第180話

 さっさと村に戻って来ると、顔を出して直ぐにまた小黄へと行くことにした。何のことはない典偉が受けとった書簡をどうするのかを知りたかっただけだ。小黄の県城へと入ると、そのまま内城を目指すではないか。


「おい典偉どこへ?」


「へ? いえ、城の中ですが」


「お前は己吾の農民だよな、何でまたそんなところに」


 普通そう言う役目は役人の仕事だって決まっているもんだろうに。


「ああ、これは俺に任された仕事なんです。うちのおっ母の従兄が何とか少しでも金が貰えるようにって話をしてくれて。ただこれを取ってきては渡すだけなんですがね」


 すれ違う官吏も典偉を警戒することも無く、素通りさせるから繰り返しやっているのは事実なんだろうな。雇うに至らずで、外注をしているだけってことか。


 内宮に入ると、武装をした警護兵が沢山控えてる城主の間にやって来た。奥の椅子に白髪の老人がふんぞり返って座っているが、決してだらしない体形をしては居なかった。


「大将、許先生の書簡を貰ってきやした!」


 側に控えていた文官が代わりに近寄り受け取……おい、こいつ癒彫ってやつだな。目が合ったが完全に無視される。


「ご苦労だ典偉。許昭の奴は何か言っていたか」


 通る声をしている、これは軍人の声だぞ! この歳で流石に前線にはでないだろうが、あの雰囲気は現場を知っている奴のものだ、間違いない。


「次回は俺のことも書いてやるよと」


「はっ、典偉のことなぞ書かれんでも知っておるわ。まあいい、してそこのお前は何者だ」


 射貫くような視線をこちらに向けて来る、姿勢を保っているが警備兵がいつでも動けるようにしているのが感じられるぞ。誰か知らんが敵意は無い、挨拶位はしよう。


「東海島の生まれで、島介、字を伯龍と言います。今日は典偉の連れとして傍に居るだけです」


「謀るな、どちらが主で、どちらが従であるかすら見抜けぬと思っているのか?」


「それは失礼を致しました。ですが私が典偉に勝手についてきたので、間違いでもありません」


 こんなことで嘘をつく必要も無いからな、それは相手も解っているだろうよ。癒彫が脇から「孫長官に対し無礼であろう」なんて言って来る。長官か、曖昧なことだ。


「黙れ癒主簿、いつ俺が発言を許した。会話中にしゃしゃり出るな」


「申し訳ございません」


 主簿か。広場での話を思い出してみるに、この爺さんが領主なんだろうな。気難しいそうなの相手に、あの癒彫が大人しく従うってことは、強固な上下関係が根付いているわけだ。


「まあ良い。広場で賊を追い返したのはお前達だな」


 癒彫が驚いてる表情になる。こいつ隠していたんだな、でもお見通しってわけか。


「散らしたのは事実でが、逃げて行ったのは賊だけではありませんでした。私には関係ありませんが」


 目を細めてこちらの意図を読もうとしているようだが、実は何をどうこうしたいわけでもない。ってことで何も読めんだろ。


「俺のひざ元で騒ぎを起こそうとする奴らは厳罰に処す。それだけは覚えておけ。だが……治安を保とうとするならば適切に評価してやる、その際にはしっかりと名乗り出ろ。以上だ、下がれ」


 手をひらひらとさせて出て行けと言われる。俺達はそのまま内城を出た。通りで典偉に「なあ、さっきのは誰だ?」大いなる疑問をぶつけた。


「親分知らなかったんで? あの人は右将軍冤州都督小黄侯の孫羽様ですぜ」


「右将軍だって?」


 無関係……だよな? それにしてもそんな高官がどうして宮廷に居ないでこんなところに居座ってるんだよ、別に戦争が起こってるわけでもないだろ。都督ってのも変な話だろ、名誉的な話か? なにせ基準がないんだ、俺の知恵袋が欲しい。


 ハッとして右手の方を振り向く、気配がそうさせた。そこには見事な体格、典偉よりもスリムでバランスが取れていて、年の頃は同年代くらいの男が立っていた。


「失礼、そこを通らせて貰っても?」


「おっと往来で邪魔をした、すまない。ところでどこかで会ったことはないか?」


 なんだか見覚えがある気がする、それはおかしいってのは解ってるんだが。うーん、どこかで見たことがあるんだよ。


「はて、地元の出ではなさそうだ。ということはここですれ違いでもしましたか。雁門郡馬邑県の張遼と申す」


「島介だ。もしかして、ええと……文遠殿?」


 確か張文遠ここにあり! とか叫んでたよな、どことなくそんな面影があるぞ。


「おや、何故それを? もし会っていたのに忘れているようならば、私が失礼をしていることになります」


 それまでは城へ入ろうとしていただけなのに、立ち止まり真っすぐに前を向く。どこと言われても困るんだよな。


「いや、許昭殿のところで名を聞いたので。今も丁度その関係で城に」


 これなら辻褄が合うよな、というかこいつ今はまだ無名なんだろうな。戦争があって初めて皆が有名になるんだから、董卓の横暴ってまだ数年先だったはずだぞ。俺基準は劉協の年齢だ、確か子供時分で皇帝にさせられるって。その時の歳が十歳になる前だったって言ってたな。


「ほう! 私のような者のことをあの許先生がお口に? それは嬉しいことを聞きました」


 今さらだがあの馴れ馴れしいおっさんはそんなに凄い人なのか? なんだかずっと俺をベタ褒めで気持ち悪かったんだよ。付き合いはし過ぎない方が良い存在だって思ってるんだがね。


「それについては俺も思っているがね。貴殿ならば将来絶対に十万の大軍を指揮し、天下に名をとどろかせ、千年の後の異国の民も名を知る程の大人物になる」


 うん、二十一世紀の島国では、萌えキャラとかでブームが起こる絶賛超美形として復活するから期待していいぞ。


「なんと、私をそれほどまでに買っていただけるとは恐縮です。出来れば一献願いたい、役目が終わって後に時間を頂けないでしょうか?」


「無論、構わんよ。英雄と酌み交わせるとは嬉しい限りだ」


「それでは後程」


 手のひらと拳を合わせて一礼すると、内城へと入っていった。


「親分は地元の領主を知らずに、あんな若造のことは持ち上げるんですね?」


「ん? まあ、そうだな。曹操も、張遼も、俺の中では凄い奴なんだよ」


 こういうのはズルをしてるよで気が引けるが、同姓同名の可能性は大いにあるんだ。それも少し飲んで話せば解決するはずだよ。問題は知恵袋のほうなんだ、常識ある奴が欲しい。


 近くの酒場で時間を潰すつもりでいると、官服こそ着ていないが立派な風采の男がやって来た。酒を買いに来ているようだが、そんな小間使いをするような身分には見えない。暇つぶしだ、ちょっと声をかけてみるか。


「なあ、そういうのは使用人がする仕事じゃないのか?」


 不躾に話かけてもそいつは嫌そうな顔をせずに平然と「叔父へのモノを他人任せにするのは馴染みませんので」さらっとかわされた。


「そうか。今ちょっと人を待ってるんだ、少し話をしないか?」


 絡んでるな俺。まだ高校生位の顔つきだが、芯があるな。


「構いませんよ。叔父が戻るには今少し時間が掛かりそうですので。では隣に失礼を」


 俺と典偉が軽く自己紹介をすると、典偉のことは知っていた。こいつ本当にただの農民か? SNSもなにもない時代だぞ、よくもまあ。


「えーと、君は荀文若ってのか。叔父ってのは?」


 なんかゲームで荀なになにみたいのが沢山出てきてたよな、それ系なら知力派だろこれ。見るからにそうだけど。


「荀爽です。こちらにはお祝いを」


「お祝い?」


「ええ、帝にお子が産まれましたのでそれで」


 ああ、劉協のことか。張遼もそうなのか? にしても解せん、なんで洛陽いかないんだよ。不思議な顔をしていると「もしかして島殿は孫将軍のところへお祝いに行く意味が不明で?」顔色から正確に突っ込み入れられたよ。


「ああ、それなら王宮なりへ行くのが筋だろ」


「確かに、そちらへも参りました。ですが、孫将軍のところへも行くべきでしょう。帝のご側室である王貴人の母親が張氏ですので」


「ということは?」


 まったく繋がらん、だってほら、ヒントってのは常識があるやつへのものだろ?


「皇子であらせられる帝の次子の従大祖父が孫将軍です。ひ孫ということになりますね」


 なるほど! 色々とそいつはわかりみが深くなったぞ、つまるところ俺のお題に関係があるってことだよな。こいつらがお祝いに集まってきているのも、外戚として官職を得ている孫将軍の歓心を買うためか。


「ん? すると雁門の張家と張氏ってのは?」


「故張洪将軍は元は同族でありましょう。独立して北方にあったと聞き及んでおります」


 うーん、荀文若ってやつが居ると俺の不見識が埋まる。こいつ……何とかならないだろうか?


「物は相談なんだが、俺は今猛烈に荀文若殿を欲している。今後絶対に必要とする場面しか浮かんでこない。その王佐の才を貸しては貰えないだろうか?」


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