第166話

 南蛮大王と蜀の大将軍の関係性を見せつけられる、こうも強固だと離反を誘うのも現実的ではなさそうだと思わせる蜜月ぶり。逆にいえることは、島介という存在を消し去れば蜀は空中分解するということ。


「なああんた、素利についてはどうするつもりなんだ」


 骨進が軻比能を見てからこちらを見る。それな、原因は俺も一枚かんでいるんだ何とも言えん。だが統率をしくじった責任は当然単于である軻比能の失態だ。


「俺は誰が向かって来ようとどうもしないよ。こいつらにもいつも言ってる、勝てると思ったらいつでも寝首をかきにこいってね」


 陸司馬や配下の将軍らを流し見てそんなことをうそぶく。一瞬の沈黙の後に孟獲、軻比能、泄帰泥などその場の異民族らが大笑いする。


「これだ、だから俺は兄弟が好きなんだ!」


「まあ、お人好しもここまで来ると呆れて強くいえんか」


 儀礼に凝り固まった清流派の士には受けが悪いだろうが、俺はこちらのほうがあってるんだよ。談笑ばかりもしてられん、長平に入城していては時機を逸するな。


「陸司馬、行軍不能者は長平に置いていく。残りを新汲へ向けて行軍させるぞ」


「御意。出発は明日で?」


 陽はまだ高い、暗に休ませろと言ってるわけだが、今回ばかりはそれを聞くわけには行かん。


「一時間後だ」


 それ以上のやりとりはしない、速やかに糧食や武装の補給を行い、越南軍を五キロ先へ向かわせた。


 一時間のうちにやるべきことは山とあった。部内のことは全て陸司馬に丸投げし、士将軍を含めた異民族らとの情報のすり合わせでは馬謖を傍に置く。話をしているうちに長平から馬車がこちらにやって聞きたと聞かされる。


「龍、良くぞ無事で生きていた!」


 幕の中が別人種ばかりで少しばかり面食らったようだったが、怖じずに一人で踏み込んできた。孟獲がギロリと睨んでも、胸を張り堂々と真っすぐ視線を向ける。


「兄弟、こいつは何だ」


 文官が嫌いなのはわかるが、初見で喧嘩腰になるのは良くないと思うぞ。ふむ、と小さく頷いて立ち上がる。


「紹介する、俺の友人で劉協だ。暫く漢の皇帝をしていたことがあるらしいが、今は無職だ」


「皇帝が職業だったとはついぞ知らんかったな。朕は劉協、今は龍の友人としてここに在る」


 ほう、あれから随分とふっきれたものだな、表情が明るい。それに貫禄がついている、環境次第でこうも大きくなるとはな。異民族の連中も意外な表情を隠しきれんか。


「ほーう兄弟の友人ってなら俺とも友人ってことでいいな。俺は南蛮大王の孟獲だ、元皇帝とは面白いな!」


「あんなつまらん仕事は無いぞ、ここでこうやって話をしてる方が万倍面白い。それにしても南蛮大王とは立派な体躯よ、民もこのような王を戴けて誇らしいであろう!」


 率直なやりとりにお互いが大笑いする。こいつはいい、もしかすると長平に置いていくよりも同道させる方が?


「軻比能だ、これが皇帝だと? どうやら漢の魔窟は相当酷いところらしいな」


「生きているのが辛い程に地獄の様相を呈していたのは事実だ。鮮卑は開放的で見るべきところがある、朕もそうであればと悔やんだことがあった」


 それぞれが挨拶を交わすと自然と劉協も席に就いた。そういうことならこの体制で動くとしよう、俺はどうでも構わんからな。


「大軍を長期動かすことほど無駄は無い。俺はこのまま許都を落とすまで進もうと考えている、皆はどうだ」


 皆、と言っても実質軻比能にだけ問いかけているわけだが。何せ孟獲は先頭にたって飛び出しそうな勢いだ。


「都を攻めれば外に出ている軍も引き返して来るわけだな、それを迎えうつのも出来る」


 軻比能の考えは増援は現地に向けるのだけがやり方ではないのを示しているな。


「囲魏救趙の計で御座いますね」


「馬謖、それは?」


 こいつは知識はあるからな、それを使いこなせるかどうかは別の話ではあるが。


「今回の場合、魏が許都で趙が鐙将軍らのことになりましょう。大きな圧力を受けている鐙将軍らを救うには、直接そちらへ軍を向けるのではなく、都を包囲して敵を分裂して戦う方法です。退くにしても全軍一斉とはいかぬので、確実に分断出来ましょう」


 そういうことか、その通りだな。ではどうやってそれを実現させるかまでここで付け加えられたら、充分司令官としてバラ売り出来るんだがここまでなんだよなこいつは。


「逃げた魏軍を無視して許都に向かえばいいだけの事だ。そいつは俺がやる」


「曹真軍は新汲あたりに本営を置くだろうから、それを右袖にして直進したら脇腹を食われるな」


 戦闘隊形を保って移動出来る程道が整備されていない。お互い様ではあるが、精神的な面でな。ベトナム軍は俺の護衛部隊に編入するとして、鮮卑がどうするかについては軻比能の考え一つだ。あれらは友軍のように見えてそうじゃない、同道しているだけの敵の敵だ。


「東西を結ぶ街道は二本御座います。南蛮軍が南の街道を移動し、曹真軍を防ぐ側が北の街道をゆくというのはいかがでしょうか」


 馬謖の提案に軻比能の表情が鈍る。そりゃそうだ、南蛮の支援軍のような扱いは下に見られるわけだからな。そういうとろこに気が回らないのは仕方ないが、吐いた言葉は元には戻らん。ということは別案が必要になるな。物は言いようというのを教えてやるとするか。


「何も待つことはない、本営を食い破ればいい、どうだ軻比能単于」


 こうやって挑発半分で勇気を示させてやるのが呼び水だよ。俺には出来んなどと言えないのが面子ってやつだ、断る位ならば最初からここに居ないからな。こちらの狙いを解っているだろうから、何かしらの要求をしてくるはずだな。


「我等が参戦しているのは同胞の命を奪われたから。その命令の大本である、曹叡の首を貰えるならば受けてたつ」


 皇帝の首を所望ときたか。頂点は生かしてこそ役に立たせることができるんだが、認めなければ面倒なことになるな。さてどうしたものか。


「おう軻比能の、お前がそれでいいなら俺は構わねぇが、そんなんで郷の者達の腹は膨れんだろう。いいか、数は力だ! しみったれた首よりも、しまいきれないくらいの穀物の山をせしめたらどうだ」


 孟獲が多くの部族を従える大王としての発言をする。それならば俺は飲めるが、軻比能はどうなんだ?


「単于、我が族では冬を越えるだけの食糧が心もとない。戦で死傷者を増やせば、来年以降も働き手が減る」


 泄帰泥が気弱ではあるが現実を見た発言をした。こいつ、俺に恩を売るつもりでいいやがったな、まったく。まあこれで部下の意見を尊重するって形で選択肢が出来たわけだから、軻比能も悪いとは思うまい。


「うむ。大鮮卑を富ませることこそ単于の存在意義。蜀は俺にどれだけを約束する?」


 馬謖が顔を近づけて「蜀の国庫では百万石が限界でしょう」大雑把な指標を提示した。百万石というと二十七万トンか。命がけでこれだけの大軍勢を率いてそれは渋すぎるな。


「大鮮卑の戸数、いや族の人口はどれほどだ」


 軻比能は泄帰泥やその他の大人を思い浮かべ計算をしている、蜀で百三十万から百七十万人の間位だったか。貧民は数に入ってないがね。


「乳飲み子から老体まで含めて百五十万だ」


 馬謖が眉をひそめた、盛ったな。泄帰泥も平静を装っているが作ってるのがバレバレだよ、伊達で軍の司令官を永年してないさ。


「蜀で出せるのは百万石だ」


「それでは一年と食わせることが出来な――」


「だが、島介として俺個人が別途三百万石を用意する」


 被せ気味に言ったが、確か中県だけでもそれ以上収穫があったはずだ、未だに不思議でたまらんのだが皆は何に歳入を使っているやら。


「やはり蜀に島将軍在りとの噂は間違いないようだな。約束は必ず遂行するというのも聞いている。よかろう、大鮮卑が総力をあげて曹真軍を引き受ける!」


 今まで黙っていたが烏丸の骨進も「代烏丸は領地でも構わんが」同じように食糧ではひずみが出来るのと、大変だろうからと土地を要求して来る。そっちはどうとでもなるからな。


「馬謖、代を含む周辺三郡の戸数は」」


「ははっ、広陽、上谷、漁陽あたりならば凡そ五万戸かと」


 住んでいても登録してるのは三十万人か、なら飲めるだろう。反発するような官僚は俺が黙らせればいいさ。


「代烏丸単于骨進に、代と近隣郡を割譲し代王を認めるよう上奏する」


 幕に陸司馬がやって来て「行軍準備が整っております」一時間たったことを知らせて来た。ベトナム軍は先行している、軻比能が曹真軍に対抗出来るとわかれば俺は都に向かえばいいし、無理そうなら増援する。


「では行くとしよう。骨進単于と赫雷単于は俺と共にな」


 騎馬兵の比率が高い二つの部族だけを手元に置く、他は基本各自で行動にしかならんだろう。それぞれが目線を合わせた後に席を立つと幕を出て行った。


「龍よ、朕はどうすべきだろうか」


「長平に残ってもらうつもりだったが、見ておくか実戦を」

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