第139話
後方で戦闘の音がある、誰が戦っているかは考えるまでもない。休んでいる時間はなさそうだ。歩兵が汗だくでへばってしまっているが、切り結んでしまえば移動が出来なくなる、少しでも距離を稼ぐために速度を速めた。
潁具の城兵が阻止線を築いていなくて助かった、少数でも足止めに専念すれば時間を食うからな。月が照らし出す微かな光、右手の方に竹林が茂った小高い丘があった。
「あれは」
「小需丘です」
L字に走る小川、低いとはいえ丘、北と東の二面ならば築城の仕方で三倍を支えられるか。ここで足を止めるべきか否か、あまり許都から離れるのも良くないからな。野戦で十万を相手には出来ない、どうする。
目的を定めるんだ、本営は時間稼ぎの為に戦っている、あのままでは寓州城は一日持たなかっただろう。ここに陣を構えれば、魏軍が到着するのは明日夜、攻撃は明後日で丸々一日稼げる。
「全軍あの丘に陣を構えるぞ。竹を伐採して守りを固めろ」
「ご領主様、それでは三日と持ちません」
「それで構わん。ここ一日か一日半で軍が到着すると見ている」
強い口調で断言した、それを聞いていた参軍らが苦い顔をする。
「そのような報告は上がっていませんが、何か情報が御座いましたでしょうか?」
郤正が不安丸出しでそう言葉にした、言わんとすることも気持ちもわかるぞ。
「これは俺の勘だよ」
余裕の笑みを浮かべてそう応えた。開いた口が塞がらない郤正を横目に、費参軍が「苦しい言い訳を並べられるより結構ですな!」笑って受け入れる。
「各部隊は八方向に別れて築城作業を行え!」
陸司馬が命令を下した、親衛隊は中央に場所を占めると『帥』旗を掲げる。さて、そうはいうものの他力本願この上ないな、だが俺は自分を信じて仲間を信じる。苦しい戦いなのは元より解っている、綱渡りの二度三度なくて魏に勝てるはずがない!
仮眠のお陰で行動力がやや下がりづらい、朝日が昇るまでに大雑把な外見の砦が出来上がる。竹と土の壁が出来て、水濠が一部出来ただけ、中心部は戦いながら手掛けようという突貫工事。屯騎兵団が多くの敵を引き連れて北部から回り込んできた。
「弓兵、曲射準備! いいか少し後方に落ちるようにしろ、半数は通しても構わん!」
陸司馬が不在の李項に代わり防衛の全体指揮を行う、校尉らも王連隊の無事を願って文句は言わない。
「いまだ、放て!」
数百が一斉に矢を放つ、空に黒い影が集まり魏の騎兵に降り注いだ。落馬する者が多数、無傷で突破した前衛もそれ以上追うのをやめて東へと進路を変えて遠巻きにする。騎兵団を収容すると直ぐに傷の手当てを行う。王連の姿を認めるとこちらから歩み寄った。
「王将軍ご苦労だ」
「殿を務められて武人として喜ばしいことです」
戦いに血がたぎっている、どうやら宮廷にあるような人物ではなく、武官が似合う人物のようだな。思えば李厳の裏切りがあった時も、俺の進路を妨害して要所に陣取っていた。武才があるのを認める。
「休んでいろ、ひと眠りしたら嫌でも戦いの連続だ」
微笑して解放してやる。どれだけうるさくても疲労で眠りに落ちるだろうさ。河から水を引いてきて、防火用にするとともに、飲料用を取り分けて置く。本気で二日しか守れんぞこれは。
接触部隊として魏の騎兵団が三か所に別れてこちらを監視している、交代で休みを取らせていると、日暮れ前に魏の先頭歩兵集団の姿が見えて来た。当然のように『郭』の軍旗が翻っている。
「武将が足らんわけでも無いだろうに、よく働く」
夜が来るまでに小需河を渡って要塞の北東に野戦陣地を構えてしまう、そのうち魏の後続が次々と姿を見せた。一軍で城を奪取して防衛についてとしても、まだまだ九万は居るからな。
「夜襲をしかけましょうか?」
陸司馬が腰を折って声をかけて来る。どうしたものかな、警戒していないわけがない、ここでしくじろうが成功しようが明日は総攻撃だろう。ならばわざわざ無理はしない。
「いや守りに徹するんだ。浸透してくる敵に最大警戒だ、十人程度の少数で忍び込んで火災を起こしにくるのが常套手段だろうな」
被害は何でも良いのだ、安心できない場所に居ると示されば。進撃路のつもりであけてある隙間、そこからこっそりと一人ずつこられてはたまらない。
「今夜は風が弱いので、笹の揺れでも気づけます。音に注意を払うようにさせます」
手段は任せて方針のみを決めると横になると寝所から外に出るように促した。こうしておけばあいつも寝るだろう、徹夜はよくない。早めに目を閉じる、途中何かしらの騒動があったようだが起こされることが無かったので大したことは無かったのだろう。
パッと目が覚める。どこで何をしていても、朝はいつもの時間に覚醒した、そういう生活をずっと送っているからだな。鎧ズレを防ぐ襦袢を着ると朝食の前に甲冑を着込んだ。寝所の外に出ると朝日が眩しい、直ぐに「おはようございます」陸司馬に声を掛けられる。
「こいつは色とりどりだな」
丘の上から見える四方全てが魏軍に囲まれている、解ってはいたが城壁があるとないとでは圧迫感が違う。
「凡そ十万です、地方の兵も合流しているようで」
「同時に攻めて来られるのは精々四万だ、それ以上は幾らいても変わらん」
ここを守るだけでのまやかしではあるが、実際そこまで違いはない。しかし、やはり魏は大国だ、自由に動かせる兵が近隣だけでもこれだけいるんだからな。蜀では全て集めても遠征軍はこれ位にしかならん。
かまどから登る朝餉の煙が無数に立ち昇る、見た目よりも多いのは昼に時間を取らないつもりで多めに炊いているのだろう。味方にしても余分に米を炊いているので、恐らくはノンストップでの戦いになる、交代がいるあちらは攻め手がかわるはずだ。
小一時間ほどもすると武装した魏兵が並ぶ、午前八時頃だろうか。こちらも合戦準備が叫ばれて、兵が持ち場に就いた。四方に包帯所と給水所がおかれていて、そこに握り飯も山にして置かれていて、塩気はかなりきつめにしてある。
矛を打ち鳴らし大声をあげて魏兵が威嚇してきた、士気を下げない為にも蜀がこれに応じて大声を出す。
「帝国に侵入せし賊徒を討ち取るぞ! 進め!」
弩を斉射して後に歩兵が簡単な盾を掲げて進んで来る、城攻めに使った矢よけというよりはただの遮蔽物だ。それでも一定の防御効果はあるようで、反撃の弩をいくらかは防いでいた。地続きのところは兵力を頼んで物量で、河はまず橋を架ける為に足場の確保に目標を定めていた。
いずれ架橋されるが、西と南はまだ戦闘が緩い。一方で北と東は始まった瞬間に大激戦、少しでも気を抜いたら押し込まれてしまう圧力をかけられていた。
四方に将を配置しているが、そこに追加で北と東にはかなりの数の部将を寄せている。ついでに即応できるように、本部も北東寄りで設置、総予備兵を待機させてあった。仮設の見張り台が二つ作られる、仮設といっても数か月は使えるだろう代物なので充分過ぎた。縄で括り付けられた梯子を登って、高みから周囲を見渡してみる。
「おお、見える範囲全て魏軍だな、こいつは凄い」
人の集まりが忽然と現れて、まるで繁華街のようになっていた。これだけの数が一気にここに滞在したら、環境の悪化は激しいな。魏も必要なんだ、河は汚染されないように使うだろう。月単位でどうにかするつもりならば、土木工事で河の通り道を変更する位はやってのけるが、今は攻め落とすのに集中するはずだ。
さて本当に二日持つかな。ダメなら全滅するだけだと、それ以外の未来について思考を発展させることに務めた。日が暮れてもずっと攻撃は続いている、途中で一度魏軍の前衛が交代したが、こちらは同じ面々が休み休み動いている。
「晩飯を与えたら交代で眠らせておくんだ、こいつは一晩中攻勢が続くぞ」
二度目の交代だが、魏軍は同じ軍が出てこない、どれもこれも新規戦力でスタミナ体力とも満ち溢れている。不公平なチーム戦なことに今さら文句はない。まだ指揮を執るべき時期ではないと、俺も仮眠を取ることにした。真夜中に起こすように言いつけて目を閉じる。
昼間のように騒がしい夜、あっという間に起こされてしまう。東北の一部が撤退して、防衛陣地が狭くなってしまっているのを報告される。徐々にこれが小さくなり、取り残されている場所は放棄して防御力を保ち続ける。下がる場所があるうちはそれでよかいが、早晩にっちもさっちもいかなくなってしまう。
「ご領主様、これ以上前線が下がると本営に敵が来る可能性が御座います」
選べと言う、前線を上げるか本営を下げるかを。どちらを命令するかなど解り切っていたが、やれといって出来るかはまた別の問題だ。
「総予備兵で拠点の奪還を行え、取り返した後に戻すんだ」
「御意」
すぐさま側近に命令を伝えると、待機している数百の親衛兵を出撃させる。道を空けるように先ぶれを出すと、暗夜なので歩兵を選りすぐり、守備兵の後ろに待機させた。
号令で戦列に隙間が出来る、同時に重装備の歩兵が一気に進出した。いままで守りで精一杯だた蜀が、突然押し返してきた。たまらず魏兵は味方のところへと逃げて行ってしまう。だが取り残された魏兵がいて、降伏した数人を捕虜に取る。
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