第190話 軍侯守県令

「典偉、お前は今回の戦いで使えそうな兵に片っ端から声をかけて引け。部隊には核となる者が必要だ」


「わかった!」


 こいつはこれでいいさ。さて、久しぶりのお仕事だな、給料分くらいは働かないとバチがあたる。


 西陵に戻ってきたは良いが、徐刺史からの使者が発した言葉が受け入れられない奴らが居た。目の前の三人だ。


「なにゆえ島殿があのような仕打ちを受けねばならんのだ!」


「徐刺史はいかにお考えだとうか」


 張遼と文聘は腹を立てて徐刺史を悪し様に言う、典偉は酒を飲んで酔っ払っていた。何があったのかというと、武猛従事の職を解かれて、州軍を全て引き揚げられた。理由は、命令も無く勝手に軍を動かした罪だ。新南の賊を撃退した功績で罪は問わぬが、職は解くものとするって感じだったな。


 兵符は預かっていたんだから、運用の自由はあったはずだ。だが側近の諷礼とやらが俺のことを弾劾したらしい。何者かは全く知らんが。


「そも、討伐の令は受け取ったのだから問題になるほうがおかしいではありませんか」


「戦う前には長距離行軍演習をしていただけ、確かに道理に適っている」


 語気も荒く不満を繰り返す。十代で自制も効かない頃だ、言いたければ押さえつけるよりもそうさせたほうが良いかもな。それからも小一時間は不満を吐き出し続け、ついに「島殿はどうなのですか!」と張遼に迫られる。


「そうだな、もし俺が刺史なら、部下の働きを褒めてやるさ」


 何せ自分で判断して上手い事やったんだ、それにこしたことはない。失敗したとしても次は上手くやれと放免だが。


「なれば! 職を解き、兵を取り上げたことを何とも思わないのですか!」


 意外だな、張遼の奴は実は結構突っ掛かるタイプだったのか。一緒に居たわけではないから知らなかったが、ソリが合わない武将とも何とか付き合っていたって感じで評価を聞いたことがあったのにな。成長したらってことか。


「それでも県の統治の仕事はそのままだ、別にいいじゃないか。やるべきことは幾らでもある、違うか?」


 少しだけ年齢が上の設定だが、その実かなりの人生経験差があるんだよ。怒るなとは言わん、すきなだけ騒いでいい、だがすべきことを見失ってはくれるなよ。


「親分は妙に歳より臭いことをいう時がある。だってのに俺よりも殴り合いが強いし、文聘よりも住民に懐かれてるし、張遼よりも兵の扱いが上手い。俺達は十年後に今の親分みたいになれてるのか?」


 典偉の漏らした言葉に、二人が肩を落としてしまう。俺は知ってるよ、多分なれてるぞ? むしろ俺を越えているはずだ。


「なるようになるさ。それよりだ、諷礼というのがどんな奴かは知らんか?」


 肩をすくめて終わったことを嘆くのを止めにさせる。こちらとしても武猛従事なんて職位よりも、諷礼の方が気になるんだよ。


「それですが荊州東曹掾諷礼は、南郡の出で徐刺史が着任した時からの配下のようです」


「ん、東曹っていうと……」


 なんだったっけか、事務方の呼び方だった気がするが。全部軍師、主簿に投げていたからさっぱりだ。


「州の人事関係の文官です。事務もそうですが、任免の助言を行う役目」


「なら仕事の一環で出る杭を打っただけかも知れんな。人となりを調べるだけはさせるとするか。だが一件はこれでしまいだ、今日はいいが明日からはまた普通に働くんだ」


 三人をそれぞれ見てやり、へそを曲げるのも終わりにするようにと釘をさす。


「気に入りはしないが、当の島殿がその様子なのにいつまでも騒いでいるのもいけませんか」


 諦めた張遼が大きくため息をつく。そうだよ、こんなものはいざ戦になればどうとでもなる。今は実務の経験を積むことで成長してくれ。


「そういえば発注していた武具はどうなった」


 ふと思い出す。出兵には間に合わなかったが、その間にある程度は揃ったんじゃないか。


「武装百ですが倉に納めることが出来ます。支払いは秋の税収を待ってからになりますが、早めますか?」


 後払いは官公庁の常だ、それでも構わんらしいが出来れば支払いと同時にしたい。いつ転任させられてしまうかわからないからな、後任が知らんと言ったらそれまでではむご過ぎる。何せ官が一方的な力を持っているんだよ、この国と時代では。


「いや秋口で構わん。一大事あれば直ぐに取りに行くことになるだろうが、それにしたって半日あれば足りる。最初の約束通りにするんだ」


「畏まりました」


 県の軍兵なぞ三百、五百の世界だ。それも殆どがその時限りの農兵。お互い様だから機敏な戦いなど起こり様がないんだ、何をするにしても先に情報が入って来る。それが無いのが唯一、内側からの攻撃だな。


「それにしても、秋の祭りなど催してもよいのですか? 貴重な食糧を多く消費してしまいますが」


 それな。張遼の言いたいことは解るぞ、食える分しか生き残れない民に、無制限に与えるのは破綻をきたすってことだろ。


「人が働くには活力が必要だ、俺はそう思うんだよ。民が稼いだものを民に還元してなにはばかることがある」


 米なんて民の口には入らないで、雑穀や木の皮を食べて生き延びているようだが、そんなのは普通じゃない。労働者には相応の食い扶持があって、初めて諸々気が回るようになる。


 秋祭りが開催される当日だ、西陵の住民にしてはやけに多い人数が集まって来た。周辺の奴らも食事にありつけると聞いてこぞってやってきたんだろうな。


「守県令、流民の類を追い出しますか?」


 巡回警備責任者が、余計な奴らがいると報告を上げて来る。


「いいさ、放っておけ。ただし、治安を乱すような真似をしたら拘束しろ」


「御意!」


 祭りを楽しむ分には構わんよ、何ならそのまま居ついてくれたってな。土地は幾らでもあるんだ、人口が増えたらそのまま領域の拡大に直結する。昨年種もみだけでなく、色々と試してみるようにと余計に手元に残させた、その収穫が上乗せである。


 石高が上がっていても、俺が着任した時の数字で納税するから差があるんだよ。それを還元していつもの納税額にする、結果来年は更に収獲が多くなるはずだ。設備投資に回せば苦労は減って暮らしが潤うだろう。


「親分、あっちに」


「ん、どうした」


 典偉が指さす方向に、見慣れない一団が居た。そいつらはこちらに真っすぐ近づいてくる。州の官吏だな。騎馬したまま近くに来た、十人程のうち、銅印黒綬をつけているものがこちらを見ている。


「私は荊州西曹縁の習範、この騒ぎはなんだろうか」


 領内の巡回か、東が人事で西は兵事だったよな。いや、人事と政治以外と括るべきか。


「西陵の秋祭りだ、一年の労働を称賛する場だよ。参加していかないか」


 出来るだけ軽い空気になるようにしてはみたものの、どうにも敵意ばかりが感じられる。目が何かを語ってるんだよな。


「それが島守県令の、私へのする対応ということで良いのか?」


 俺の方が官職では上役になっているはずだが、どれだけ悪くても同格だぞ、どういうことだ? 文聘が近寄って来て耳打ちする。


「賄賂を求めているんですよあれは」

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