第134話

「そうか。親の罪が子に及ぶことは無い、郤参軍は己が出来ることをすればよい。それとだ、もし郤軍営都督が帰順すると言うなら、俺が決裁をする」


「はっ、畏まりまして」


 言っている間にも魏軍が進んで来る、話していたように孟達の軍が一足先に向かって来る。南蛮軍の主力は歩兵だ、軽装に大きな斧を持っている奴らが多い、まさに蛮族との姿。五千ほどの魏軍に二千の南蛮軍が衝突する、鈍い振動が伝わって来そうだった。


 先頭が足を止めてしまい、力比べになる、圧迫されて死んでしまったのも多数居るだろう。集団が止まると今度は武器を振るっての命の奪い合いになる。全くの互角、多数の側が押せないのは面が広がり切っていないから。


「ほぅ……」


 魏の後続が左右を抜けて行こうとするものだから、孟達の後衛が行き場を失い立ち止まったままだ。これで兵力差が戦力差にならずにすむ時間が産まれるな!


 馬金大王の左翼がこれまた三千で魏の七千程を食い止めて、中央の左側面を守った。残る半数、馬金大王が直接率いる五千が魏の左翼胡安魏将軍と真っ正面からぶつかった。だが今までとは結果が違う。


 巨漢が集められた本隊の先鋒は、足を止めることなく魏軍の兵をなぎ倒して中央を突破していく。大人と子供が殴り合いをするかのような体格差に、魏軍の士気がみるみるさがっていき、立ち向かっていく兵が激減する。そこへ両手持ちの大斧を持ち、虎の毛皮をまとった馬金大王の南蛮重騎兵が突っ込む。


「俺は南蛮三大王が一人、馬金大王だ! 強い奴はまとめてかかってこい!」


 巨漢の南蛮兵よりもさらに一回り大きな男が、ばん馬のような異形の馬にまたがり怒声を響かせた。顔を蒼くした兵士が義務感だけで切り掛かるが、馬上から大斧を振り下ろすと頭から真っ二つにされてしまう。


「なめるなよ、雑兵では話にならん、大将が出てこい!」


 兵らの視線が『胡』の軍旗の方へと向かう。ここで退いて兵力をすり減らす戦いは可能だろう、だが許都に鎮座する魏帝の目の前で挑まれた戦いから引き下がれば胡将軍の名声は貶められる。結果は孟達が示す通りで、決して明るい未来にはならない。


「むむむ! 俺は安魏将軍胡遵だ、蛮族なにするものぞ!」


 矛を手にして騎馬を走らせる。馬金大王も一騎で進み出ると胡遵へと向かう。双方がすれ違った瞬間、馬金大王が振るった大斧で胴体が真っ二つになった胡遵が草原に転がった。


「雑魚が吠えるな! 他に俺に挑む勇気あるやつはいないか!」


 一喝すると魏兵が矛を放り出し背を向けて散り散りに逃げ出していく。


「追うな! 左手の孟達軍の側面に突っ込むぞ!」


 戦術的な勝利を追いかけずに、まだ規律を保っている軍勢への攻撃を即座に命令した。二百の騎兵が司令部だけを伴い真っ先に敵に突撃する。味方が守っていたはずの左側面から、恐ろしい形相の蛮族が強襲をかけてきて、にわかに陣が乱れて驚きが伝染する。


 前にも後ろにも行けず、左手から攻撃を受けてそのまま向きなおって対峙した。前列は体力で、後列は技量で対抗する者が多かったが、中央は統制が取れず幅も持てなかったので不得意な力比べに引きずり込まれてしまう。


「ま、守れ! ここを通すな!」


 伯長が必死に声を上げて密集陣形で守りを固めようとするも、大斧で頭をかち割ったところへ強引に馬体を割り込ませ、そこで横薙ぎに振るうものだから被害が膨大になった。


「魏軍には案山子しか居ないのか! 蹂躙しろ!」


 南蛮騎兵が散開して最大限の攻撃力を発揮、歩兵相手に十倍の威力を見せつけ死体の山を築いていった。そのうち南蛮歩兵が到着し、騎兵の前へとせり出していく。


 阿鼻叫喚の地獄絵図、倒した魏兵の血を啜り、顔に塗りたくると怒声をあげて暴れまわる巨漢の兵士たち。膂力の差に魏兵が文字通り宙を舞うことも珍しくない。


 ジャーンジャーンジャーン


 もはや敵わないとみてか魏で撤退の合図が出されて我先にと逃げ出していく。殿は『牛』の軍旗を掲げた部隊、こちらはまだ統制を保っていた。騎馬した武将が睨みを効かせて追撃を許さない構えだ。


「魏にも骨があるやつが居たらしいな。行くぞ!」


 お互い目が合って大将同士だと確信すると駒を寄せて打ち合う。一合、二合、三合と切り結ぶと後方へと駆けて向き直る。


「この俺と三度打ち合わせて生きているのはお前だけだ」


「はっ、田舎の大将が思い違いするな。俺は魏の南寧将軍牛金だ、今は撤退の命令がある故見逃してやるが、次はそのそっ首叩き落としてくれるわ!」


 馬の腹を蹴りつけると決して背を向けずに、上半身を真横に捻って視線を切らずに許都へと引き上げていった。


「楽しみは取っておくとしよう。お前ら勝鬨だ! 死体から分捕り自由だぞ!」


 戦場での報酬はこれに限る、我先にとお宝に群がりみぐるみ剥いでしまう。奪ったものは自分のもの、唯一食糧だけは軍に没収されてしまうが、奪った時に食ってしまえばそれは不問になる。


 正門が焼け落ちてから真夜中になっても襄城を攻め続けた呂軍師、ついに城へ兵を入れることに成功した。城門を夏予に一任して部隊が次々と入城して、市街地での戦闘が始まる。こうなれば最早守備側はどのように逃げるかを考えるだけで、守ろうとするのは少数派になった。


 放火の禁令が出され、正門の修復は行わずに、土砂で封鎖するようにと迅速な命令が出された。城壁には李軍が登って軍旗を差し替えて蜀が占拠したことを知らしめる。暗いうちにやるべきことがあった、この混乱に乗じて軍の半数を南門から出して南方へと隠してしまう。


 先日の偽兵の応用だ、城内に入ってしまったのとは全くの別の軍勢を装うつもりで副将を二人引き連れて姿を消す。襄城は李信が主将で、夏予が副将になり防備を築くことになる。ここでも城内の民に仕事として軍への奉仕を呼びかけ、半分先払いで報酬を渡し補助をさせる戦法に出た。


「大将軍、南蛮軍が戻ってまいりません」


 側近の一人が寓州の防衛が薄いのを気にしてか真夜中なのに報告をあげて来た。まあ心配になるのもわからなくもないぞ。今攻められたら無理押しをすれば恐らくは陥落するからな。だがそれはこちらが少数だと知らなければ出来ない芸当だ、それが文官らにはわからんのだろう。


「散歩にでもいってるんだろ、気にするな」


 どこ吹く風で傍らにある茶を手にして一息つく。東に攻め入っているか、或いは……だな。


「防備が薄い今、蛮軍であっても戦力です、直ぐに引き返すようにご命令なされてはいかがでしょうか」


「あいつにはあいつのやり方があるんだ、放っておけ」


 いいから下がれと有無を言わさずに部屋から追い出してしまう。ここから一か月は守勢だ、しかし守り一辺倒では上手くない。寝技の下準備はしてあるからな。それから数日、一向に戻って来ない南蛮軍の動向が聞こえて来た。


「報告致します。南蛮軍が南衛、羅河、郭城、召陵あたりで略奪を行っているとのこと」


 壁掛けの地図を見る、襄城の南東方面か、いわゆる焼き働きのようなものだな。


「わざわざ防備が堅いところを攻める必要はないからな、守備兵が少ない近隣の郷を襲っているわけか」


 そうすることで中央から兵力を割かせる、民の支持を失わせることができる。なによりも対応策を議論させることができるのが有効な手立てと言えるだろう。略奪御免ということで、軍の士気もあがるんだろうな。


「勝手なものです、命令もないのにそのようなことをして」


 形の上では南蛮は蜀の連邦のような国になっている。そこの武将が派遣されてきている以上、蜀の軍事トップである俺の指揮下に入っている扱いだからな、こいつの言うことは正しい。


「現状、魏の国力低下は蜀の利益になる、その点を忘れるなよ」


 廊下を小走りに近づいてくる音が耳に入った、皆が扉のあるあたりに意識を振り向けた。すると、赤い旗を指した兵が駆け込んで来る。


「伝令! 商丘郷に大鮮卑の尖兵隊が侵入しました!」

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