第129話

 彼らはそれが嬉しくて、誇らしくて感極まった。噂が噂を呼んで、親衛隊の間で俺への評価が高まったのを耳にする。そういうつもりで言ってるんじゃないが、黙って受け入れるべきなんだろうな。


 立派な体躯をした馬に乗った部隊が入城して来る。朱色の旗を翻し、威厳に満ちた将校を先頭にだ。北営軍、首都の騎兵隊。それらが一斉に下馬すると片膝をつく。


「屯騎校尉冠軍将軍の王連であります。北営五校尉以下、騎兵四千、ただいま着陣したことを島大将軍にご報告申し上げます!」


 即ち、向朗歩兵校尉、楊洪越騎校尉、寥立長水校尉、楊戯射声校尉と王連。将軍号を履いているのが彼だけなので、五人の中では一つ頭が出ている扱いになっている。楊戯は若く、恐らくは二十歳を少しでたくらい。


「数日で洛陽を出るまでは休養しておけ。詳細は李項に聞いておけ」


 事務的にそう告げると、楊戯が嫌そうな顔をしてから下を向く。これは突っ込みを入れた方が良いかどうか……人となりを知っておくべきだな。


「楊射声校尉、何か言いたげだな」


 半身だけ向けて名指しで声をかけた。李項は傍でピクリともしない、陸司馬もだ。緊張した空気が張り詰める。


「島大将軍のお傍におられる者の多くが農民出の下民と聞きました。もっとふさわしい側近をお選びになられてはいかがでしょうか」


 ほう、なるほど、そういうことか。まあそういう奴だっているだろうさ、今まで出会わなかったのがむしろ不思議なくらいだ。


「俺だってどこで何をしていたか怪しいものだぞ。昔の記憶がないから自身でも解らんが」


 そういう設定になっているんだよな、黙っていたら解らないし、子供の頃どうだったかは本当に知らんぞ。この身体も自分のものか、誰かの意識を乗っ取っているのかいまだに解明できていない。


「丞相のご友人とのこと、ご自身を卑下なさるのは丞相を貶めることにもなりかねません、ご自重を」


 ここは仲良しクラブではないが、どうにもこいつは好きになれん。かといって戦争前に味方を切るのは得策とは言えんな。


「俺が認めるのは結果だ。楊射声校尉、お前がきっちりと功績を上げたらその言を認める。だが――」正面に向き直り「口だけだった場合は相応の措置をとる。解散しろ」


 厳しい態度で諫めるも、士気を保つ為に結果が全てと断言する。戦争が終わった後に裁かれるのは俺の方かも知れんが、仲間を侮辱されて穏やかで居られるはずがない。


 側近らを引き連れて北門から入って来る集団を見に行く、すると妙にカラフルな軍旗が目立った。奇妙な文様も多く、俄かにどこの勢力か解らなくなる。やたらと大きい男が右手をふって小走りに近寄って来た。


「伯父貴ではないか、久しぶりだな、ははははは!」


「馬金大王か!」


 相変わらずだな、それにしても体格が良い兵ばかり。南の方が体が成長しやすいんだろうか。南蛮から兵を率いてきているようで、他にもどこかで見たことがある王や洞主らが複数いた。


「親父殿の名代で南蛮軍十万を連れて来た、ここには一万しかいないが、一か月以内に残りが到着の予定だ」


 一気に二倍の兵力に膨れ上がるのは嬉しいが、補給の苦労も即座に二倍だ。この分だと京に積んだのもすぐに溶けるな、まあいいさ。


「加勢に感謝する。春にはなったがまだお前らには寒いだろう、行軍がきつい奴らを一万選りすぐって、白鹿原の要塞に増援して欲しい。あそこなら屋根も壁もあり暖もとれる。魏の別動隊が来ていてな、陳将軍の兵だけでは少ない」


「わかった、伯父貴の言葉を直ぐに伝える。こっちでは俺の為に強敵を用意してくれよ」


「相手には困らんさ、幾らでも湧いて出る。敵なんてものはそんなもんだ」


 お互いに声を上げて笑うと拳を突き合わせて笑みを浮かべる。こういうのりの奴の方が信用出来る、だが誓って甥っ子ではないぞ。これで五塞の方は安定するだろう、騎兵に猛獣使い、特殊歩兵らが主だな。軽歩兵が後からついてくるが、それらは雑兵のようなものだ。


「鳳珠羽空王や亜麺暴王も来ている?」


 ふと名前を思い出したので尋ねてみた。漢中戦の際に活躍してくれたのを今でも覚えているぞ。


「おう居るぞ。鳳珠羽空王は騎兵の大帥で、亜麺暴王は水兵の大帥として従軍している」


 大帥、まあ兵種司令官のようなものだろうな。そうか、あれだけ功績を上げているんだ、納得だよ。ん、ここは得意なところを任せるべきじゃないか。


「亜麺暴王に任せたいことがある、埠夢河を確保して兵糧の輸送を行って欲しい。長社の北西部に繋がっているので、北の山間周りより量を運べる」


 治安の程は微妙だが、船団護衛がつけられるならば安心だ。水上の専門兵がこちらにはいないから、不安で実行出来なかったんだよな。水角洞の連中なら大丈夫だろう。


「メシを運ぶか、絶対に必要だな。解った、俺に任せてくれ」


 島の言葉なら否は無い、南蛮王孟獲の威光と同等なのだ。信用の程はお互い様、あとは知識量の差がある。


「参軍らに詳細を尋ねると良い、あいつら相談し手筈を整えるように頼む」


「そうさせよう」


「で、俺達は進軍の打ち合わせと行くか」


 にやっと笑うと馬金大王も歯をむき出しにして頷く。何と言おうと戦の花形は最前線の戦闘部隊なのだ。二人で肩を並べて歩きながら街並みを眺める。


「聞いてはいたが、そこまで発展している街でもないんだな洛陽というのは」


 中国全土の首都だったことがある、今だって臨時で許都が首都になっているだけで、本当は洛陽がそうなのだ。だが、董卓の略奪と、焦土戦術よろしく放った火が全てを過去のものとして奪い去ってしまった。


「いまなら長安の方が華やかかも知れんな。だが人口はこちらの方が多そうだ」


 貧民の類がごっそりと住み着いている。結局のところ、洛陽の盆地が食糧生産に適しているのか、なんとか食いつなぐことができる地に集まっているのだ。誰かが育てた作物を盗み、それを口にして命を繋いでいる。やめろとは言えないだろう。


「ただ漫然と生きているだけの人というのは、果たして生きていると言えるんだろうか? 男なら頂点を目指して戦うべきだ」


 不愉快そうな視線を貧民に向けて肩を怒らせる。それは……そういう面もあるが、誰しもが満足に気概を持って臨めるわけじゃない。とはいえ俺もその意見に賛成とまではいかずとも、思う節はある。


「前に兄弟が言っていた。歴史に名を遺すにはどうしたらよいかと」


「歴史に? うーん、強ければいいんじゃないか?」


「それは一つの真理だ。項羽だって戦争に負けはしたが、その武勇で歴史に名を刻んでいるからな。だがそれだけじゃない」


 腕組をして馬金大王が唸る、やや暫くして答えが浮かばずに降参した。


「俺では解らん。伯父貴の考えを教えてくれ」


「歴史が何かを考えればいい」


「歴史が?」


 そう言われてもやはりピンと来なかったようで顔が晴れない。


「歴史とは勝者の記録だ。名を残したければ勝者になって、歴史を自分で刻めばいいんだ。強いか弱いかは関係ない、勝つことが最大にして絶対の条件」


「むむむ!」


 強い奴が勝つのは当たり前だろう、だが弱い奴だってまぐれで勝つこともあれば、用意周到に進めて勝つこともある。そこが重要なんだよ。孟獲には強いことがと言っておいて、こいつには反対を言うが、どちらでも成せれば正解にはなる。


「強さに驕って負けていったやつを俺は大勢知っている。お前も慢心するなよ、世には常に自身を負かそうと狙っている奴がごまんといる。それこそ人生の大半を負け組みで過ごし、最後の最後に一度だけ一矢報いてやろうとしているやつがな」


 これは脅しじゃない、自分への戒めでもある。明日の今頃墓の中じゃないなんて誰にも言い切れないからな!


「ははははは、伯父貴が強い理由がよーくわかったよ。なるほどそうやっていつも勝ち続けているから強いんだ。てっきり強いから連勝してるものとばかり思ってたよ」


「忘れても良いが必要な時には思い出すんだ。それはそうと、酒では馬金大王に分があるかも知れんぞ」

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