第168話


「概要を説明するぞ。許都を流れている河を三本とも無くす、近隣の別の河に繋げる土木工事をしてな。人工は俺が徴募するがこれを指揮する者が必要だ。お前は宛に走りそこで鐙父の母親に会って、息子に蜀へ力添えをするようにとの手紙を書かせろ。それを持って新安へ向かい鐙父を説き伏せて工事の指揮を執らせるんだ」


「……流れは解った、確かにあいつと話すなら俺が適任だな。で、手土産はなんだ」


「うむ、蜀の大司農典農将軍として迎える」


 そんな将軍号はないから雑号だ、土木を司るのが大司農だから将軍はついでだよ。中郎将でしかないなら大出世だろ。


「それなら上手く行くはずだ。で、俺は?」


 そりゃそうだな、功績をあげれば昇進してしかるべきだ。ここで必須の人材を用意出来るからこそ勝てるならば、充分な働きだ。


「蜀には前後左右の将軍が揃っていない。前将軍には姜維を就けるつもりだからな、すると東が空く。安東将軍と大司農なら同格でいいだろ」


「あ、安東将軍! よっしゃ、文句はない。全ての関所は通行自由でいいんだよな」


「俺の軍旗を持っていけ、節も預ける。騎兵も百連れて行けよ、替え馬もだ。馬謖に会ってから速やかに出ろ」


「わかった!」


 挑戦的な笑みを浮かべて幕を出て行った。いくつ飛ばしで官位を駆け上ることになるか、だがあいつには戦略の才能がある、そのくらいの地位があった方が伸びやすいのは事実だぞ。それにしても空手形を随分と切ったものだな。まあ俺が握っている官職をバラせばかなりのポストが用意出来るしいいだろ。


 そういえば俺はこの戦争が終わったらどうなるんだ? 別に官職はもういらんし、領地もいらんが、俺が受け取らねば下も受けづらいからな。しかし今より上は無いならどうなるんだ? どこかの王とかにでもさせられてもかなわんぞ。


 そもそもそうやって巨大な権力が別途あるから反乱が起こるんだ、そう言う意味では官職を全て退くのはありだな。劉協の側で相談相手になるだけの官職もあるんだろうから、それだな。


 朝になり丘の上から遠くの鮮卑を見詰める、動きは悪くないし数も充分だ。


「あれなら大丈夫そうだな」


 曹真軍を全て任せてしまい、こちらは先を急ぐとするか。兄弟が南部の制圧と城の包囲を行う、こちらは北部で徴募をしておくとするか。


「グエンタインに伝令を出せ、こちらと同道するようにと。あとグエンタインは俺の側で指揮を執るようにとな」


 本隊はもうボロボロだ、まともにぶつかればスタミナ勝負ではなく、体力勝負になってしまう。それでもここで引き下がるわけにはいかん。周りを見ても険しい表情で立っている者達ばかり、限界などどうの昔に越えている。


 宇山倉からの隊が合流してきている、兵糧は溢れかえらんばかりにマーボー王が抱えて来た、それらを南蛮軍と越南軍に分け与えると何せ数が数なので随分と少なく見えてしまうんだがね。


「李項」


「ここに!」


「許都から半円状に中距離偵察を出して状況の把握に努めるんだ」


「御意!」


 北半分をこちらの警戒範囲にするぞ、まだまだ在地の軍が残っているはずだ、これらに不意さえつかれなければ充分戦える。増援ありきの行動になっているがこれは総力戦だ、恥じることなど無い。


 越南軍が合流するまで待つとしよう。呂軍師のところにも顛末は届いているだろう、今日中に接触があるはずだ。問題は司馬懿のやつか、何もせずに戦場に居るだけなどと甘いことはしてこないはずだ。


「龍よ」


 自身の幕から劉協が出てくる、こいつも一緒に居て自然になって来たものだ。共に居る時間は短いんだけど、何故か馴染むんだよな。多大な苦労をしてきた背景がそう思わせるとかか?


「どうかしたか?」


「あまり良くはない報せだ」


 なんだ、こちらに伝令は来ていないが。劉協は独自の諜報網を持っているないはずだが一体? 誰かに情報を貰ったとかだとしても、どうにも流れが見えない。


「更なる友軍がやって来て、食糧難にでもなるのか?」


 現状一番大変なのは、自前の食糧を持たない友軍の参加だ。断るわけにもいかず、これを養うのも困難。包囲にこれ以上の兵力もいらず扱いを余してしまう。 


「占ってみたところ大雨が来ると出てな」


「占い? しかし大雨か、そいつは参ったぞ」


 そいつは想定外だ、まあ占術だってあっておかしくはない。しかしだ、干上がらせようってのに水が空から降って来てちゃ計算が狂うな。工事がやりづらいのは我慢するとしてだ、目的が果たせないのはいただけないぞ。


「長雨の卦が出ている。これは逆に好機かも知れぬぞ」


「ほう。というと」


「河をせき止めて置いて一気に流してしまう、城内も浸水するだろうし、土砂や丸太を流してやれば水門は破壊できる」


 水流はかなりの勢いを得るだろうな、水路は恐らくめちゃくちゃになり、壁も倒壊する。ここから兵が侵入出来るようならば正面決戦の様相を呈するか。もし攻め入れるならば勝ったも同然だが、河の水が落ち付かんと攻めるに攻められんぞ!


「当たるも八卦、当たらぬも八卦か」


 もし長雨が来なければ無駄なうえに食糧の消費もしてしまうことになるな。だが予定通りにしようとして雨が降ればやはり食い物が足らなくなる。さてどうしたものか。


「そこでだ、二段構えで行くというのはどうだ」


「……そいつは両方失敗する可能性もあるだろうな」


「かなりの土木技術と労力が必要になるのは事実だ」


 鐙父なら計画を実行可能だろうか? というかあいつが出来ねば俺の幕には出来る奴が居ないのだから、どちらかのみになる。労力は長雨になるならば戦闘にはならんだろうから兵士を充てれば良いが。


「ここにきて選ぶことが出来たのを感謝しよう」


「困難極まりないだろうがな」


「なぁに、元より楽に出来るなどと思っても居ない。出来ることはすべてやるさ」


 にやりと笑って応じてやる、すると劉協も強気な笑みを浮かべた。いかにして人を集めるかに掛かっているな、多大な報酬は口だけとはいかん。手形を切るにしてもそれで納得してくれるかどうかは疑問だ、せめて半数は銭で半数は手形といった感じにしないと信用がない。


 越南軍が来るな、こいつらを作業に充てるのは良くないな、異民族混ぜるな危険だ。長平の連中に地元民を説得して貰えたら助かるが、居住地同士の諍いもあるからな。董軍師の人となりを利用した方がうまく行くかもしれん、魏でも多少は名が知られている方がやりやすいだろ。


「ダオしょうぐん、おれきた」


 ベトナム語、どこまで行けるか解らんが意志の疎通はこれの方が良いか。言語の切り替えだ。


「グエンタイン、俺達は魏の首都の北側に陣取るぞ」


「越南語でいいのか? ダオ将軍、そちらの兵は負傷者が極めて多い、俺の軍が前に出るからそちらは中央で防衛だけをしていてくれればいい」


 移動をしながらの会話、道中暇をしなくて済みそうだ。こいつのひととなりも解って良いだろう。


「すまんがそうさせてもらう。運を天に任せて城から出撃してくる可能性もあるにはあるが、城外の奴らが攻めてくる方が百倍想像がしやすい」


「どこか河がある場所に一方を、残り三方は俺が引き受ける」


 なんとまあ勇敢な奴だな。ベトナム人は小柄だが協調性と忍耐力がずば抜けて高い。即応力もあり、精神面で強い。その体格のせいで力での衝突には弱いし、あまり技術力もない。あるもので何とかしようという考えは凄いがね。


「河が二本あってみたり、塞を築けたりは出来そうだ。構築するまでの流動的な瞬間が一番危険だろうな」


「それなら真夜中に移動を終えればいい。月明かりでも行軍は可能だ」


「うむ! ……確かにそれならば奇襲を受ける前に構築の時間を稼げるな」


 そういえばそういうのにも目が行くやつらだった。暗夜二十キロの彼方から進み、深夜に到着して陣地を構築出来るのは四時間から六時間か。それだけあれば土壁と木柵あたりならば作れるだろうな。柵は担いでいってもいいな、土嚢は向こうで作る方が良いか。


「河があるなら水壕を作ればいい、深さなんて無くても実際に足を入れねば解らない場所には攻めてこないはずだ」


 親指と中指でこのくらいで充分と深さを示す。それならば短い時間で作ることができるぞ、効果ははったりでしかないが。


「これを二重、三重にしておけば不気味だろう」


 俺が何かを言う前に被せて来た。浅くてもそれが幾重にもなっていたら障害になるな、こいつ中々使えるぞ!


「昼間のうちに寝ておくのと、握り飯を作っておけば準備はいいだろう」


「行きは水上ならば資材も楽に運べる、木材を先に収集しておくべきだろう」


 なるほどな、それはそうだ。土嚢も余裕で運べるようになったな、いやはやなんとも。


「俺の妻もそうやって気が利いたことを良く言っていたよ。息子ともども事故で失った時には虚しさだけがあった」


「どんな事故で?」


「政府への恨み言を言う奴らの巻き沿いさ。そんなのは直接言えと思ったね」


 グエン・ホアン・ニム、墓参りに行きたくなったよ。海の見える岬で眠っているんだよな。


「それでそいつらは?」


「見つけ出して俺がこの手で根絶やしにしてやったさ。地獄では先輩面して構わんってな」


「ダオ将軍は立派だ。家族を害されたものには報復する権利がある」


「俺もいつ報復にあうかわからんが、そういうものだと思って暮らしている。後悔はない」

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