第185話

 正解は無駄に攻め込まないだ。その場を明け渡すなら占拠するし、守るならば多勢を活かして周りを駆逐する。こいつは勝負あったな。


「山賊の負けだが、友人を迎えに行かねばならんからここを出るぞ」


 返事を聞かずに騎馬したまま平地に出ると、無遠慮に官軍の中軍の左手を抜けて行こうとする。もちろん見つかるが、敵対しているわけでもないので気にしない。だが戦場では敵と味方、どちらかわからない奴ほど扱いが難しい。


 騎馬将校が一人、歩兵が十人というグループが近づいてきて「貴様等は何をしている!」という誰何を受けた。当然だな。


「山の中腹に友人が居るので、それを連れ返しにきただけだ! 別に陸安軍と争うつもりはないぞ!」


 そう言われて、はいそうですかと引き返すような奴なら軍人をしていないだろうな。


「怪しい奴め、ひっ捕らえろ!」


 それには同意だ。歩兵が槍を手にして駆け寄って来る。


「近づいてもろくなことにならんぞ? 邪魔をするなら相手になる」


 槍を片手で持って文聘を置いて進み出る。近づいてくる歩兵を横薙ぎにして、穂先で切らないようにして殴打した。肩を叩いたり、石突きのほうで腹を衝いたりして殺さないように手加減をして。


「む、無理だ! 退け!」


 将校の一声で歩兵が一目散に逃げ出していく。


「さ、山に登るぞ」


 争いを一切無視して駒を進めるが、途中で山賊が一人二人と後ろをついてくる。強そうなのにくっついていけってことか?


「兄貴、あっちから敵がきやす!」


 俺はお前のような弟をもった覚えはない。やれやれ。仕方ないので五人ほどの集団に真っすぐ進んでいき、先ほどと同じように適当にあしらうと裾野の方へ逃げて行った。あっちの上に二人とも居るな。


 岩肌に近づこうとすると、後ろの方で騒ぎが聞こえた。


「賊の首魁を討ち取ったぞ!」


 官兵の声が響き渡る、それが嘘か誠か知らないが、山賊が浮足立った。ここで崩れられると合流後が面倒だぞ、仕方ない。槍を高く掲げて大きく息を吸いこむ。


「我はここに居るぞ!」


 腹の底から大声を出した。山に響くような声が注目を集めると、岩肌の二人もこちらに気づき、そこから降りてこちらに向かってくる。同時に山賊も「兄貴を守れ!」などと言って固まって外を向いた。


「島殿、戻っていたか!」


「ついさっきな、二人を見掛けたから来たんだが、変なことになった」


 遠巻きにして陸安軍が逃すまいと包囲を作り始めた。典偉の奴がすぐ傍に来る。


「親分、どうします!」


 俺に地の利はないんだよな、それに別に官軍を倒す必要もないし、何なら山賊をどうこうすることもない。


「どこか食糧を溜めてある場所はないのか?」


 一晩経って考えてみよう、そんな簡単なノリだった。なのに、だ。


「向こうの山頂の裏側に、貯蔵してる場所がありやすぜ親分!」


 山賊の一人がそう教えてくれる。というか親分でもないんだが。


「そうか、案内しろ。張遼、俺と先陣を切っていくぞ。典偉と文聘もついて来い」


 逃げるが勝ちだ、山の奥までは追撃してこないだろ。小走りの賊の行く方に馬を走らせると、待ち伏せしている官軍を見つけるやいなや、張遼と二人であっさりと突破すること三度、もう包囲は無かった。


 三十人位が一緒に居て、一旦山林が深い場所を下り、また登ったあたりで洞窟のようなところが見つかる。


「親分、こちらです!」


 入ってみると樽に酒や米が半分位あり、百人の三食分程度が隠されていた。洞窟の外に出て「まずは飯でも食って休もう」落ち葉や枝を拾ってきた片手しかない山賊が、器用に準備を進める。戦うことが出来ないから、こういった雑用係なんだろうな。


 腹を満たしたあたりでこちらを見ている山賊たちに言っておかなければならないことがある。


「俺はお前達の親分じゃないぞ?」


「え、違うんですか親分!」


 典偉が突然大声で驚く。いま、凄くタイミング悪かったな……なんというか、こんがらがる。


「いや、お前はそういう約束だからそれでも構わんが」


「なら俺達も子分にしてくだせぇ!」


 一緒に居る奴らがみな、揃いも揃って頭を下げて懇願する。それをみて張遼が大笑いした。


「ははははは! 良いではないか島殿、まとめて面倒を見てやれば」


「お前な、俺は山賊になるためにここに居るわけじゃないぞ」


「ではどうしてここに?」


 うーん、山賊を討伐するためだったような気がしてる。俺が山賊になったらそれはどうなるんだ? それともこいつらを全員殺してまわるのか?


「さあな。俺はひと眠りする、勝手にしろ」


 洞窟の壁を背にして目を閉じる、典偉も傍で一緒に転がった。


「まだ太陽が高いので、少し近くを見て回って来ても良いですか?」


「俺は勝手にしろと言ったぞ」


 文聘には一緒に来いといった手前は養う義務があるな。他は本当に知らんぞ。


「私は張遼だ、一緒に行こう」


「文聘です、宜しくお願いします」


 二人で山肌を見て回ることになると、山賊の案内役が「兄貴、俺が案内します!」と張遼の後ろをついていった。長いものに巻かれるのは当たり前とは言っても、変わり身が早すぎやしないかね。まあいいさ、寝よう寝よう。


その名乗りは


 目を覚まして伸びをする。朝日が眩しいね。あくびをかみ殺してあたりを見ると、百人以上の山賊がそこらで転がって寝て居る。増えてる……な。


「張遼は随分と早起きだな」


「日の出とともに目覚める生活をしているからな。で、これからどうするんだ」


「こっちが聞きたい。山賊退治するつもりが、山賊に親分呼ばわりされて困惑してるよ」


 お前も兄貴っていわれてただろ。明らかに歳上からそうよばれてみろ、違和感しかないぞ。


「丁度いいからそのまま親分になればいいだろ」


 半笑いで勧めて来る内容かそれが。


「……俺が居ない間、こいつらはどうだった?」


「実際のところ、賊というよりははみ出し者の集まりの域を出なかった。潘耀の言うように、もし統治が真っ当なら農民としてちゃんと暮らしていけるんじゃないかって思う」


 すると更生の余地ありか、なら話は違って来るな。


「なんとかいう県令が悪さを働かなければ、上手い事いくわけか」


「黄県令が転任するなり、政策転換するならばきっと」


 両方共見込みはない、そういう時代だ。何も陸安で暮らす必要もないんだ、ちょっと東なり北に行けば城域が変わるからな。


「意思確認をしてからにしておこう」


 朝飯を食ってから、近くにいる奴らを全員集めるように命令する。すると驚きだ、四百人ほどが集まって来た。昨日の戦いで死んだのはそんなにいなかったのか?


「俺からお前達に一つ尋ねておくことがある。別に答えがどうだからと何かが変わるわけじゃないから、よく考えて返答しろ!」


 とかいいつつ大いに結果が変わるぞ、でもそう言われた方が気が楽だろ。


「黄県令が居なくなったら、お前達は陸安で大人しく農民として真面目に暮らすつもりはあるか」


 ざわざわとしてそれぞれが隣と私語を交わす。そのうちぽつりぽつりと「税金さえ下がれば俺は農民として生きていきたい」などと声が上がって来る。やはり全て過酷な税金取り立てが原因のようだ。


 生きていくために働いているのに、働くためだけに生かされていれば嫌気もさすよな。まずは与えないと、なにももたらさんぞ。


「わかった。これから陸安に向かうぞ。典偉、お前は話がしたいから島介が行くと、黄県令に伝えて来い」


「承知した!」


 すっと立ち上がると一人で山を下って行った。走ることにかけては脱帽ものの体力だからな。


「さあ、お前達も移動の準備だ。洞窟に在るものは全部持って行けよ、一人で動けない奴が居たら肩を貸してやるんだ」


 ほれ動け動けとせかすと、怪訝な顔をしつつも従った。


「島殿、果たしてその黄県令とやらはあってくれるのでしょうか?」


 文聘がそれは疑問だと難しい顔をする。だが張遼が「典偉が行くなら話位は聞いてくれるだろう」とあっさりという。問題はその先なんだよな。


「そんなことは行けばわかるさ」



 陸安城のすぐ目の前、山賊を撃滅したと凱旋して帰還したはずの軍が再度召集されて城の前に並んでいる。一方でこちらは徒歩で防具も付けていない、農賊の集団だ。


 顎髭を生やした四十歳手前位の文官服を着た男と、甲冑に身を包んでいる武官が二人でこちらを待っている。


「あれが黄県令と李蒜陸安校尉です親分」


 声をあげて教えてくれる山賊が居た。典偉の奴はあっちで待ってるな。


「張遼、文聘、ついて来い」


 騎馬したまま二人を指名して進み出る。山賊の頭目だと思って見られてるんだよな、否定は出来んが。


「俺は島介、陸安県令に会いに来た!」


 皆に聞こえるように胸を張って声を出す。文官服の男が指先を重ねて一礼する。


「陸安県令黄香。山賊が何用だ」


「良民がそうせざるを得ない状態を産み出しているのは、黄県令であろう。不当な課税に民が力を失っている」


「民などと言うのは生かさず殺さずにしておればいい。いくらでも湧いて出るものだからな」


 どうやら本当にこいつがガンだったようだ。本人の口から出た言葉だ、疑いは確信に変わったよ。


「民とは! 帝より預かりし国家の宝。それを蔑ろにしているお前に、官たる資格はないぞ!」


「賊が政を語るな! 李校尉、兵を出して賊徒を懲らしめよ!」


「御意! 陸安軍前へ!」


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