第131話

「漢中から長安、洛陽まわりでの補給路を確保し続けるのは非常に重荷でありましょう。そこで永安より南陽まわりで物資を繋げば、負担が半分になります。ゆえに、まずはここ、平丁山県を奪い取り、魏延将軍との連絡を行う要所としようと考えます」


 むう、南回りの補給路か。船で半分進める上に、洛陽を封鎖しておけば残りは放棄しても構わんからな。荊州の文聘将軍の動きにだけ要注意といったところか、名将だな奴は。


「どのあたりまで河船が使える」


 肝である部分を確かめる。すると呂軍師が予想外の進路を示した。


「永安より襄陽周りで宛を支配下に置けるならば、平丁山県まで使えまする」


 襄陽と宛の魏軍を追い払う必要があるわけか。さもなくば一旦山越えで河船、そして平地を行かねばならんな。南方に増援を送れば首都の攻めが減る、これはドイツがモスクワを真っすぐに攻めなかったのと同じ失策になりはしないだろうか? これぞ大本営の軍議と言わんばかりの壮大な戦略会議だ。


「各軍師、参軍、将軍らの考えを聞こう。この案に縛られることは無いぞ」


 いつものように目を閉じて考える時間を与えた。最初に意見をあげて来たのは若手だ、順番を知っているんだろう。


「現在物資が充足しているので、戦力を首都攻撃へ向けるべきと考えます。ここさえ落とせば全てが解決します」


 郤正と黄栄、それに凡そ半数の士がそれが良いと頷いている。確かに目の前に見えているゴールを無視するのは良くない。だが当然反対の声も上がった。


「戦争の根幹は補給だ、腹をすかせたら戦う気なんて起きないぜ」


 言い方は乱暴だが石苞がそう公言する、もちろん物資の不足が起きれば全てが不利になっていく。その境界線が食糧なのは時代がら説得力があるぞ。こちらも半数の士がそうだと頷いている。


「董後軍師の考えを」


「門外漢では御座いますが、ここまで軍を進められたのは島大将軍が初めて。勢いを削ぐような動きは得策とは思えません」


 ふむ、戦争には機がある。攻めッ気を保てている今こそが攻撃時機なのは納得だよ。


「馬左軍師」


「許都は広大ではありますが、それこそが弱点でもあります。一部を抜けば陥落はそう難しいとは考えられません」


 広ければ守る場所も多くなる、道理は通っている。視線を次に移した。


「姜右軍師」


「はっ。戦は物量がものを言うのが明らか。それが兵力であろうと糧食であろうと。どちらかだけが少なければ足を引っ張ります。安定した補給こそ戦争継続への最短距離かと」


 手持ちが不意に失われたら右往左往する、何せ人は毎日喰うからな。これを待てとは言えない。


「鐙右将軍はどうか」


「双方の言にそれぞれ理が御座います。そこで両立を目指すと言うのはいかがでしょうか」


「詳しく聞こう」


 両方とは欲張りだ、だが俺好みの返答だぞ。鐙芝に視線が集まる、席次の上ではこの中で俺に次ぐからな、発言力は高い。


「何も襄陽城に樊城を落とす必要はありません。沙水を通すことさえ出来れば良いのです」


「襄陽城と樊城の地図を持ってこい」


 程なくしてその地方の巻物が持ち込まれて床に広げられた。南北から西へ通っている沙水とそのまま北へ抜ける唐白河の分岐点に襄陽城があり、河の反対に樊城があった。沙水側の南北が挟まれていて、唐白河側の東はこれといった拠点がない。


 この東部に蜀の出城を作って対抗させれば一方的に邪魔されて失敗にはならんわけか。毎日ずっとである必要はない、精々船が通過する時間帯二時間も対抗出来ればいいわけだ。


「襄陽と樊城への向かい城か」


「兵力一万五千から二万は必要になるでしょう、それと水兵、騎兵も二千は置くべきかと」


 それだけの数と補給任務の重要さを理解して、文聘将軍に対抗出来る武将か。それに方面司令官の魏延との相性も考える必要がある。むう、と目を細めると鎧武者が一歩進み出た。


「その任務、某にお任せ下さい!」


 姜維が真剣な面持ちで志願してきた。兵力の程は問題ない、能力は折り紙付き。兵站強化策を提言している以上重要度は理解してるな。魏延との相性は……どうだろうか。


「姜維、魏延をどう思う」


 遠回しなことは一切無し、単刀直入に訊ねる。


「剛勇で機知に富み、先帝が蜀を興されたころからの宿将で御座います。襄陽、新野での戦闘経験もあり、荊州方面を総括するにふさわしい将軍と存じております」


「指揮下に入り言に従えと言われたら?」


「喜んで下知に従います。かの将軍の指揮であれば百戦して敗北はないでしょう」


 ……これといった懸念はないか。


「鐙将軍、宛を何日あれば落とせる」


 ずばりの時期を指定させる、偵察も無しでこんな提案もしないはずだ、下調べは済んでいる前提で進める。


「ひと月のうちに!」


 目を閉じて全体を想像してみる、機が熟している内に全てを整合させる必要がある。その為には首都攻めを半数以下で行う無理が生じた、これをどうするか。


「伯父貴、後続を急がせれば十日で到着させることが出来る」


 黙っていた馬金大王が申し出てくる。また兄弟を頼ってか、一人では何も出来ない未熟者だな俺は。だが、借りたいときに借りれるのは僥倖だ。十日、その間は厳しい攻めに晒されるぞ。このまま押しつぶされる可能性も極めて高い。だが! 目を開けて床几から立ち上がる。


「方針を定める。鐙右将軍に兵四万を預け、三十日以内での宛の攻略を命じる」


「御意!」


 背筋を伸ばして鋭い返事をする。


「姜征東将軍に兵二万、本陣より騎兵二千を預け、魏左将軍指揮下に加えるものとする。襄陽、樊城東に拠点を築き、水上補給線の確保を行え!」


「身命にかけましても必ずや!」


 補給を優先されたと思った半数の者達の不満げな表情が見え隠れする。


「呂後将軍、残りの兵力で許都攻めを強行するぞ!」


「畏まりまして」


 平然とそれを受け入れる呂軍師だが、参軍らが色めきだつ。


「御大将、それはあまりに危険で御座います。手薄な本陣がいつ蹂躙されるかも知れないのは」


 郤正を鋭く睨んでやり威圧する。


「何かを手に入れる時には、何かを失う覚悟が必要だ。俺だけがのうのうと城で待っていることにはならんぞ! 馬金大王、亜麺暴王と水兵の半数を姜将軍へ派遣し、唐白河での任務に就かせろ」


「応! 鳳珠羽空王も急がせる」


 洛陽からの輸送が不安定にはなるが、元は居なかった戦力だ。孟獲の意志の下に南蛮の部族が俺に協力的だ、すまんが頼らせてもらう。


「李中領将軍、増援が来るまでは親衛隊が寓州城を保持する必要がある。出来るな」


「お任せ下さいご領主様! 必ずやそのご期待に応えてみせます!」


 李兄弟を中心に古参の者達が気合いを露にする。


「馬左軍師、長安、成都、永安、漢中を始めとして全ての基幹となる処へ伝令を送れ。重要な者との連絡を繋ぐ大役は、丞相参軍でもあるお前が適任だ。決して少数で派遣するなよ」


「ご指名ありがたく。諸手配に参軍らをお借りいたします」


 同調した者達を指して補佐を認めた。何より大役だと言ったとたんに機嫌がよくなるんだから、案外素直な奴だよ。


 出陣は暗夜にこっそりとで偽兵を置いて軍旗を林立させるくらいは必要だな。二万そこそこだけで魏の攻勢を乗り切ることが出来るだろうか。


「ご領主様、明日の夜軍が出ることになるでしょうが一つ案が御座います」


 李封か、どれ一つ聞いてみるとしよう。


「なんだ」


「偽兵を置いてこちらの数を多く見せかけることはしますが、そこに一つ追加を。今夜こっそり城を出て、明日派手に増援を装い入城すれば、寓州を離れた兵力の数を誤魔化すことが出来るのではと」


「うむ!」


 出て行く数は魏の偵察により直ぐに発覚するだろうからな、そこで入って来る数を錯覚させようという腹か、妙案じゃないか!


「旗印には気を使えよ、二万程を今晩城外へ連れ出し策を実行しろ。李中堅将軍、委細お前に任せる」


「御意!」

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