第169話
やれるものならやってみろ! それに限らず、世界中に俺を恨んでいる奴が四桁単位でいるだろうな。顔を知らずに何と無くとなれば五桁も充分ありえるか。赤い伝令旗の騎兵がこっちに走って来るな、どこのだあれは。
駆けて来る伝令が本陣中央にやって来るまで誰何されずに一直線、時間の短縮になっているのは確かだ。騎乗したまま『帥』旗がある真下までやって来ると、こちらの姿を見付けて寄って来る。
「申し上げます! 北東の県を抜けられ洛陽が魏軍に包囲されております!」
封鎖を抜けられたか! だが羅憲は降伏などしない、力押しされるにしても月単位で抵抗を続けられるはずだ。洛陽市民もあいつの人となりを知れば、裏切るよりも静観するのが多いだろう。
「状況を詳しく説明できるか」
「母丘倹武威将軍が北部山地を抜けて洛陽盆地へ侵入、挟撃を避ける為に呉鎮軍将軍が防衛線を変更し、東部山地に陣を敷きました。洛陽の包囲は未だ緩く連絡は可能です!」
母丘倹というとどこのどいつだよ、全く次から次へと。参軍らをチラッとみると黄参軍が進み出る。
「それは幽州刺史の母丘倹将軍です。先代が曹操に仕え、爵位を継いだ者。帰順した異民族ですが、曹叡との関係は非常に良好とのこと。優秀で文武の才に秀でていると聞き及んでおります」
優秀か、そういうのしかいないのかね魏は。あれで上層部に血縁武将が居ない実力主義だったら俺はとうの昔に負けていた。組織の最盛期というのは初代から二代に移るあたりなものかね。
「新安方面へは?」
「一軍を送っている可能性はありますが、主力は洛陽にございます」
そりゃそうだ。新安などどうなっても関係ないからな、こっちには大ありなんだが。それに石苞のやつなら水上を行くはずだから心配はない、機転もきくしな。洛陽が不意に陥落しないように備える役目は呉将軍か、まあなんとかするはずだ。
「わかった、下がれ」
俺がやることに変わりはない。空を見あげると雲がかかって来たように思える、占いも的中するとそんなものかと思えてくるものだな。大雨前提で動くとして、この数を屋根の下とはいかん。
「グエンタイン、大雨が来る、兵がずぶ濡れになるな」
「ノンでは役に立たない。数日なら雨に塗れても平気だが、体調を崩す奴が混ざって来るな」
あの三角帽子、弱い雨なら便利なんだけどな。手持ちの布を屋根代わりにして凌がせるにしても、寝床は最悪だぞ。可能な限り兵は乾いた状態にしておきたい、作業中はまだしも寝る時にはな。
「布があるから一部兵を先行させて屋根がある場所を設置させよう。寝床はどうする」
総大将が話題にするようなことではないといった顔が参軍らがしているな。だがその感覚は違う、俺は司令官であり指揮官でもある。現場のことだって知っているからこその指示を出す必要があるんだよ。
「俺の兵は網を張って寝かせる。偶然廃墟の城でも無ければ野営になるが、どこか街を落とした方が都合が良いならそうすべきかもな」
ふむ、地形や工事にばかり比重を置いては雨で弱るか。襲撃には弱くなるが全軍を外に置くのは今一つだな。少しでも家があるなら分散して交代でもいいから休ませるか。
そうするにしても守りは必要だ、ベトナム軍をバラすと言葉の面で指揮が執れなくなって参るだろう、かといって俺の兵だけ休ませて良いかどうかはあるぞ。
「一つ尋ねる、率直に答えて欲しい。グエンタインの兵だけで防衛可能だろうか」
「それは一時的な襲撃を支える意味でか?」
「そうだ。工事中の間、俺の負傷兵を休養させたい。全ての負担を強いることになるのはどうかと思ってな」
駆け引きなんて無しだ、大問題としてこいつらは出来る出来ないの判断が苦手なんだよな。民族意識というか、計画通りに動こうとして能力が不足するのに気づかないことが多いんだ。逆に恐ろしい程の粘り強い継続意識とかがあったりだ。
「任せろ、その為に俺達はここに来ている」
やると請け負うか、自意識が高いんだから無理とは言わんだろう。
「難しい場面が来る前にこちらの兵を招集出来る体制は作っておく。だが、ご覧の通り歩くのも辛いのが混ざっている、休ませてやりたいんだ。越南軍を頼らせて貰うぞ」
「ああもう充分戦ったんだ、戦士に休息を」
速やかに手配をすべきだな「陸司馬!」李項は偵察情報の収集と全軍の統率把握で大変だろう、いつも近くに居るのはこっちだ。速やかに傍にやって来ると「お呼びで!」一礼して胸を張る。
「うむ、越南軍に雨よけ用の布を配布するんだ。それとこちらの負傷者を休める為に集落をいくつか制圧する、緊急招集体制を作っておけよ。防衛を越南軍に任せるが、司令部はこちらだ」
「御意。直ぐに手配いたします!」
あの説明で大体わかるのが凄いよ、長年側にいるからこその理解だと思うね。そういえば土木工事用の道具って数がいくらあっても足らないだろうな。スコップが一番欲しいところだぞ。
「そういえば、兵が飯をたらふく喰えたと満足していた。喰えさえすれば奴らは不満を持たん、より働くだろう」
「せめて食べる位させられんとな。そうだ、帰国の際には俺の領地から旨いものと酒を持たせるよ、土産物だ」
敢えて先の約束をしておく、こいつは俺が兵の頃によくやったことだ。ちょっとした楽しみが先にあるだけでも気分が違う。
「それは喜ぶな。あいつらは純粋なんだ、目をかけてやれば頑張るし、理不尽なことには抗する」
「そうだな、家族を愛して友人を大切にする。良く働き良く休み、毎日を感謝して過ごす。気の良い男達だ」
過去を振り返り個人的な気質のどれだけ善良でわかりやすいかを思い起こす。これが集団になり、政府や軍になると別だが、一人ひとりは善人なんだよ。まあロシア人でもそうだが。
「ダオ将軍が俺達の同胞なことが分かった。越南軍は全力で味方をするぞ!」
満足そうな表情を浮かべてグエンタインが頷く。
◇
激しい大雨が地面を打ち付ける、これでは戦闘にはならんな。土木工事はそれでも行われているが、掘った先から水浸しになるのではかどらないことこの上ない。負傷者の急用には丁度良いが、これではどうにもならん。
「これが長続きするのか」
見上げて顔を曇らせる。一か月も続けばこちらの食糧が尽きて戦争どころではなくなってしまう、それまでに全てのケリをつけなければ。四苦八苦して溝を切ってはやり直しをしている、一応丸太の用意あたりは数が揃っては来てるな。
「大将軍、ここ数日の作業で事故が複数起こっております」
「黄参軍、人工の集まり具合は?」
「それが、この悪天候で人を集めての演説も出来ずに今一つでして」
話を聞きに来る数が少ない、そうもなるな。やはり素人集団ではこうなる、解ってはいたが石苞待ちか。宛まで駆けて水上を新安へ向かい説得、こちらに回って来るまでには七日か八日は掛かるな。あと数日は待機で流すしかない、間に合うか?
「申しあげます、石将軍が帰還しました!」
「なんだと?」
早すぎるぞ、失敗したか。こいつは別の策を考える必要があるな。武具をガチャガチャいわせて石苞がやって来る、隣には線が細い小柄な若者。
「大将、士載の奴を連れて来たぜ!」
「なんだと!?」
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