第136話

 城壁の上に居場所を移して外を見る。なるほど四万は大軍だ、騎兵隊の収容はこちらの責任だな。城内には土嚢や石垣が設置されていて、出撃する騎兵はその間を少数で通り過ぎていく。直進できないように互い違いに障害物を置いてあるからだ。


 城門が開け放たれると早足の騎馬が少し先の平地に出るまで並んで動き、そこからは中隊ごとに進んでいった。北営騎兵は八百弱が五つ、それに親衛騎兵が五百だ。あちらにも騎兵は居る、だが戦力は五分五分といった感じになるはずだ、野外ならば限定だがな。


「陸司馬、城門内に敵を入れての防戦になるはずだ、第一防衛線を決して崩されないように徹底しろ。城壁の上は最悪俺の本部が救援に向かえる」


「承知です。足が遅い重装歩兵を城門に固めておきます」


「目安としては順調なら三日、そうでなければ十日は独力で城を守り切る必要があるぞ」


 こういう時は大抵遅れるんだ、敵だってそうさせるのが当然の行動だからな。李項たちが三日月型の機動で以て、『蔡』の部隊に攻撃を仕掛けている、文官あがりという情報からだろう、ウォーミングアップでもあるか。士気が上がればより強敵にといったところ、相手を選べるのは機動力が高い側の強みだ。


 歩兵が中心の魏軍だ、四つのうちの一つだけが足を止めて交戦状態になる。残りはゆっくりと寓州城に接近して来る。三方から包み込むように城壁に近づいてくるが、ある一定の距離にまで寄ると矢が放たれた。黒い雨が集中して降ったかと思うと、次の斉射が行われ、それが再度行われる。斉射三連、魏軍は驚いただろう。


 味方の負傷者を引きずって後方へ退いていく奴らが結構いた。一度に射撃することで、対処の限界を越えてやろうとのことだ。避ける隙間が無く、守るに守れない箇所が出て来れば損害が大きくなる。


 混乱を起こして逃げ出さないのは将軍らが陣頭指揮をしているからだ、死人が出ようと粛々と前進して来る。


「持久戦になる、よく狙って撃て!」


 陸司馬が方針を決めると下知する。狙われれば死ぬ、それが伝播すれば籠城側が有利になるが、絶対数が少ないので押し切ればどうとでもなると受け取られてはかなわない。城壁の下に魏兵が到達すると、石を落とすことで最初の洗礼とした。熱湯をまいたり、砂を散らしたりして何でも良いので登ろうとする敵の邪魔をした。


「丸太を落とせ!」


 五人がかりで抱えてた切ってそのままの木を転がす。頭上からそんなものが降って来た側はたまらない、梯子から転げ落ちて圧迫されると即死した。高さはそのまま守る側の優位に繋がる、少数であろうと被害は少なく、ただ体力だけがすり減って行った。


 よほどのことがない限り初日でスタミナ切れは無いな。防衛指揮を部将らに預けて、望楼がある場所に居場所を移した。どうしても見えない場所で待っているのが嫌な性格なんだ。椅子に落ち着くと部屋の隅に陸司馬が起立したまま警備モードに切り替わった。


「お前も休んでおけよ」


「お気持ちはありがたく」


 いつものようにしているとの返答だ。それが良いならそうすればいいが、二人が同時に起きている必要はないんだがな。三日位はこれでも良いが、長引くならばやはり二交代にすべきだ、一か月間ともなれば疲労が蓄積してそれではすまんが。


 宛を落として鐙将軍がきっちりと戻って来たとしても先は長い、守るだけを籠もるだけと勘違いしてはいかんな。


「民兵の動きはどうだ」


「報酬に釣られているうちは問題ありません。負けが込んで来ると怪しいですが」


 そいつはそうだ、誰だって安全に儲けたいだろうから。城壁を喪失したり、門を破られたら一気に寝返りが起こるな。それは督戦しようがしまいが結果はかわらん、押さえつける意味は無い。勝てば兵が増えるとはいったものだ。


「してどうする」


 曖昧極まりない言葉を投げかける、殆ど答えなど決まっていた。上手く出来るかは別ではあるが、こいつもどうすべきかはわかっているはず。


「夜に手を出してみるつもりです」


「郭淮将軍がいるんだ、警戒は厳しいぞ」


 あの名将が夜襲の警戒をしないはずがないからな、もし無警戒ならばそれは罠だ。そもそもここでだらける意味がない、皇帝の眼前だ、全力で戦い続けるに違いない。


「その警戒にわざわざ踏み込むつもりは御座いません」


「ほう、というと」


 のこのこと迷い込まず、さりとて静観もせずは難しいぞ。俺ならどうする……遠隔での嫌がらせか。


「深夜に警笛をつけた矢を撃ち込んでやります、警戒が厳しい程に大騒ぎでしょう」


 ふむ、同士討ちを誘える手ではある。今はマイナスを減らす時だ、充分な評価だな。とはいえ初回のみの限定効果だろう、明日は明日の風が吹くとは言うが。


「ものは試しだ、やってみてダメなら別の手を考えるんだ」


「御意」


 防衛戦はつつがなく行われた、さすがに初日から無理はしてこない。一方で騎兵隊だが、きつつきが好き放題に防備の薄い箇所をつつき続ける戦法で、『蔡』の軍団は足が止まり亀のように固まってしまう。兵力ではなく士気を落とすことで戦力を削ぐ戦法。


 各個撃破の典型だ、こちらが兵力を引き付けている間に、弱いところから削り落としていくわけだ。一旦気落ちした軍は復帰するのに時間が掛かる、混ぜて使うわけにも行かずに休養を与えた後に再編成が常。このまま引き返すわけにもいかんだろう。


 蔡将軍にも事情がある、どうしても撤退しなければならない理由が。どちらにとって運が良かったかは解らないが「将軍が負傷された! ここは一旦退くぞ!」という声が聞こえてくる。李項らの騎兵隊は許都への道を閉ざさずに開けて半包囲攻撃をしていた、その隙間を通る形で魏軍は逃げて行ってしまった。


 李項も上手に戦うようになったものだ、正々堂々とか言い張るやつにしてみたら何とも言い難い勝利だろうがな。次に向かうのは『王』か、千人を指揮するならばうまいと石苞が言っていたが、相手が騎兵隊では規模の面でどうにもできまい。つまるところ得手不得手を考え相対することができる、これまた機動力の強みだな。


 城壁を必死に守っている間に、城を向いている軍団の背を切りつける。挟み撃ちにされているので動揺が走る、退路を遮断されると恐怖心が増大するものだ。しかし、郭淮軍は後方の守りも強固だ。


 向かって左端の一団、郭淮将軍の軍団は非常に落ち着いている。城壁に登ろうとしている歩兵隊、それを支援する弓兵隊、本陣にその後方を守る長矛部隊。しっかりと木柵を設置しているのも見逃せない。そこに設置出来たってことは、ある程度の資材を抱えて来たってことだからな。侮れない、やはり名将は相応の能力を持っている。



 三度夜を越えた。寓州城はまだ保てている、騎兵隊も城の防衛につくようになってしまってはいるが、目の前に敵がいる以上は不満はあってもきっちりと戦った。馬金大王はどこかで略奪を繰り返しているらしい、自由に動いているということは、魏でも首都の防衛を最優先している証拠だ。太守が何とかしようにも、防衛用の兵力しか残されていないんだろう。


「ご領主様、城の南東方面をご覧ください!」


 陸司馬が側近の耳打ちで声を上げる、共に望楼から外を見た。目を細めて遠くをじっと見詰める、そこには茶色の旗を指している騎兵団が、魏の騎兵に追われている姿が映った。十の味方が百の敵に追われているな!


「あれはどこの伝令だ」


「恐らくは呂将軍で御座いましょう。その所在が不明なので寓州城へきたのでは?」


 そうだな、どこかへ消えて行ったからな、遊んでいるわけではないはずだ。どこへ派遣していた兵かは知らんが、何かを抱えている可能性はあるぞ。


「陸司馬、速やかに救援に出ろ!」


「御意、私が出ます。親衛隊に呼集を掛けろ、軽騎兵を二百だ!」


 短弓を装備して、胸甲をつけただけの偵察騎兵を選択した。本格的な交戦ではなく、支援だということを理解しているということだ。裏手に当たる南門の内側に兵を集めると、不意に城門を開け放つ。遠巻きに包囲をしていた魏兵が姿を見て慌てて武器を構える。

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