第173話
「そうだな。だがそれはこちらから攻め入れないのと同義だ」
障害物があれば乗り越える側が不利になる、そんなのは当たり前の話で今さら言うこともない。だが嫌な予感がするな! それが何に対する感覚かは解らない、だがそう思える。
顔をしかめるだけで、通訳を通して川縁に越南軍の防衛隊を配する。それは良い、そこは良かった。
「許都の東門より魏軍が出撃してきました! 小黒河の東に横陣を敷いている模様!」
どういうことだ、そんなことをしても守りは越えられんぞ。馬謖に視線をやってもこれといった返事は得られない、一気に押し込むつもりがあるとも思えんが。
「ご領主様、敵は川幅が特に狭い地域に厚みを持っております」
「陸司馬、どう思う」
文官ではなく武官の目にはどう映っている。
「守るならば最適の形、魏軍が攻めるのでなければ守るつもりかと」
「河岸を守る?」
そりゃそうだよな、攻めるつもりじゃないなら守るためにそこにいるわけだ。この状況で気紛れで何と無く遊兵を作る意味がない。ではどうしてというところだが、ここを守るのは俺の本陣を動かさない為に他ならない。
「いかん、越南軍は渡河の準備をするんだ! 亜麺暴王の兵を小黒河に引き戻せ!」
疑問がってもまずは命令を遂行する、その後に問いかけた。
「島大将軍、何か御座いましたか?」
「馬謖、あちらが攻めないなら守るつもりなのは納得いくか」
「まあ左様なことならば納得いきますが」
そこまで解っていたらあとは気づくかどうかのレベルだ。俺も今までのほほんと過ごしていたんだ、叱責する資格は無い。越南軍がぞろぞろと移動を始める、わけもわからず河の西に並ぶと亜麺暴王を待つ。その間に筏を用意するが、対岸へ向かうのは結構難しいかも知れんぞこれは。
「島将軍、俺を呼んだか」
「待っていた。越南軍を河東へ渡すのを手助けして欲しい、こいつは大至急の案件だ」
目を細めると亜麺暴王は「事情は聞かん、直ぐに実行しよう」そそくさと東へと速足で出て行ってしまう。どいつもこいつも物分かりが良くて助かるよ。
「陸司馬、親衛隊は引き戻せるか?」
「時間がかかります。戦列を抜けると戦力面でかなり厳しくなるはずで。手持ちは五百程です」
少ないがそれでやるしかない。
「本陣を速やかに移動可能な状況にしておけ。俺の馬も用意するんだ」
「御意!」
間に合ってくれよ! 理由は解らず仕舞いだった馬謖も異常が起ころうとしているのは理解したらしく、偵察らの戻る場所を残してまとめ次第本隊へ向かわる手筈を整えている。
騒がしい音が南東から聞こえて来た、城壁沿いのあたりからだ。直ぐに伝令がやって来ると「石将軍の軍が城外で戦闘を行っております!」くそ、始まっちまったか! だが石苞のやつ、上手い事時間稼ぎをしてくれているな。
「越南軍を渡河させろ、ここが戦の山場、犠牲を承知で無理矢理押させるんだ!」
「ご領主様、親衛隊準備が整っております」
「越南軍の後ろに付いて行くぞ」
「承知!」
重装備の一部を惜しげもなく捨ててしまい、渡河可能な重量に調整する。あれだけあればどれだけ喰っていけるかって金が掛かっているが、ここを逃してはいかん。俺も騎乗して親衛隊と共に川縁にやって来る。
越南軍が筏に乗る奴と、ヘリに捕まっている奴で集団になり東へ進んだ。水中では亜麺暴王の兵が縄を引いて方向と速度を修正する。時折浮かんできては息継ぎしてまた潜って行く、それを狙って矢を射かけるものだから河が赤く染まった。すまんがここが無茶のしどころだ、責任は取る、その命を貰うぞ!
「俺も出るぞ」
「親衛隊進め! ご領主様をお護りしろ!」
まさに今、河に飛び込もうとしたところで白旗をなびかせた伝令が複数戦場を駆け回っているのが見えた。それが一騎このあたりにもやって来て「勅令! 劉禅陛下が戦闘を停止せよと仰せだ、直ぐに戦いをやめよ!」大声で触れ回って行く。
この忙しい時に何を! ……こいつは司馬懿の罠だ、全てを見計らっての計略に違いないぞ。
「島大将軍、陛下の勅令とあらば停戦を命じるしか」
「馬謖、将、外にあっては、君命も奉ぜざるありだ! 今ここで戦を止めるわけにはいかん。戦闘継続を全軍に命じろ!」
「ですが――」
馬謖を睨んでやると語気も荒く言う。
「いいか、二度は言わんぞ! 陸司馬、続け!」
「はっ!」
河に流されながらも徐々に岸に近づくと、矢がちらほらと飛んでくるようになる。それを剣で落としながら少しづつ進む。満身創痍で上陸戦を仕掛けている越南軍がこちらの姿を見ている。
「ヴォイトォイ ダヒナァオ!」
「ラムディ!」
俺と共に戦え! とはっぱをかけると、やってやるぜ! と応じて来た。人が従うのは地位でも権力でもない、その勇気だ!
「親衛隊強行上陸だ! 地歩を拡げろ!」
矛を突き立てて一人一殺すると、馬の腹を刺された奴が転がるように下馬して這ってでも東の陸地に手をかけ、剣を持つと突撃していく。鬼気迫る勢いとはこれだろう、気圧された魏兵が後ずさるとそこへ越南軍が進出した。俺も上陸すると手にしている矛で魏兵を引っ掛けると、全身で吊り上げて投げ飛ばす。
「俺が蜀の大将軍島介だ! 雑魚は道を開けろ!」
大喝すると対峙していた魏兵が怯む、親衛隊が一気に進出し歩兵を蹂躙する。右手を見ると石苞の軍が一杯で散り散りになり突破されてしまっているのが見えた。くそ、出遅れた!
「全軍あの魏軍を追撃するぞ!」
突破していった旗も何も掲げていない一団を指して馬を走らせる。俺の直感が正しければあそこに曹叡が居る。
「ご領主様、これでは歩兵がついてこられません」
「構うな、敵は少数だ、騎兵だけで追うぞ!」
「ですがあの先に二万の魏軍が待機しております」
そこに辿り着く前に捕捉するんだよ、ここでやらねばいつやるんだ。逃げているのは多く見積もっても千だ、それだけの為に小細工と城内からの兵、それに曹真からの増援が出されているんだ、何もいないはずがない。
「間に合いません、敵の大軍に接触します!」
「くそっ、取り逃がしたか!」
流石にこのまま突撃させるわけにはいかないので馬足を止めた。だがどういうことだろうか、魏の大軍が東へと下がって行く。なんだ? 豪奢な鎧をまとった騎馬が進み出て来ると大声を出す。
「我は満伯寧なり! 過日の約束を果たす為に、島大将軍へ三舎譲るものとする!」
おいおい、ここでそれをやるってのか、笑えんぞこいつは!」
「駒を進めるぞ」
「流石に罠なのでは?」
「陸司馬、俺は満将軍を信じる。あいつは本気だよ、嫌ならここで待って居ろ、行くぞ!」
一人でも追うつもりで馬の腹を蹴る。逃げていく千の集団からも大声を出すのが聞こえてくる。
「満将軍、裏切るつもりか!」
「否! これは陛下の勅令である!」
「陛下は戦えと仰せだ、戻せ!」
そりゃそうだろう、ここで退かれたら助かる目が無い。あと少しだ、気変わりしてくれるなよ。
「勅令では誰の言にも従うことはない、朕の命でもとの仰せ。我は先の勅令を厳守する所存!」
それだけ言うと騎兵は東へと駆けて行った。目の前に後備の姿が迫り、前衛が切り掛かる。戦意は無い、案山子をなぎ倒すようにして防備を削って行くと、豪華絢爛な馬車が見えてくる。御者を突き殺して馬具を壊すと馬車が止まった。
それを囲むと小窓から外を覗く姿がチラッと見えた。馬を進めて「魏の皇帝と見受けるが」俺が声をかけた、違うというならこのまま切り捨てるのみ。
「そ、相違ない。朕が魏帝である、頭が高いぞ」
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