第188話 軍侯州武猛従事西陵守県令

 兵が手に木剣やら棍やらを持って固まる。大勢いるからか囲うつもりはないらしいな。


「よし、では始めるぞ!」


 こちらから突っ込んでやる。鉄棍は何せ長くて重い質量兵器だ。その端を握ってまずは真横からブンと振り回してやる、すると三人が重ねて吹っ飛ばされて転がっていく。


「おお!」


 後ろの兵士が歓声をあげた、これは力を示すと同時に娯楽の一種なんだよ。転がって行った奴を見て恐れおののいた兵が二人逃げた。残りは十四人か。


「くらえ!」


 三人が正面から踏み込んで来る、一人の胴を衝いてやり左手側に身をかわすと、兵らが肩をぶつけてしまう。時計回りで勢いをつけてその二人を鉄棍で横から殴ると泡を吹いてその場に伸びた。


「つ、強ぇ!」


「驚いてる場合か、他所はもう終わったらしいぞ」


 左右を見ると張遼も典偉もあっという間に全員KOした。逃げた奴もいるか。


「そうかこの武器が悪いのか、ほれ」


 捨ててしまい素手になると、意を決して攻めかかる兵が二人。木剣を振るう腕を掴んで放り投げ、もう一人の腹下に潜り込んで担ぎ上げてからポイっと投げ捨てる。


「まだやるか!」


 左右と顔を合わせた兵たちは武器を捨てて膝をつく。うむ、これで訓練もしやすくなるな。演壇に戻ると声を張る。


「進み出た二人の指揮官を千長とし、残りを伯長に据える。張遼と典偉は俺の副将だ文句がある奴はここに来い!」


 じっと全員を睨んでやるが、誰一人文句を言いに来る奴は居なかった。うん、結構だ。


「以後の訓練を副将に一任する。兵士諸君は州の為に精進しろ、以上だ!」


 演壇を降りて張遼の隣で「というわけだ、後は頼むぞ」と肩を叩いてやる。


「あなたという人は、ほんとそれで戦闘が得意でないなどと」


 呆れた顔になって小さくため息をつかれてしまう。


「それは本当だぞ。俺が得意なのは戦争だ、そういうことが起きないのが一番なんだが、世の中上手くはいかんだろうな」


 首を左右に振って、ああ残念だと嘯きながら城に帰ることにした。文聘が上手くやればいいが、そうでない時の為に州府へ連絡を入れておかなきゃな。刺史から直接命令が行けば、渋る奴も殆どいないだろう。それで無いものを出せとは言えんから、全ヵ所から来るとは思わない方が良い。


◇ 

 西陵から陸安を経由して、新南へ到達するにはかなりの時間を要する。良くて七日、悪くて十日はかかる、それもこれも軍の練度が低いのと道が整備されているかどうかが大きい。


 荊州内だからまだマシとは言っても、やはり道が貧弱で足が鈍る。補給部隊にも護衛を割かねばならないし、先行して偵察をする必要もある。でだ、偵察部隊は張遼に任せることにした。二百を先行させる、更に伝令として騎馬で集落などに飲料水だけでも準備するようにさせた。この頃ようやく徐刺史から新南への援軍を行うように命令が届く。


 本陣は俺が率いて、補給部隊の護衛は典偉に任せている。つまりは文聘だけが傍に残っている状態だった。千五百の州兵位なら一人で充分指揮出来るから心配はしていないぞ。驚かれたのは補給部隊に五百も割いたことだが、これを失ったら困るではすまんからね。新南南東半日の距離に到達したときに、張遼が少数と戻って来る。


「報告します。新南を包囲している賊は総勢五千、『張』の旗と『甲子』を掲げていました」


「今後何度もその甲子ってのを見かけることになるだろうな」


 正直説明されても意味はすっかり頭に残ってないぞ、何かのスローガンだったって位しか。


「装備は雑多、統率は取れていませんが、数が多いです。周辺の民家に押し入っては略奪を行っているようです」


「城はまだ落ちそうにないわけか。では今日はここで休んで、明日朝仕掛けることにするか」


「すぐに駆けつけないのですか?」


 それでも構わないが、心に衝撃を与える必要があるからな。一番有効なのは安心している時に突然、というものだ。


「疲れた兵の背を押しても、決して良い結果をもたらすことはない。今夜は多めにメシを振る舞い、携行用の炊事も済ませた後に進む。設営は千人長らに任せて様子を見に行く、張遼案内しろ」


「御意!」


 文聘を引き連れて三人で新南城の見える小高い丘へ進んだ。西側に山の裾野があり、北にもなだらかではあるが傾斜がついた場所、南と東は平地で空堀になっている。城壁の高さは五メートルあるかないか、低い部類だぞ。それでも多数に押されても落ちないのは、単純に黄巾賊の攻め方が素人だからだ。


 包囲をしているのもただ囲んでいるだけ、圧迫はあるがそれでどうこうするつもりはなさそうだ。張なんとやらはどこにいるんだ?


「敵の主将はどこだ」


「恐らくはあの大幕でしょう」


 集団の真ん中、安全地帯で城からの攻撃も届かない後方に位置している。こいつらは城を落としたら荒すだけ荒して逃げていくんだろうなきっと。


「ああいった手合いは、攻められるとあっさりと崩れるものだ。何故なら、奪うことは良くても守ることは意識のそとだからだ。自身が何を背負って戦っているか、そこに決定的な差がある。戻るぞ」


 地形を頭に入れて陣地へと戻る。簡単な囲いを作り、天幕を揃えた場所では夕餉の支度が行われている。狩猟によりイノシシを仕留めた奴が複数いるらしく、今夜は肉入りの大鍋から汁物が飛ぶように売れていく。


 食う位は好きにさせたいが、この時代食糧難が激しいんだ。産児制限でもすれば良いんだろうが、宗教的にも時代的にもそういうものはない。


 補給部隊を連れて典偉が追いついてくる、明日はこの陣に物資を残して出撃だ。心配なのは兵の質だけ、こればかりは一度戦わせてみないとわからん。最悪、敗北してもこの三人だけは失わないようにしないとな。殺したって死ななそうだが。


 月明かりがあるだけの未明に起こされる。早めに寝て、早めに起きて、身体と頭を覚醒させる。水を飲んで内臓も起こしてやり、少しだけ強めの塩の握り飯を一つだけ食べておく。


「島武猛従事、準備整いました!」


 千人長が報告を上げて来る。この陣地は兵五百で防衛させる、この前力比べで辞退した奴を一人残して指揮官にして、伯長五人とで保全を命じた。籠もっていればいきなり窮地にはならない、一大事あらば狼煙を上げれば援軍に来るとだけし、もし保全が無理になれば火をかけて西陵へ逃げ戻るようにさせる。決め事は少ない方が間違えない。


 空が少しだけ明るくなってきたので足元が見えるようになり行軍速度が上がる。まだ眠りについているだろう黄巾賊の陣地が視界に入る場所までやって来た。


「聞け! 我等は荊州の治安を預かる存在だ。民に手をかけ、その生命財産を奪う輩を俺は許しはしない。黄巾賊の捕虜は不要だ、首魁以外は全て切り捨てろ。総員、続け!」


「うおぉぉ!」


 鬨の声をあげて二千の州軍が一直線あの大幕へ向けて進んでいく。声を聞いて目を覚ました奴が「敵だ! 敵が攻めて来たぞ!」大声を上げて警告する。それで起き上がって来る奴らが居ても、頭がはっきりとしないうちに「逃げろ!」保身を図る者が多かった。


「火を放て! 軍旗を掲げろ! 単独で行動するな、秩序をもって行動せよ!」


 あらん限りの大声で方針を命令する。現場で争い始めたら視野が狭くなる、何度でも声を出してやらんとな。新兵を使って戦う、そういうつもりでやっているぞ。実際は少しくらい経験があるんだろうが、そんなのにすがっても仕方ないからな。


「張文遠これにあり! 賊共かかってこい!」


 騎馬して縦横無尽に駆け回っている張遼はさながら鬼神のようだった。典偉も護衛として控えているが、戦いたいのかそわそわしているのが分かる。この位で失策などせんよ。


「典偉、敵将をここへ引きずってこい!」


「わかった、任せろ!」


 五十人の手下を連れて真っすぐ大幕へと駆けて行った。さて、文聘の姿を見ると広く戦場全体を確かめ、こちらに不利はないかを監視していた。


「どうだ文聘」


「……一部で統率を回復する場所があります」


 指さす先には二カ所、確かに賊が集まって動き始めている点があった。


「半数を率いて文聘が左、俺が右の集合拠点を潰す。出来るな」


「無論、お引き受けいたします!」


「よし。部隊は俺に続け!」


 控えていた千人長を指名して、五百を連れて敵の指揮官が居そうな場所へと突撃を仕掛けた。多少の抵抗を受けても、こちらの勢いを弾き返すことまでは出来なかったようだ。


「くそ、野郎どもあいつが大将に違いない、やっちまえ!」


 顔も知らない相手ではあるが、まあこちらを見抜いたのは褒めてやろう。賊が群がってこようとするが、州軍がそれを防いでくれている。


「雑魚が吠えるなよ! 島介が相手だ、いざ勝負!」


 馬上槍を振り回して賊を掻き分けていくと、大斧を持った体格が良い賊の胸を一撃で貫く。馬上から肩を蹴って槍を引き抜くと賊を睨み付ける。


「黄巾賊を全て打ち倒せ!」

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