第171話

 一度地に立てばどこかしら勝つことはできる、兵の質は均一じゃないからな。勝っているところへ兵力を追加していけば、幾つかのヵ所で上陸していける。この初期手順でかなりの被害が見込まれるぞ。


「俺達が南蛮軍だというのを忘れて貰っては困る」


「うむ! 亜麺暴王、上陸地点の確保を頼めるか」


「任せよ、我等は勝つ為にここに来たのだからな!」


 おお、なんと威勢がいいことか。手があるならそれに乗ろう。


「今晩会議を行う、それに出席するんだ。全てを明かすことはないが、先陣を受けるのを納得させるくらいの材料は用意しておけ」


 頷くと幕を出て行く。それはそれとして、筏くらいは用意しておくべきだろう。縄で組み立てるだけ、桟橋の大きいのを流す感覚でも無いよりはましだ。


 夜になり幕に主要な人物が居並ぶ、此度の功労者である鐙父を近くに呼び寄せた。学級会ではないので褒めてやれとかそういうことではない、以後こういうことを画策する際にこいつを思い出せということだ。


「ご領主様、城攻めの準備は整っております」


「そうか」


 実働部隊はやはりこいつらだ、かなりの数をここで失うことになるだろうな。馬謖に目配せをすると、進行役になった。


「明日の未明より許都の攻略を行うものとします。破壊した水門から侵入し、拠点を確保の後に北側の門のいずれかを奪取、後続を得る流れで御座います」


 こうやって言葉にするのは簡単だが、やるとなれば一大事だよな何でも。亜麺暴王が「俺が先陣を切ることになっている」既定事項だと発言する。無論こちらに視線が集中するので頷いてやる。


「では先陣を南蛮軍にお任せいたします。拠点の確保では精鋭が必要となりますが」


 誰がそれを担うのかと言葉を止める。すると李項が進み出た。


「親衛隊が引き受ける」


 異論は出なかった、命という代償が必要な時、真っ先に手を上げるのがこいつらだ。許都に残る兵は万だとしても、王城内を守る兵が外に迎撃に割かれることはない。手練れは出撃しているだろうから、儀仗兵を含めた後備が関の山だ。その後の流れも大筋決めると、実務的な部分に話が及んできた。


「時に亜麺暴王はいかしにて上陸部を?」


 あってしかるべき質問に、ひとつもひるむことなく胸を張って応える。


「我が水兵は水上、水中を問わずに自在に動き回ることが出来る。水際への進出は本領だ。その上で、更にこれらを援護する手立てを持っている」


 自信満々でそう言うが、核心となる部分は口にしない。そこは信じて任せろとの寸法だ。


「ここをしくじれば全ての計画が崩れ落ちます。自信があるようですが、本当にお任せしても?」


 孔明先生の真似でもしようという腹か? それはな、先の考えあってこそのことだぞ。馬謖のはただの嫌がらせじゃないかとドキドキするが、どうだ?


「馬軍師よ、それは既にご領主様が決められたこと。物言いに気を使う方が良い」


「これは陸将軍、失礼いたしました。亜麺暴王にも謝罪を」


 うん? こいつは出来レースかなにかか。まあ収まるならそれで構わんが。部下同士仲良くやってくれ。


「グエンタイン、北の門が開いたら頼むぞ」


「異民族、それも言葉が通じない奴らがなだれ込んできたら恐怖するだろうな。攻勢より守勢が得意ではあるが、任せてくれ」


 ここはベトナム語でやりとりし、後に俺がそれを訳してやった。通訳だが、どうにも精度が低いのはなんでなんだろうな。何とかやり取りできるから不満はあっても不足はないが。方針のすり合わせをして場を解散させた。


「李項と陸司馬、馬謖だけ残れ」

 

 続けて呼んでから何と無く、ああこいつは陸盛より陸司馬なんだなと勝手に思った。口癖はイメージと共にもう修正不能だろうな。


「混乱があっては困るから先に決めて置く。胴と首が離れてしまおうと曹叡は生きているということにするぞ」


 皇帝が死んでしまっては後に収拾をつめるときに面倒が増える。嘘でもいいから生きていることにしないと困るんだ。死者の冒涜は好きじゃないが。


「たとえ残党が逝去したと発表しても?」


 李項が秘密が漏れた際の対処に言及する。


「ああ、そいつらは魏帝を敬わない不敬なやつらだって糾弾する」


 皆の了解を得て緊急事態への対処を埋め込んでおく。戦に勝ってしまえば不都合は闇の中、むしろ今はどうやって勝つかを考え続けるべきではあるんだよな。


「承知致しました。亜麺暴王ですが、水際で押し切れるでしょうか?」


「やれるというんだ、そいつを信じるさ。その上で対策も欲しいと思う俺はよくばりだな」


 騎馬ならば例によって泳いで侵入可能だ、問題はその後居場所が無いかもしれないことだ。馬体を持て余しては折角の騎兵の意味がない。城内で戦うには狭すぎるんだよな。


「水門の外を確保できているならば、はしけを縄で括り流されるのを留めて上陸することが可能では?」


 陸司馬が何かしらの案を出して来る、縄で括ってか。ふむ、どうだろうな。


「具体的には?」


「二十人程が乗れるはしけ、筏のようなものを作り数本の縄で括ります。両岸でなくとも長さを調節して奥行きだけ調節できれば、泳がずとも兵を送り込める寸法で。最低限の上陸している兵が必要にはなりますが」


 それは……不可能ではないな、邪魔もされれば川岸に近づけないこともあるが。


「馬謖、不明点をあげろ」


「はっ。支えきれずに流されてしまう可能性は常に御座います。川縁へ行かず中央を行くことも。上陸前に水没し、結局意味をなさないかも知れません。装備をつけていれば転落は即ち死を意味します。使い捨てで回収も出来ないでしょう」


 概ね同意見だ、では対抗策を出させるか。


「李項、解決するにはどうすべきだ」


「水門左右に杭を打ち込み、そこに縄を括れば兵が攻撃されても一定以上流されはしません。水上より岸に縄を投げ引き寄せることで陸に接岸可能です、これにより水没も減るでしょう。いかだなど使い捨てで充分、回収不要です。装備をつけていて転落すれば死、上陸しても戦闘で負ければ死、なによりこの戦に勝てねば死です、何を懸念することが?」


 過激だな、だが真理だ。俺が聞きたいことを言葉にしている節はあるがこれならば是だろう。そして同時に可能な案件だと判断する。


「陸司馬!」


「はっ!」


「速やかに準備を行い、強襲兵の編制を行え。指揮は左右の岸に石苞と夏予を充てる。南蛮軍も含めて城内の統括は李項が行え」


 二人が返答し方針はなった。全体の不都合が起こった場合の対策をするために馬謖のみを残して二人も退室させる。


「皇帝が逃げるという可能性はあるが、どうする」


 ことここに至ったとしても、命が惜しいこともある。何より側近が無理矢理に連れ出すことだってあるだろう。


「首都を捨てて兵を捨てて逃げ出した腰抜けであると喧伝いたします。その上で曹植殿を招き入れ政府を宣言させましょう。その間も追撃をかけることを忘れずにし、最大の問題である司馬懿の動向を注視すべきです」


 司馬懿な、そういえば呂軍師のところで大人しく戦っているだけとは思えんが。


「あちらの戦線はどうなっているか聞こえてくるか?」


 本営機能を渡してあるから情報が間接的にしか入って来ない、こちらはこちらで混乱しているから代わるわけにもいかん状態だ。まあ危険があれば知らせて来るさ。


「対抗している程度しか。各地が精一杯で戦っております」


 俺もそう思う。どこかのバランスが崩れた瞬間、全体が雪崩を起こす。その基点が俺になるかも知れないことだけは覚えておくべきだ。


「首都の状況も不明だが、勝つと信じて戦い続けるしかない。歴史の転換点に今存在している、それも潮流を変えることが出来るかも知れない位置に」


「歴史……で御座いますか。確かにそうかも知れません。勝てば歴史を作る事が出来る」


「その通りだ。負ければ屍を晒すだけの事、ならば前のめりにやるぞ」


「御意!」


 歴史とは俺も大きくだたものだ。だがこの大戦、もうすぐ終わる。



 暗夜南蛮軍が配置につく、亜麺暴王が率いる軍が壊れた水門の前から次々に河に飛び込んだ。水量は多いままだが流れは緩やかになっている、標高差が少ない大陸ならではの感覚だろう。

 水の音に気付いた魏軍の守備兵が「敵襲! 敵襲!」大声で叫んで鐘を鳴らした。夜明け、地平線から太陽が姿を見せ始めると、傍のやつの顔が解る程度には明るくなる。


「杭を打てぇ!」


 侵入者に気取られている間に下準備をさせる。それは良いとして、亜麺暴王の水兵が川岸を守る魏軍と交戦を始めた。上陸するのには最初の一人が極めて重要だ、どうにかして這いあがる間に攻撃を防がなければならない。だが懸念はあっさりと消え去る、確かにあいつらは南蛮軍だよ。


「と、虎だ!」

「こっちには毒蛇もいるぞ!」

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