。


「俺は張文遠、以後頼もう」


「私は文仲業です、よろしくお願いします」


「典温伯だ」


「なに? 典偉、お前そんな名前だったのか、初めて聞いたぞ」


 そうだよな、多分……初耳だ。張遼と文聘もきょとんとしている。


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