第199話

 それ自体は皆がそうだと受け止めたが、大前提のこの城を預かるの部分で疑問が残ったようだ。老年の文官が一人進み出る。


「屠陽県令の孔昂で御座います。徐刺史は島介殿を県令に据えたということでしょうか?」


 おっと説明が飛んでしまったのは良くないな、しっかりと名乗るべきだ。


「俺は荊州別部司馬光禄勲軍候で、この県の督のような役割だとでも思って欲しい。数か月の間で全て収まる、そういう見立てだ。だがこの地は激戦区になることが予測されている、ゆえに荊州軍の精鋭を率い俺が来た。生き残るために軍事を上位に据える、だが県令は孔殿で間違いない。しばしこの地を貸してもらうが、それは全て住民を守るためだと理解して欲しい」


「左様でございましたか。民を守るのが私の役目なれば、島別部司馬殿を支えさせて頂きます」


 喧嘩しても仕方ない、協力をしてもらえるならばそうすべきだろ。大体住民と反目して守れるはずがないんだよ。


「今夜の飯は軍が提供する、住民は収集作業にあたって欲しい。土地勘が無い者がうろついても良いことは無いからな」


「軍糧を分けてくださると?」


「明日からは自分達で調理するんだ、三日分を全住民に配布する」


 二千人の兵士を四か月養えるだけの兵糧は八千石前後だが、つらっと一万石を持ち込んでいる。大八車や馬車で曳いてきた来たが一度で持ち込もうとすると、人数の半数が輸送に全力だ。戦闘は太守がするってことで、千人が糧食、千人が武装その他を持ちこんだ。お陰で豊富というわけだ、銅銭だってあるぞ。


「おお、黄巾党に取り上げられてしまい困っておりましたが、これで何とか出来そうです」


「戦いは軍が行うが、飯炊きや深夜の城内見回り、それと荷物運びは住民を雇いたい。賃金は日払いする、募集を県令に任せても良いだろうか?」


「徴用ではなく、雇用していただけると?」


「無論だ。俺の目的はこの地を守り、民を守ること。その為には良好な関係を築くべきだと確信している」


 時と場所にもよるが、これが俺の基本方針であることに変わりはない。


「お任せ下さい、そういうことならば皆喜んで協力するでしょう」


 住民の代表らも安堵して話を聞いていた、揃って退室する際の表情は明るいな。さて、城内の防備を指示して回るとするか。


 腰を上げると典偉と西陵の護衛兵を十人引き連れてまずは城壁に登ることにした。五メートルを切るくらいか、随分と低くてこれだと足場を作れば、梯子でなくてもよじ登られるな。


「二十歩ごとに砂袋を置いて、登って来る敵に撒いてやれ、目が開けられずにこまるだろう」


 案を一つ出してやると、護衛兵を走らせて準備を行わせる。


「丸太を城壁に上げておくんだ、梯子をかけて来た奴の上から降らせろ。片手で持てるくらいの石と、両手で持つくらいの石もあげておけ。先がコの字型になっている長柄を用意して、登って来る奴を押し出すのに使え。あの先にある足が長い草を刈ってしまい、偵察を許すな。そっちの陰になっている場所には綺麗に砂を敷いておけ、誰かが来たら足跡が残るようにな」


 あっという間に護衛が減ってしまったので、十人追加して今度は城内を歩き回り事細かに指示を出していった。すると典偉が「親分は随分と細かいことに気が回る」と漏らした。


「典偉お前も覚えておけよ、いずれは自身でこういった指示をすることになるんだからな」


「俺が?」


「ああ。お前はいざ戦いになれば強い、だから生き残る。そうなれば部下を指揮する立場になる。だからだ」


「わかった!」


 真っすぐで憎めない奴だよ。さて、弩の巻き上げ手の募集は明日で良いとして、城外に堀の一つでも作る目安をきめにいくぞ。改善すべきは山のようにあった、万全にはならずとも補強が出来ればそれでいい。


 全てを直接指揮して五日、城外に黄巾賊の集団が現れたと報告が入る。警鐘が鳴らされると、城外に出ていた住民が急いで戻って来て城門が閉じられた。遅れたものは縄をぶら下げて引っ張り上げる。城壁の上を歩いて西の平野を眺める。


「ほう、五千は居るな」


 歩兵だけが居たところで城は落ちんよ。だが住民が不安になれば籠城は成立しない、これを解決するには守りが堅固だと知らしめる必要があるな。


「親分、俺が行って一暴れしてこようか?」


 ふむ、少数で出足を挫くのは良いかもな。荊州軍の精強さを見せつけるのはこちらに有利だ。


「そうだな、腕っぷしに自信がある奴ら二百をよりすぐって一戦してこい!」


「おう!」


 喜んで城壁横の階段を駆け下りていく。では俺は支援準備をするか。


「撤退合図用の鐘は俺が赤旗を振ったら鳴らせ。弩部隊は西の城壁に上がって待機、支援者も動員しておけ。西陵兵ら兵五百は城門の前に出て典偉の部隊が戻るまで観戦、撤収時には殿だ。さあ準備しろ!」


 時間があったから城外のあちこちに大きめの石が埋めてある。何かというと、弩の射程を現していた。射撃する側も水平射撃でどのあたりに落ちるかを、事前に試射させてあるから命中精度が楽しみだ。


 典偉隊が勇んで出撃していくと、その背を見守るように俺が城外で待機する。邪魔にならない南北の城壁のところに住民が上がるのを許してあるので、見物しているのが随分といる。


「俺は陳留は己吾の典偉だ、黄巾賊めくたばりやがれ!」


 荊州軍司馬にしてやったろ、ちゃんと名乗りを上げろ。まあいいが。真っ正面から荊州軍が突き刺さると、後続が左右に押し広げていく。半円の陣形になると今度はそのままの形で放射状に前進を始めた。


「何とも物凄い力だな」


 賊徒と精兵がぶつかり合うと、圧倒的な武力を発揮する。だがそのままでは左右の密度が薄くなり破綻をきたすぞ、どうする典偉。見ていると右半分が急にそのばから駆け出して左方面へ合流、斜めにグイグイと押し始めた。


「体力を持て余している子供のようだな!」


 さして意味のない争いだからこそ笑って見ていられるが、大一番でこうされたらたまったものではないぞ。そういいつつも黄巾賊の慌てぶりは本気だ。城壁の上の者達は、兵も民も大盛り上がりをしている。


「ま、これで充分だろ。赤旗を振れ!」


 側で赤い旗が振られると、鐘が鳴らされる。前線にも聞こえているので、バラバラにこちらへ駆けて戻って来る。言われた通りに戻って来るのは良いが、平原で騎馬が相手に居たら壊走と同義だな。


「親分、もう撤退ですか!」


 まだまだいけるぞと不満を露にするが「ああ、充分だ。見てみろ城壁の上を。お前達の活躍に大盛り上がりだぞ」そう言ってやると視線を上に向ける。手を振って喜んでいる奴らを見ると、恥ずかしそうに照れ笑いをする。


「へへへ、まあ今日のところはこのくらいにしてやるってことで!」


「それでいい。今夜の主役はお前達だ、宴会を楽しみにしておくんだな。ははははは」


 ほら戻れ、と肩を叩いてやる。追いかけて来る数百の黄巾賊を前にして馬を少し前に出す。


「止まれ! 屠陽は島介の守護する城だ、心して掛かってこいとお前らの首領に伝えろ!」


 大声を出されて足を止めた賊が、仲間と相談をして引き下がって行く。来るなら来ても良かったんだが、自分だけが死に目に会うこともないって話だよな。整然と城内に入り、門を閉じる。住民らの安心した顔が印象的だね。

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