第175話 儀同三伺附馬中侯

「官職は全て返還されているが、中県の侯であることに変わりはない。劉氏の妻を娶っているので附馬、位階の確約である儀同三司もだ」


 そうだな、中県は持ったままだ、だから陸司馬が未だに俺についている。といってもこいつも宿衛将軍大将軍司馬から衛将軍別部司馬都亭侯になってる、どうも司馬職を求めたらしい。俺の呼び方にあわせたんだとしたら迷惑をかけたと謝るべきだな。


「多くの者が中県から禄を食むことになった、龍の税収が少なくなっている。これを補填する為に近隣三県を中県に加えるものとする、名も改めるとしよう」


「今でも充分以上だが、隣県に街が伸びているのは事実。管理もし辛いだろうし、統合は必要かも知れんな」


 河までが中県だったところに、またいで街が出来て官吏が困っているという報告は実際にあった。どこで区切れば良いか、結構な事案だったそうだ。これが恩恵だっていうなら納得だ、飲める内容ってやつだよ。恐らくはこの時代こいつらの感覚でも結構な結果だって感じてるはずだ。


「それともう一つある」


「領地も、地位も、資産も目一杯だ、俺はもう何も要らんよ」


 正直なところ与えられても迷惑だ。繁栄を求めてるわけじゃないからな。我がままだといってくれて構わんよ。


「何も与えはせんよ」


「与えない? すると?」


 任じるわけでもなければ、与えるわけでもないとなればなんだ。俺に無関係ってならここでは何も言わんだろうし、関係あるならどっちかだろう。


「皆に公言する、しかと聞き届けよ。漢に連なる全ての者に遍く伝えよ、龍は朕の友だ! 朕が皇帝である時も、そうでない時も、龍が味方である時も、そうでない時も、いついかなる時でも友誼を忘れはしない!」


 …………そうきたか、だが悪くない気分だ。


「兄弟! 南蛮で暮らすのも良いぞ、暫くどうだ」


 肩の荷も下りたし、それもいいだろう。むしろそれが出来る時を待っていたってところだよ。ふと視界の右端で人が歩み寄って来るのが見えた。


「龍よ、良くぞここまで働いてくれた。礼を言わせてもらう」


「孔明先生。長いようで短い時間だったかも知れません」


 身一つで転がっていたのを将軍にされて、南北を行き来してか。その間もずっと首都で全てを取り仕切って来た、偉大な人物だよ。やはり諸葛亮の名は伊達じゃない。


「ありがとう、友のお陰で私の今がある、漢の今がある。感謝してもしきれない程だ」


 羽扇で顔を隠して涙を流す、長かったんだろうな本当に。人生の殆どを費やした結果がこれで良かったよ。


 うっ……これは、目の前が白くなって意識が遠のいていく。お題の達成か、どうやらお別れが来たようだな。俺も大満足だよ、三国志の時代、確かに多くの英傑がそれぞれの主張を以て命をぶつけあっていた。心配して駆け寄ってきている声が遠くで聞こえる気がする、最後の最後に嬉しい気持ちになれて本当に幸せだ。


☆現在の官爵表


諸葛亮・丞相録尚書事徐陽侯

魏延・衛将軍南鄭侯

呂凱・大尉関内侯

鐙芝・光禄勲関内侯

費偉・司空関内侯

李項・大鴻臚都亭侯

蒋碗・太常

王連・衛尉

馬岱・太僕

向郎・廷尉

馬謖・宗正

寥紹・少府

曹植・冀州刺史鎮軍大将軍長平侯

満寵・豫州刺史輔国将軍昌邑侯

姜維・右将軍密都侯

張遼・左将軍関内侯

郭淮・前将軍関内侯

呉栄・後将軍関内侯

呂蒙・揚州刺史鎮南将軍丹楊亭侯

冷宇・鎮西将軍永安亭侯

李信・青州刺史鎮北将軍都亭侯

陳式・涼州刺史奮威将軍関内侯

李覇・雍州刺史中塁将軍都亭侯

赫昭・幽州刺史護忠将軍代亭侯

文聘・荊州刺史破虜将軍関内侯

士燮・交州刺吏楼船将軍日南侯

王抗・徐州刺史関内侯

宗預・苑州刺史都亭侯

王興・益州刺史

楊儀・尚書令丞相軍師

黄崇・中書令丞相参軍

郤正・将作大匠丞相参軍

鄭度・丞相刺姦曹掾

孟兆・符節令丞相参軍

費詩・尚書僕射丞相参軍

李封・越騎校尉中堅将軍

陸盛・衛将軍別部司馬都亭侯

鐙父・大司農典農将軍都亭侯

石苞・安東将軍都亭侯

羅憲・河南尹都亭侯

董遇・太学博士

夏予・寧西将軍衛将軍司馬


まだまだ続くんじゃよ?


光和四年とは一体?


 ふと気が付く、宮廷に居たはずなのにだだっ広い草原のど真ん中、少し先に小川が流れていて、山林で囲まれた盆地のような場所。これとった心当たりはない、或いはあり過ぎてどこかは解らんな。小川まで歩いて行き、流れる水面に移る自身の顔を確認する。


「ふむ、二十代後半くらいか? まあ歳などどうでもいい、ここはどこだ」


 ボロい服を着ている、麻を紡いだ上下、農民服とでも呼べばよいのか? 筋力はかなりあるだろうな、何せ俺の身体だ。


「うわぁ!」


 林の先で悲鳴が聞こえた、男のものだ。ひざ下程度までの水量の小川を抜けた先をキョロキョロと見回す、すると野生のイノシシと対峙している老人、といっても四十代位だろう農夫が恐怖に慄いていた。突進を受ければ俺でも怪我無しとはいかんぞ!


 手近に転がっている拳大の石を二つ拾って、上着を脱いだ。袖の部分を力づくで引きちぎると、端を片方だけ結んだ。どこかひらけている場所を。イノシシの真横あたりに、広い場所があるのでそこへと躍り出る。石を麻布で挟んで両端を右手で掴んでくるくると振り回し遠心力を得る。


「これでもくらえ!」


 速度が乗った一撃がイノシシの左首の付け根あたりに命中した「ンガァ!」という声をあげてイノシシがこちらを振り返る。


「お前は逃げろ!」


 農夫に声をかけて、もう一つの石をくるんでまた振り回す。前足で地面をひっかいてこちらに向けて一直線走って来るイノシシめがけて二投目を行う、ちょうど眉間のあたりの命中すると、前足をふらふらさせてなおも近づいてきた。


 目の前まで来ると横にかわし、首に腕を回して木にぶつかるように方向を調整して自らも踏み出す。


「うおおぉぉらぁ!」


 ドガーン!


 かなりの音が響いて木に衝突すると、イノシシは目を回してその場に転がった。手足を破った袖の麻布で縛り上げると、先ほどの石を拾ってきて頭を何度も叩いて絶命させる。


「もしお若いの、あんたのお陰で命拾いしただよ!」


「無事で何より。一つ頼みが、このイノシシ一人では余すので、持ち帰り振る舞い飯に出来ないだろうか?」


「なんと分けて下さると?」


「なに、一夜の飯と酒があれば俺は満足でね」


「この場でお待ちを、村の若い衆を呼んできますだ!」


 走っていく農夫を見詰めて「どうやらここは中国らしいな、どうなってるんだ?」イノシシを枕代わりにして寝転がると、人がやって来るのを待つ。やがて十人程の者がやって来ると、縄と棒を用いてイノシシを逆さづりにして抱えていく。その晩は、たらふく肉を食べて酒を飲むことが出来た。

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