第183話

「取引の一つだな。どうやら宿代は無料になるぞ」


 素知らぬ顔で乾燥の果物、これはなんだろうか? 置いてあるのを口にする。甘みが微かにあるがエグい。


「しかし、奴らの動きは早かった。潘耀というのは案外凄い奴なのかもな」


「こんなに早く仕掛けて来たし、普通じゃない。親分、あいつら来ますかね?」


「さあな、放置してたら威厳が吹き飛ぶってなら来るだろ」


 探す手間が省けたら良いが、どうなるやら。


「ところで、店主の様子がおかしかったですね。何かあったのか?」


 ふむ、経験はやはり必要だな。ぶっつけ本番でも力を発揮できるやつも居るが、不安定になるのはやはり経験値の差だ。


「まああれだろ、お友達が三人山へ逃げ帰ったから、不安だったんだろ。俺はただ飯にありつけるならそれでいいと思ってるよ」


「あっ」


 二人が目を合わせて合点がいったのを互いに確認する。店主が賊の目だったってわけだ、他に知っているやつもいないし間違いないぞ。ここには防犯カメラなんて無いからな。昼のうちにそれぞれが手分けして情報収集を行い、夕方には宿に戻る。


 店主は顔色が悪いが、こちらが知らんふりをしているので恐縮して相手をしてくる。俺はというと、昼間に一筆書いてきた、探すつもりも調べるつもりもないんだ。

宿で一杯やっていると、日暮れ寸前に多数の荒くれ者がやって来た。百人以上はいるな。


「おい、出てきやがれ! 俺様は潘耀、ここらの山賊の首領だ!」


 おお、自分で山賊と言ったぞ、ちょっと感動だ。どれ、外に出てみるか。腕を吊った布でぶら下げているあの三人も居るな。


「お前が潘耀か、俺は張遼! 山賊を討伐しにはるばるやって来た!」


 主人公は張遼らしいな、俺は脇で見守っていよう。二千人で来られたら大騒ぎだけど、他はどうしたんだ?


「張遼とやら、お前は江夏の官賊が住民を苦しめている事実を知っててそんなことを言うのか!」


 ほう官賊か、いい得て妙だな。色々と浮かぶよ、そういうのが存在するのは事実だ。


「どういうことだ」


「ふん、知らぬか。官賊は不当に租税を課し、労役を強要し、住民を苦しめている。そのくせ自身は酒色にふけり反省するところが見られない。だから俺は叡山を拠点に活動している。どちらが民のことを虐げているのか、よく見てみろ!」


「むむむ!」


 俺は別にどうでもいいんだ、目の前で狼藉を働いたら容赦しないがな。


「そちらの大男はどうだ!」


「俺か? そうだな、土地なんて誰が治めたって構わない。そこに住んでいる奴らが選べばいいさ」


「なんでぇ、わかるじゃねぇか」


 急に声の調子を落とす、あちらも争いたくないってことか?


「だがそれがお前達じゃないかも知れんというのは常々自問することだな。特にそこの腕を折られた三人は、最初位話をしてから動くべきだ」


 という俺達のことは棚に上げるんだなこれが。まああいつらも反論は出来無さそうだからいいか。


「で、張遼はどうだ?」


「どうだって……そりゃ、まあ、よく調べてからにするよ」


「そうか。潘耀、話は分かった、俺達は賊の討伐を今はやめて置く。悪行を聞いたら話は別だが、分別ある奴らを断罪するつもりはない」


 当初の勢いがないな張遼、もっとこう悪党だぞ! ってのが出てきたらよかったのにな。


「あんた見どころがあるな。どうだ、俺達の仲間にならねぇか? なに、手下になれとは言わんよ。客分として話相手になってくれたらいい」


 視線で典偉に問うがこいつはどちらでもいいんだよな。張遼はというと、若干の負い目があるせいか返事をし辛いか。


「飯と寝床があるなら行くさ。俺は島介だ、こいつは典偉、邪魔することにしよう」


「話は決まった。野郎ども、今からあの三人は俺の客分だ、下手な真似したらタタッ殺すぞ!」


 部下へのしつけはそれなりにきびしくしているようだな。そうと決まったら今晩はあちらの拠点だな。ふと思い出して、懐から一銭だけ取り出して店主へと放る。


「そっちの迷惑料と差し引きで今までの分を支払う。不満ならケツ持ちに訴えても良いぞ」


「いえ、これで満足ですので!」


 店主は余計な揉め事にならないように一銭を恭しく受け取る。拒否すれば潘耀に責めを受けるかも知れない、そうなれば宿が火事にでもなるだろう。ならば一銭で飯を無償で振る舞ったことにしたほうが遥かにマシだ。


 ついに俺も山賊デビューか、笑えんなこいつは!


 アジトとでもいうんだろうか、男達が集まって寝泊まりしている場所に入る。衛生的な概念などどこかへ忘れてきてしまったんだろう、汚いしこれでは病気になるだろうな。体力がある男達とは言えこいつは酷い。


 奥の部屋に入るとそこまででも無かった、共用部分がダメなんだな。四人でしばらく話あうと、どうにも県令の黄香ってのがガンらしい、片方だけの言を聞いて判断するわけにはいかんがね。


「それでその陸安県令が、周辺三県の実質的な長ってわけか」


「ああそうだ。都の西陵を含めた地域を掌握してる、と言っても西陵には太守が居ないから県丞が、もうひとつは小県だから県長ってんで一番上官にあたるってだけで、望んでそうなってるわけじゃない」


 県令丞は三百石で、小県長も同じか。権限は別として上位なのは確かだよ。それにしても前と比べると話の規模が小さいせいか、どうとでもなるってのが頭にあってイカンな。相手を甘く見る癖がついているぞ。


 張遼が翻耀と膝を詰めて話をしている、典偉は聞いてはいるだろうが今一つ上の空だな。ま、俺もだが。


「その県令を除けば皆が安泰ってわけか」


「黄県令は実は戦いが上手いわけじゃない、だから城に籠りっきりで逆に手が出せん。李蒜陸安校尉は逆にこれといった頭はないが、戦いだけは妙に出来る。こっちも困ってるんだ」


 ふむ、階級が低かろうが能力があれば発揮されるからな。李校尉か、何とも耳に馴染みがある姓だね。


「なるほど……ところで島殿は聞いているのか?」


「俺か? ああ、聞いてはいるよ」


 その受け答えで熱意の程を感じてくれたらしく、二人は俺を外して熱弁を繰り広げてる。徐に立ち上がると出て行こうとする。


「おい何処へ行く」


「便所だよ」


 翻耀を見ずに言ってその場を立ち去る。そこいらでは山賊が酒を飲んだり、博打をしたりして屯している。規律というのは恐らくうっすらとあるだけなんだろうな。


 勝手に歩き回っていても咎められることはない、そういう約束だったからな。それはさておき、思ったほどガラが悪い奴らの集まりじゃなさそうだ。山賊と自称しているからには賊ではあるんだろうが。


「おい客人、何か探してでもいるのか?」


「ん、見どころがある若い奴でもいないかなと思ってね」


 こいつはほんとだぞ、そういう習性がついちまった。掃きだめのようなところでも、一人くらいならいるもんだ。三十歳くらいの男が返答に一瞬黙る。


「居たらどうするんだ?」


「そうだな、納得いくなら鍛える。そうでなければ、努力の方法でも教えるさ」


「……この叡山の東二日ほどに天柱山ってのが連なってる。そこは盧江郡で、舒県に仲業という奴がいる、俺が見た中じゃあいつが一番やりそうだ」


 ほう、ご指名か。ではその真意を知っておきたいところだな。


「どうして俺にそんなことを?」


「別に。気まぐれで誰かが世に出られるなら、俺にもそいつにも運があったってとこだよ」


「お前の名は?」


「梅成だよ、忘れてくれていいからな」


 そう言い残してどこかへ行ってしまった。梅姓はとんと聞かなかった、今度理由を誰かに聞いてみよう。俺はそこらに居る奴に「ちょっとそこらを歩いてくる、翻耀に伝えといてくれ」と言い残して、馬に乗って山の裾野を東へと行くことにした。我ながら唐突だよ。


 久しぶりの一人に考えさせられることがある、何をしたいのかと。途中で適当に子供の鹿を狩ると、それを抱えて集落を訪れ「済まんがこいつで一晩泊めてくれ」というと大歓迎された。肉を口に出来ることは大層珍しいとのことだ。ついでに一つ書簡を届けるようにさせた、こいつは即効性は何一つないがね。


 盧江に行くと話すと、一日の距離だと反応があったので一安心する。何せ距離や方角は大雑把だから。翌日には盧江郡の境を越えて、舒県城へとたどり着いた。それなりに栄えている街のようで、賑やかさでは中くらいといったところだろう。


「さて、問題は仲業とやらをどうやって探すかだな。全くのヒント無しとは俺も無謀だ」


 飯店の親父に銭を出して、飯と「仲業ってやつは知らんか?」と質問する。首を傾げられてしまったのでここでは聞き込み終了だ。自分で探せないなら誰かに探して貰う、そういうことだ。


「店主、済まんが軒先を借りるぞ」


 そういってそこらに転がっていた板に仲業との連絡を望む。叶えてくれた者には謝礼を支払うと書いて立てかける。暫くするとその板の前に人が集まるが、どうやら読み書きができる奴が居なかったらしい。そんな中、若者がやって来て看板に書いてある文字を読んで頷いている。


「これはあなたが?」


「ああそうだ。お前が読めるなら皆に教えてやってくれ」


 高校生位の奴だな、体躯は時代並で大きいわけではない、文官向きと言えばそうだな。というか読み書きできた時点でそれは約束されている。


「謝礼はいかほどでしょう?」


「これだけだ。いや、ここから飯代を払わなきゃいかんな」


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