第177話 親分

 拳を握りしめて真っ正面やって来る。左足を半ばまで上げると、出足の膝を前蹴りで強か打ち付ける。だが、典偉はそれを気にせずに突進してきた。うむ!


 両手を前に寄せて殴りを防御した。重い一撃で身体が後ろに持って行かれそうになる。左足を左後ろに引き下げて、右のフックを典偉の顎に入れた。それでも典偉は右の拳を腹めがけて振り抜いてくる。見事命中すると、息が詰まる感覚が走り抜ける。

お互い二歩ほどの場所に収まると視線を交わした。


「やるじゃないか!」


「俺の攻撃を受けて倒れなかった奴はお前が初めてだ!」


 巨漢同士の接近戦、野次馬が遠巻きにしてじっとみている。きっと丁度良い娯楽位なものだろうさ。正面から殴り合うのは相手の土俵ってわけか、俺は別のスタイルでも戦えるぞ。ガードを下げて挑発する。


「お前は良く戦っている、だが最後に勝つのは俺だ」


「ほざけ! これでもくらえ!」


 また真っすぐに距離を詰めて来る。右の拳が鼻っ柱めがけて突き出された。俺は半歩前に出て膝を沈めると、右手を自身の左手で引っ張るようにし真下から体を捻って急に立ち上がるようにして腰をいれる。すると典偉の身体がふわっと宙を舞って背中から地面にたたきつけられた。背負い投げだ。


「ぐはぁ!」


「真っすぐすぎる攻撃だけでは反撃を受けるぞ。ほら立てよ、まだいけるだろ」


 少し離れて挑発をする。典偉は多少咳き込んでから、戦う姿勢をとった。するとまた真っすぐ突っ込んで来る。しかし殴っては来ずに腰に、掴みかかって来た。両足を後ろに、両肘を典偉の肩に置いて体を自分で支えないようにする。


 典偉は支えきれずに顔から地面に突っ伏してしまう。肩を押さえるように上半身の力でねじ伏せると、典偉は力づくで起きがろうとして来る。効率の悪い力比べでも、典偉はついに立ち上がった。


「なるほど、その体力は称賛に値するな」


「はぁはぁ、まだだ! 行くぞ!」


 その勢いは認める、中々気持ちが良い奴だ。また右足を蹴りつけようとすると動きが鈍る、ダメージが残っているのかもしれない。少しだけ距離がある殴り合い。アウトレンジで戦うにはたったの数センチのリーチの差が厳しい。冷静な動きで直線の殴りを見切る度に、軽いカウンターをいれる。


「もっと変化をつけろ! それではお前より強い奴にかなわんぞ」


 時に力よりも精神力で打倒できる時がある。それは相手の虚をつく動きが無ければならない。


「くそ!」


 つい大振りになると、それをしゃがんでかわして腹に一撃、動きが鈍ったところで顎を下から小突く。ふらふらと後ろに数歩のけ反った。それでもまだ目は死んじゃいない。


「まだだ、来い!」


「うおぉぉぉ!」


 互いが拳を振りかぶり、思い切り顔を殴りつける。コンマいくつか、腕の長さの差で俺の方が先に到達した。双方の左ほおを殴りつけると、典偉が白目を剥いて膝から崩れ落ちた。俺は口の中が切れたせいで、ペっと血を吐き出して歩み寄る。仰向けにしてやるとその隣で腰を下ろした。


「粗削りだが気持ちの良い動きだったぞ。まあ俺の方が強かったな」


 少しすると気が付いてこちらを見て起き上がる、ほおをさすりながら「あんたは俺より強い。今から俺はあんたの部下だ」残念な素振りを一切見せることなく、堂々とそう言い放った。


「そうか。じゃあまずは飲みに行くとするか! そう言えば何か忘れていたな。おいお前達、ゴチャゴチャうるさくするなら俺達が相手になるがどうする?」


「あ、いや、俺達はこれで!」


 盗賊は一目散に逃げて行った。そして癒彫も「わ、私も用事を思い出しので!」従卒を連れて駆けだす。村に連れ帰って一緒になって酒を飲む、性格は真っすぐな奴ですぐに打ち解けることが出来た。取り敢えずは暇はしなくて済みそうでなによりだ!


 たらふく飲んで食べて翌朝、ふと思い出して典偉に尋ねてみた。


「ところで使いに来ていたらしいがいいのか?」


 己吾とやらに帰らんくていいのかね。というかどこにあるのかすら知らんのだが。


「そうだった。走れば昼過ぎにはつく、ちょっと行って来てもいいですか?」


 部下になると言ってから、少しずつ言葉も態度も改まって来た。まあ別に俺はどうでもいいんだが、やりたいようにやればいい。


「意外と近かったんだな」


「ここから小黄に行くのと同じ位の距離なはず。小黄に行くのも長平のほうに行くのも二日かかる」


 ふむ。こいつの走るをまともにしてはいかんな。恐らくはここから二十キロ地点だ、己吾から長平は四十キロってところか。街道ならまだしも、獣道を軍隊が動くなら二日どころか七日はかかるぞ。


「長平にも何か用事があるのか?」


 曹植の地元だったからな、今でも覚えているぞあそこならば。平野に平城、だが河の交差点だから結構な防御力があるところだ。


「いや、長平の先の汝陽ってところにだ。そこの許先生に書簡を届けたりすることがあって」


「すると今回も?」


「似たようなものです。どちらかというと書簡を受け取りにって感じで」


 うーん、と考えてからそんな返事をした。なるほど、そいつは確かに似たようなものだ。


「そうか。どうせ俺も暇だ、少し遠出をしてみたいが一緒に行っても構わんか?」


「親分もですか? ええ、もちろんです」


 親分。そう呼ばれているが何ともな。かといってこれといったのもないのが実情だ、取り敢えずは聞き流してるよ。


「じゃあ行くとするか。長老に暫く留守をするとだけ伝えて来る」


 物のついでに一言だけで、長老は笑顔で送り出してくれた。だけでなく、道中の飯まで用意してくれる。狩りはしてるが解体も運搬もしてない、それこそ投げっぱなしなのにな。俺は騎乗して、典偉は文字通り走って己吾へと向かう。思った通り道なき道を真っすぐに走り抜けるものだから、何度も木の枝にぶつかって落馬しそうになる。




 本当に昼過ぎまで走り通して到着する。田舎町といった風景が広がっている。警備兵が典偉を見て、そのまま何事も無かったかのようにどこかへ行ってしまう。


「顔を見れば誰かわかるわけか。案外有名人かお前は」


「さあどうでしょう。おっ母に会ってから、長平の方に行くんでお待ちを」


「別に明日でも良いんだぞ?」


 俺は暇つぶしで向かうだけだ、自宅を素通りはどうなんだ?


「俺のおっ母は役目を後回しにするのを良い顔するような人じゃないんで。町で買ってきたものと、手持ちの金を置いて直ぐにでましょう」


「じゃあ俺はそこらの店で休んでる」


 飯は持っているが、店で休むなら注文すべきだろう。なに、どうせあいつに与えれば幾らでも食うだろう。茶屋に入ると「茶と饅頭をくれ。それと何か適当なものを出してくれ、金は先に払うぞ」気軽に注文をする。どうせ払うからと先払いをしたことがある、その時に相手の態度が見るからに良かったので以後そうしていた。


「へい旦那、お待ちを」


「うむ。ところで典偉の奴だが、評判はどうだ? あいつとこれから長平に一緒に行くんだが」


 知り合いだと言うことを強調しておく、全くの他人を調べていると勘違いされると面倒だ。


「おおあいつですか。ありゃ村の悪坊主だったんですがね、いつの間にか立派な男になって。あんなナリでしょう? 結構な腕自慢だってのに、弱い奴をいじめることは絶対にないんですよ。親孝行だし、真っすぐな奴ですぜ」


 なるほど、感じた通りなわけか、こいつは大収穫だな。饅頭を食べながら「俺もそう思う」簡単な反応をする。


「お客さんもかなりの体格ですが、典偉とやりあったらどうでしょうね。良くて引き分けですか」


 地元の奴を応援したい気持ちはわかる。さして興味がないふりをして茶をすすった。すると典偉の奴が走って来る。


「親分、お待たせしました!」

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