第198話

 維持訓練を行い一か月ほど、ここで大きな変化が現れた。黄巾賊にではなくこちらにとってのことだ。新野に徐刺史が移動してきて、南陽戦線の総指揮を執るというのだ。こいつは良手だ、これならば泰太守との連合も指揮権一本で行えるぞ!


 府は別駕に任せてきて、新野にあるのは荊州軍本営という形だ。とはいえ刺史がいる以上は太守だろうが、荊州軍だろうが軋轢も無い。三人を引き連れて俺も新野の城主の間に顔を出したら、泰太守が反対サイドに立っている、気にしないよ。


「島別部司馬、参上しました」


「おお、待っておったぞ。よくぞ南陽黄巾党の首領を倒してくれた、礼を言わせて貰う」


「若い者らの尽力と、兵らの奮戦によるものです。その言葉は是非そいつらへ」


 目を細めて笑うと徐刺史は「相変わらずよの。遅れはしたが私も荊州の平定をせんがために南陽へとやって来た。泰太守よ」視線を向うの先頭に立っている対太守へと向ける。見たことがない軍人も居るな、印綬は黒か、荊州司馬か南陽司馬あたりか?


「徐刺史の来訪により軍民共に意気が上がっております。潁川、冀州の黄巾賊は勢いを増しておりますが、南陽のそれは消沈しております。今こそ決戦のときかと」


 やっぱりあちらの官軍は芳しくないんだな、何せ朱儁だとか皇甫嵩、盧植ってのは序盤のやられ役的な描かれ方だったような? 生憎詳しい知識はない。


「黄巾党の数は膨れ上がり、今や百万を超えたと言われている。ひるがえって荊州ではそこまでではない。これもひとえに泰太守と島別部司馬の働きの結果」


 ちらりとこちらにも視線を送って来る、同時に敵意がこもった雰囲気を出している幕僚もいるんだよ。皆が仲良しの方がおかしいのは理解しているさ。


「して島別部司馬はどう見ておるかね」


 俺個人の意見としては攻め滅ぼすべきだが、司令官は選択肢を提示しろと言っている可能性があるからな。ならば太守とは反対、攻めないのも出してやらんと困るだろう。様子見になっても、攻めることになっても俺は構わんぞ。


「中原と荊州北部の南陽郡は隣接地、あちらの黄巾賊が勢力を増しているならば、宛に拠る敵を無理に攻めかかるのだけが適切とは考えません。その心を挫いて後に仕掛けるのが最も安定するでしょう」


 曖昧な物言いだな、まるで他人の言葉だ。内心では苦笑しつつ周りの奴らの反応を見ておくとするか。


「ここ南陽からその流れを作り、禁軍への助力とすべきです。徐刺史、何卒攻撃をお命じください」


 なんだ泰太守、妙に押すな。時が経つと不利になる何かがあるのか、それとも早くにそうする意味があるのか。手探りでは判断がつかんぞ。


「ふむ。太守はこう言っておるが、別部司馬は控えよという。他の者はどうか」


 こういうやりとりをするのがもしかして漢のスタンダードなのか? 俺の知恵袋よ、はやく現れてくれ。どちらかを推す意見がまさに半々、刺史も苦労するなこれは。笑ってはいられん、少し傾けておくか。一歩前に出て意見具申をする。


「黄巾賊を攻めるのと――宛城を攻めるは別の話。城攻めをするのでなければ、黄巾賊の攻撃大いに結構かと」


 急に意見を翻したような感じになっているが、野戦で良いなら俺はやるぞ。問題はどうやって城から主力を引っ張り出すかなんだよ。


「然り、それは確かだ。泰太守よ、いかにして賊を攻撃する考えか」


 こちらを見てから刺史を見る、太守は城を攻めようとしていたのかも知れんぞこいつは。だがこの流れで、いえ城攻めですとは言えん。そう思っていても言葉にはしないのが流れだ、口だけか実力もあるのか、これである程度はっきりとしそうだな。


「直接は攻めませぬ。宛城を取り囲み、糧道を断って干上がらせます」


 ふむ、北東部だけ切断すれば概ね望みはかなうな。ただ挟撃される恐れはある、今となったら連絡線を保つだけの兵力を手に入れたから出来なくはない。最善が不明な以上戦う姿勢を示すだけでもそれはアリかもな。


「別部司馬よどうだ」


「屠陽県と北東の出入り口の葉県、この確保がなされるならば盤石でしょうが、葉県は中原の黄巾賊が支配しています。屠陽だけ突出しては逆に包囲、挟撃の恐れがあります。ですが――それさえ計算に入れておけるならば、私も賛成します」


「うーむ、そうか。誰か屠陽を奪い返し死守する気概のあるものはないか」


 徐刺史は皆に呼びかける、何せ厳しい戦いになるのは目に見えていた。半ば勝ち戦になりかけているこの荊州の状況で、唯一生死をかけた博打に乗り出すかと言われたら、多くが下を向いてしまう。


「張遼、文聘、南西、北西の治安維持はお前達だけでやれるか」


「やってみせる!」


「お任せを」


 振り返らずに後ろの者に尋ねると、望んでいた答えが返って来た。ならば良い。


「徐刺史、私が行いましょう」


「島別部司馬よ、やってくれるか!」


 喜色を浮かべて身を少し乗り出す、誰も居ないならってことで名乗りを上げるんだ、文句は無いよな。


「選抜した兵を二千、満足な武装に糧食があればこれを守り抜いてご覧にいれます。任地の事後は張遼、文聘の二名に引き続きお命じ下さい。こいつらならば必ず良い結果を残します」


「わかった、この徐謬が認める誰にも異見はさせぬ。もし異存あらばこの場で申せ」


 全員を見渡すが反対には対案が必要な雰囲気では誰も進み出ない。とはいえどうせどこかで約束は破られる、長く持たんのは承知だよ。宛はどの程度籠もっていられるかというと、士気の面で二か月が限界じゃないかって思えるよ。


 どこまでのびのびになっても、確かこのイベントは冬までに終わってるはずだからな。秋の収穫時にまでに農兵を返さないといけないんだ、夏には嫌でも終わらせることになる。となると今から二か月、頑張っても四か月で全てが終結だ。残党が山に逃げ込むくらいはあるが。


「よし、島別部司馬よ、準備が整い次第屠陽へ向かうのだ。泰太守よ、屠陽の賊を追い出し事後を任せるよう」


「御意」


 今いる奴らを追い払う位の仕事はお前がやれってことか、まあ無理ですとも嫌ですとも言えないよな。弩は全部持って行っても大丈夫か、というかあいつらが強引にでも持たせてくるだろうがね。二千人の中に西陵兵を混ぜ、二万人の荊州兵から腕が立つ、精神的に成熟度が高い奴を選び出すのを二人に任せる。


 一方で典偉は同道させる、応佐司馬は二人の補佐をさせる為に置いていくぞ。城の一つくらい俺だけでも充分だが、もし造りがいまいちならば典偉が居た方が良い。後からこいとは言えんからな。


 五日で準備が整い棘陽へと向かうことにしたが、やはり何度も思う、前なら翌日には出撃していたなと。ちなみに城は結構簡単に陥落した、被害がないわけではないぞ。


 荷馬車を引き連れて入城する、城門も城壁もかなり荒れてしまっている、だからこそ陥落が早かった。泰太守はこれといった言葉も無しで去って行ってしまう。完全に嫌われているな、何なら俺にここで死んでくれとすら思っていそうだ。早晩黄巾賊が取って返してきて、ここを攻撃するだろうから準備を急ぐぞ!


「典偉、まずはここの県の責任者と、住民の代表らを城に集めてくれ」


「わかった親分!」


 恐らくは集めてどうするつもりかは解ってないんだろうな。護衛部隊長と護衛武兵の違いはあるが、典偉は前者になることが出来るだろうか。今更ながら階級と権限が比例しない事例がある理由がひしひしと感じられるね。本来の主の居場所だと知りつつも、城主の座に腰を下ろして考えをまとめることにした。


 責任者らを集めて最初の一言、良くも悪くもこれに要約してしまった。


「俺は島介、徐刺史に命を受けこの城を一時的に預かることになった。程なくして黄巾賊がまた来襲するだろうから、至急籠城の準備を行う。住民は城外へ出て、薪、食糧、石、水、使えそうなものは何でも良いので城内にかき集めて来るんだ。当座の食糧は持参しているが、食い物は多いに越したことがないからな」

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