第143話

「成都では李厳将軍が皇帝陛下を擁して反乱を起こし、丞相が対抗。我が君や丞相の職を解いて政権を手中にせんがために暗躍中です」


「八方ふさがりにか聞こえんな」


 偽報告があったが孔明先生なら独力で奪還可能だ、どんな犠牲を払うことになるかまではわからん。


「広域情報が御座います。遼東の公孫淵が中央よりの援軍命令を拒否している様子」


「ほう、地方の一部が離反というわけか」


「あの地域は前々から朝貢して官職を与えられているだけの、形だけ臣従している地域故不思議は御座いません」


 一応従っているわけか、まあそれでも版図の一部と言える方が箔が付くわけだ。他所から見てもわからないから、効果はあるな。なにせ俺がすっかり気づかずにいるくらいだからな。


「そういえば曹植と于圭の件は」


「長安から洛陽へと移動させ、魏の行丞相として曹植を認め、臨時政府を樹立させる手筈に御座います。于圭が行鎮魏大将軍とのこと」


 他と被らない様にしてそれらしい号を代行しているってことか、その属性が奇貨というやつだ。


「馬金大王、鳳珠羽空王らが全く姿を見せんのだが、どうなったか知っているか?」


 途中ではあったが疑問を解消すべく段下の巨漢に尋ねた。幾ら遅くても連絡位は出せたはずだからな。


「伯父貴、鳳珠羽空王は許都の傍でうろつかせてる。あれだ、兵を釘付けにしてる感じだ」


「ふむ……では歩兵は」


「担々王が率いて、姉御のところに行ってたはずだが」


 姉御? ……ああ、銚華のことか。そういうことになるのか?


「旦那様、担々王の南蛮歩兵ですが、寓州城に入り残存の中県兵を保護しておりますわ」


「なんだと! そうか……よくやってくれた銚華。良かった、あいつらをむざむざ見殺しにせずに済んだ、本当に良かった」


 中県に長いこと住んでいるからこその申し出なんだろうな、白鹿原には何王が行っているやら。やはり狭いところで戦闘に入ってしまうと全体指揮へのマイナスが大きすぎるな。本営は戦うものじゃない。


 陸司馬が「発言をお許しください」進み出てきたの許可した。というか言いたいときに言えば良いのだが、こいつらはほんと格式とかそういうのが大事なんだな。


「呂後将軍にお考えをお聞きしたく」


「何だろうか」


「丞相ならば呉の裏切りを予見なされていたでしょう。されば此度の対抗策はどこにあるのかと」


 それな、難問だよ。こんなことまで呂軍師は解るんだろうか? いや、きっと答えを知っているんだろう。


「確かに丞相はこうなるであろうことを事前に私にもお話下さった。案ずることは無い、策はあると」


 おお、とどよめきが。ついでに俺もざわざわしたかったが、態度に出すのは最後にしよう。もう一度ここで考えてみたが、呉の勢力を打ち消せるような案件が思い付かない。


「呂軍師はそれが何かを知っているのか?」


「実現するかはともかくとして、予測はついております」


 ほーう、さすがだな、俺はさっぱりだ。まさかここでこちらに話を振っては来ないよな、というかそういう切り返しは勘弁だ。


「我が君ならばおわかりのはずでは?」


 意地悪だな、わからんといっているだろう。だからとそれでは恥ずかしいだけだ、ここはロシアが誇る消去法で行ってみよう。


「魏を割るということではない、既に北部の異民族が動いている以上それでもない、蜀にはこれ以上兵は無い、南蛮軍ならば俺が兄弟に聞かされているからこれもない。西部の異民族はやはりここに居る、東には海が広がっているだけだ。つまりはそれ以外のところからということだな」


 うむ、はっきりいってまったくわからん。それらしいように聞こえている奴も、呆れている奴もどうせわかっていないんだろうがね。


「その通りに御座います、流石御慧眼であらせられる」


「う、うむ……」


 どういうことだ? どこからとも無く軍勢が湧いて出るって答えはないぞ。


「程なくして呉は再び旗幟を変えるでしょう、策略とはまさにこのこと。ですが可否は我が君が許都を攻められるかどうかに掛かっておりました、周辺の五要塞都市に軍を置いた時点が恐らくは判断の境目かと」


 うまく行っている……ということなのか? 後で二人きりの時に聞くとしよう、本当は今知りたいが皆には明かさない方が良い内容なのかも知れん。


「これからのことを論議するぞ。南方軍の張遼がやって来ると言う話だが」


 逃げている最中に出くわさなくて良かったよ、どうせすぐに現れるんだろうがね。名将の中の名将、恐らくは軍を率いさせたら魏でも三本の指に入る。一人は司馬懿、もう一人は文聘だと思っている。夏候何某やら曹何某にこれといった武将は居ない。


「前線を離れて行軍を始めたのは聞き及んでおります。ただ、この時点でこちらの斥候に掛からないということは、荊州・永安方面へ向かったのではないでしょうか」


 ふむ、あるいは東回りか? いや、ここで東に行く意味がない。魏延の方へ向かったのならば、姜維の陣は維持出来んだろうな。それはつまり本陣が干上がることを意味している、直接戦うだけが援軍ではない。


「魏延は良いとして姜維は厳しいだろう」


「包囲されてしまえば任務を遂行できないばかりか、脱出不能になる恐れも。あの者ならば速やかに離脱しているはずです」


 それが最善だろう、無理に確保し続ける場所ではない。補給が減るのは厳しくなるが、兵力が一方的に失われては同じように意味が無くなる。好みではないが現地調達という手もあるにはあるんだ。いずれ魏延の指揮で動くんだ、異動を掛けなければこちらで出来ることは少ない。


「呉が再度心変わりをする、呂後将軍のお言葉通り、丞相は私にも秘策ありと仰りました。そして恐らくはそのようになるのでしょう。背を気にすることなく首都を攻めるのであれば、郡や州をまるごと占領してとの戦い方もあるのではないでしょうか」


 馬謖が戦略方針の変更を提言してきた、長期戦の構えか。これについて掘り下げてみるとしよう。


「皆の考えを聞きたい」


 幕に連なる武将らが目線を交わした、みなここで次の方針が決まることを知っているからだ。大規模な軍略、さすがに若い参軍らはおいそれと口に出来ない。物怖じしなかったのは石苞だった。


「魏に策源地を求めれば補給のかなりが解決するはずだ。魏より税収を低くしてやるだけで、お互い嬉しい結果だろ」


 そういえば俺の領地では三割だが、他所では八割九割って話だったな。当然魏でも漢の系譜を辿っているんだ、似たり寄ったりなはずだな。


「公領や邑などでなければ八割の税収がほどんどでしたよ。河南でも私のところは国に四割、州と郡県に五割というところでした」


 孫礫が食うに困ることなど普通のことで、野生動物を狩ったり山に入ったりで何とか満たしてきたと言う。


「このご時世、どこの国でもそう変わりはないでしょうな。朝廷でも概ねそのような感覚でした」


 董遇もかつてのことを思い出し、友人から聞いた話を披露する。七割の租税で済む地域など稀で、恵まれていると断言出来た。何せ残るモノが一割と三割では三倍の差があるから。


「ご領主様が治められる中県、かつての中郷では封じられて以来一貫して三割の租税のみ。酷吏あらば即座に更迭され、規定以上は取らない方針。相手が何者であろうと約を違えぬ姿勢は魏にも轟いております。住民も受け入れるのでは?」


 李項の発言に、中県勢が大きく頷く。魏の一般市民がそこまで詳しく知っているはずはない、知らねば喧伝するだけとか鄭度あたりは言いそうだな。あまりの長期戦は孔明先生の寿命問題が出て来るんだが、ここではそれを話題には出来ん。


「敵の言葉を素直に信じるほど、魏の民も甘くはないでしょう」


 費詩が現実的な見通しを述べた。俺もそれに賛成だよ、こいつらはどうにも夢見がちなんだ。実際、魏帝が全て安堵するし、戦争もなくすから武装を解いて平和に暮らしていこうって言っても信じないからな。


 意見があるものは言葉にし、ないものは口をつぐんで中空を見詰めるのみ。結論を求めていたわけではないが、他人の口から聞こえるだけで客観的に考えることが出来た。


「皆の意見は解った。呂軍師の言葉を聞きたい」


 それまで話に加わることなくじっと耳を傾けていただけの呂凱に問いかける。みなもどういう考えを持っているか気になっていたようで黙って見詰めた。


「蜀が魏と戦うならば、州を平定し民を安んじ対峙するのは至極真っ当で臨むところかと」李兄弟らを始めにし、主張の賛成派が顔色を明るくした、が「ですが、大鮮卑に南蛮、西羌に呉という多数の集団が同じ方向を向いてられるのはそう長くは無いはず」


 その見立てに衝撃が走った。こうやってどうするかを選べているのには、様々な外的要因があってこそだと思い知らされる。自転車は走っているから安定する、そういうところだ。


「では呂軍師はどうすべきと」


「不安定こそが最大の勝機であります。ここで腰を据えずに、打って出るべきでしょう」


 人は安定を望み、損失を嫌う。多大な血を流し、出来るかどうかも分からない望みを叶えようとするのは、最も忌避されるべきこと。それを為そうとした者にだけ与えられる称賛は、狂気と紙一重なのかもしれない。


「俺の師匠がかつてこう言った。その師匠も更に先輩からそう伝え聞いていた。可能ならば行え、不可能ならば敢えて行え、と」


 外人部隊の志の一つだ、前進か死か、それも同じだ。挑戦し続け、常に勝ち続けろってことだ。負け犬に陽は登らない。それらしい提言が出て来た、孔明先生の死に関連を持たせずに思う通りの道へ行こう。


「戦とは国家を疲弊させる、ゆえに短ければ短い方が良い、これは当事者としての真理だ」


 これが他者ならば逆に長引かせると言うことがありえる、それこそが世界紛争の目的とすら言えるからな。だが蜀は戦をし過ぎている、勢いを失うわけには行かん。


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