第167話
劉協に判断を預ける、居ても戦いに参加ではないがその場に身を置くことが重要とも言える。後方で黙って待つのが全てではないぞ。
「漢民族がどこへ向かうのか、この目でしっかりと見させてもらうぞ」
真剣な表情でそう即答してきた、丞相の顔色をみてビクついていた頃が嘘のようだと自分でも感じていることだろうさ。ここで害されてはつまらん、親衛隊を専属護衛につけるべきだろうな。
「陸司馬、親衛隊百で劉協の護衛をするように手配だ」
「御意!」
部将の人選はこいつに任せれば間違いない、俺よりも部将をよく知っているだろうからな。一様にボロボロではあるが、それでもこれが一番だと信じている。甲冑を鳴らして幕の外に曳いてきている軍馬に騎乗した。
「前衛のグエン・タインに追いつくぞ、続け!」
重い身体に鞭を打って足を進める、決して状態は良くないがそれでも休ませずに動き続けるのはある種の緊張を保つためだ。ここで一日でも気を抜くと不覚をとるものが多数出てしまう、人間というのはそういう生き物だとしか言いようがない。
大鮮卑の部族が少し離れて同じ方角へと向かっている、士将軍は本営の後ろを二千でついてきていた。こいつは戦力とすべきじゃないな、一応同道してはいるが防衛しかせんだろう。やはり参戦している事実が大切といったところか。
「陽が暮れる前に野営地を設営いたします」
「陸司馬に任せる」
行軍はここまでだな、大鮮卑はもう少し進むつもりらしいが。補給は一か月なら考えなくてもいいだろう、やはり短期決戦だな。だからと許都を単純な力攻めとはいかん、どうにかして一本のくさびを打ち込む必要がある。
門の一つだけでも良いんだが、皇帝が鎮座する場所で謀反を誘うにはまだ勢力差が少ない。ん、待てよ、どうして魏軍には兵糧が豊富だと思い込んでいるんだ俺は。
「馬謖をここに」
近侍に命じると腕組をして待つ。直ぐに馬謖がやって来た。策についてのことだろうと、何かしら胸に持っているような表情でだ。
「これに」
「うむ。試みに聞くが許都からは二軍が出撃している、これらも手ぶらで出たわけではない。都にはどれほどの兵糧があるだろうか?」
表情を崩すことが無かった、恐らくは想定内の質問だったってことだろう。
「下問にお答えいたします。残る軍が三か月籠もるだけの量を備蓄しているでしょう」
そうだろうな、だが問題はそこじゃない。計算するんだ、成都よりは許都の方が人口が多いに決まっている。ならば籠城している軍で三か月ならば、市民を合わせたらどれだけ持つ?
「残る軍兵の数は」
「恐らくは五万以下でありましょう。全てを出したとは思えません。城壁の守備に四方一万、皇帝直属の騎兵が一万は居るはずです」
妥当なところだろう、城壁には三千から五千ずつしか上げられん、交代要員がたっぷりといることになるな。城郭の内側に二十万人以上はいるはずだ、五万人で三か月持つならば二十五万では半月以下、家庭にも備蓄はあるだろうが一か月相当で消滅だな。
問題は軍兵には喰わせても市民には食わせないということがあり得ることだ。食糧を減らすよりも水を断ちたいが三本も河が走ってるから土木工事をするにしても、二万そこそこの手では三か月は時間がかかる今回は無しだ。
「食糧の備蓄を減らしたいが案は無いか」
「お一つだけ。人道的な制約は御座いますか」
こいつ、まあいい。ここまできて非道はせんよ、だが案は聞いておくとしようか。
「無いと言えば」
「これから再考致します」
微笑を浮かべて俺の牽制を退けたか、どうやら性格を解って来たらしいな。考えすらしなかったと言われたらそこまでだ。
「枠内で可能な線を」
「それでは、周辺都市を幾つか制圧いたします。防備が無い県でも郷でも構いません」
「ふむ」
いくらでも落とせるさ、防衛隊も居なければ城壁も無いんだからな。だがどうしてそんなことを?
「そこから全ての食糧を奪い、許都へと逃がすのです。なんなら徴発として手形を発行しても良いでしょう」
「なるほど、食わせて減らすわけか。しかも逃げて来た民を見捨てれば皇帝への信頼が揺れるわけか」
逆焦土作戦だな、城に入るようならば工作員も一緒にだ。拒絶するならば流民はどうする? 近くの別の都市に逃げ込もうとするか、だがそこでも直ぐに溢れるな。
「食糧と交換で徴兵すれば雑兵が増えるでしょうが、こちらの兵糧が底をついてしまいます」
瞬間でもその兵力を活かすことが出来れば変わるか。だが訓練もしていない兵を攻撃には使えんぞ。うーむ……待てよ、こいつらを土木工事に使ったらどうなる?
奪った兵糧をそのまま与えて労働力を一時的に確保、その後は解放してやれば近隣都市に流れるか。
「馬謖答えろ。近隣地域を制圧、食糧を全て徴発し手形を渡す。許都へ追い立て受け入れれば良し、そうでなければ食糧と交換で土木工事へ従事する者を徴募する。許都を走る三本の河の流れを変えて城内を通らないようにしてしまう。城内が干上がるのはいつ頃だ」
目を細めて時系列を計算する、実務的にどうなるかを擦り合わせて。
「制圧には各所で三日もあれば。許都に群がるのは遅くても五日後でしょう。それらを北部へ送り工事をさせて完成させるのは十万人で二十日、二十万人で十日あれば。干上がるのは四日の後とします」
「二十万人で上手く推移して二十日後には籠城が崩れる、だが十万人しか集まらねばこちらの兵糧が尽きる。一度でも工事を邪魔されても一緒か」
不安定だがやってやれないこともない、か。まてよ、これは両立出来ないか?
「北部は銭を支払い工夫を集め工事を行う、南部は制圧をする。十万が集まればこちらの兵糧が尽きるよりも五日早く干上がるな」
「それでしたら、初めから全力で人工を雇い工事に専念すれば二十万ならば集まるでしょう。それらに十日払うも、十万に二十日払うも金額は変わりません」
だな。こうなると土木工事のエキスパートが欲しいが、あいつは素直に従ってくれるだろうか? いやこんな時の為にこうしてきたんだ、必ず力になってくれるはずだ。
「わかった。宇山倉に行ってる石苞を大至急ここへ呼び戻せ、近くに来ているはずだがな」
「畏まりまして」
さて、こういった場合の官職はなんだったかな……確か大司農といったか? 誰か蜀でその地位にあったかな。聞けばよいか。参軍らを呼び寄せて尋ねる。
「蜀の大司農の官に在る者は誰だ」
黄参軍が進み出て「秦微殿でありましたが、昨年死去して以来は空席に御座います」聞いたことが無い名前が出て来た。居るには居たんだな、まあ死んでしまっているならむしろ好都合だ。
「これを上奏し任官させるにあたり懸念はあるか」
誰がその官職に就くかは不明のまま、黄参軍が回答する。
「島大将軍の上奏とあらば問題はないかと存じます」
「わかった、いつも知らないことを教えてもらえて助かる」
皆が畏まり幕を出て行った。本気で助かってるんだぞ? それから数時間で慌て気味に幕に入る者が居た。
「大将、遅くなった!」
「来たな石苞、特命がある」
傍らにある水が入った湯のみを渡して飲ませると、空っぽになった器を手近な場所に置く。
「俺じゃなきゃダメなんだよな?」
「当然だ、だからお前を急ぎで戻した」
「おう、何でも言ってくれ!」
やる気充分だな、決して簡単な道のりではないぞ。だが出来ないことも言いはせんぞ。
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