第125話

「そうか。魏延の方はどうだ」


 黄栄参軍が引き下がり、今度は費詩参軍が進み出てきた。丁度南方からやってきたので道中見聞きした内容を使えるだろうと、担当を荊州方面にした経緯がある。報告をあげるだけなら誰でも良いんだが、共有をきっちりとするように申し付けている。


「荊州を攻めるに攻められずです。呉国が未だに態度を決めかねているのが原因でしょう」


 ふふ、噂通りの直言だな。呉のやつらの動きは俺ではわからん、敵と思ってはいるがね。


「魏延が呉に何かを言うことはできないからな。渡河する準備はしているだろうよ」


 逆に攻められるようなら、それはそれでやりようがある。困るのは敵味方ハッキリしない今だろう。


「鄭度参軍なら、呉の状況をどうする」


 費詩と共に着任し鄭度に意見を求める。新顔ではあるが二人とも中年だ、郤正も黄栄も歳上を立てている。


「さすれば、魏兵を装い呉国を襲撃すればよろしいでしょう」


 偽兵か、それこそロシアの得意技だな! 当然儒教思想の強い時代に面々だ、反応はいま一つ。


「具体的にはどうする」


 一つ突っ込んで話を引き出そうとすると、鄭度は一瞬だけ間を置いてから続ける。


「漢中方面、異民族対策に充てている魏の投降兵を利用します。荊州より呉との勢力境界線に進めさせ、夜襲をさせて軍旗を落とさせます」


 手順的に少し物足りんが、控えめに具申しているだけか?


「もし懸念があり内容を省いているのだったら改めろ。お前の役目は策を出し俺に上げて来ることだ、そしてそれを採用するかどうかは俺が決める」


 ギリっと睨んでやりそれが見当違いの言であることを衝く。怖じもせずに鄭度も頭を下げたが。


「以後改めます。投降兵に呉の郷を襲撃させ、民の怨嗟を買います。呉軍が出れば引き下がり、無防備な郷を攻撃し被害を積んでいきます。佞臣と見られる魏将の名を騙り、地域を荒らしまわる。魏が武将を処断してもしなくても、我等には好都合。また呉が魏へ反抗心を燃やしてくれれば話も進むでしょう」


 あからさまに嫌な顔をして同僚を見る参軍らがいるが、戦争とは元来そう言うものだ。鄭度はやはり生まれる時代と場所を間違えたようだな。


「投降兵のうち特に従順な者か、金に意地汚い者を五百集めろ。呉が魏と戦争を始めたら成功とみなし褒美をくれてやる、失敗したり再度亡命をしても元魏兵であることに変わりはないからな」


「では某の策をお採り上げ頂けると?」


「そう聞こえなかったのなら俺の言い方に問題があったんだろうな。選別は一人一人お前が面接して決めろ、資金は先に渡すから必要額を申請しておけ。何か質問はあるか」


 不思議なものを見るかのような視線が注がれる。数秒して後に「御座いません!」力強い返答がなされる。参軍らを見回してもここで反論は出てこなかった。言い出せないようなら認めたものとして扱う、欧米ではそうやって進めてきたものだよ。


 俺は聖人君子などではない、軍人だ。一を殺して十を活かすことを求められているんだ。


「良いか、俺達はいま戦争をしている。戦が続けば食糧も足らず、戦闘で多くが死傷する。戦が終わり平和が訪れれば、そういった者が減る。罪のない民を殺める理由にはならんが、全ての責任は俺がとると公言している。ことが終われば好きに裁けばよいが、今は勝つことだけを考えるんだ」


 全員の瞳を覗き込んでから「解散しろ」今日の役目は終わりだと宣言する。参軍らが出て行った後に陸司馬が歩み寄ってきた。


「なんだ」


「我等、中郷の民は何があろうとご領主様のお味方です。それだけは覚えておいていただきますよう」


「そんなことは知っている、余計なことを言っているほど暇ならお前も上がれ。休むのも仕事だぞ」


 きつめの口調ではあったが、少しだけ口の端を吊り上げ顎で出入り口をさしてやる。すると陸司馬も微笑を浮かべ一礼し、この場を去って行った。


 お前達が命を放り出して俺を支えようとすることなんて知ってるよ。だからこそ、それに甘えるつもりは無い。全ては俺次第、出来ないなどとは言えないんだよ。地獄行きなんてとうの昔に決定済みさ、今さらだ。


 随分とあたりが白くなったな、ここまで来るともう外での行動は限界だ。防寒具を余る程作って売りさばいたりもしたが、案外適量だったのかも知れん。


 董軍師の指揮の元、風呂場も稼働し始めているし、洛陽に駐屯している連中は問題ない。こちらでも風呂は大人気で、二十四時間湯を焚きっぱなしだ。夜中に入りに来るのは一般市民で、軍兵らは昼間に優先してつかえるようにしてある。


「京の様子はどうだ」


 換気用に開けてある屋敷の窓から外を眺めつつ、誰にでも無く話しかけた。側近のうち参軍らは殆ど共に居るが、今日はたまたま馬謖が屋敷に居たので応じる。


「京城の士気は低く、程なく開城の運びとなるでしょう」


 援軍が来ないので降伏する、それは決して責められることではない。降伏するまでに増援を出せなかった勢力が、城を見捨てたとすら言われる。後巻きをしないのか、出来ないのかなど当事者らには解りはしないのだから。


「そうか。軻比能らはどうしている」


 ここより北なんだ、凍てつく寒さで戦どころではないだろうよ。鮮卑の特徴である馬匹は寒さに弱い、こればかりはどうにもならんぞ。


「それですが、魏郡の都である業を落とし、陰安、衛、内袁、穆丘、白馬、朝歌と一帯の軍を撃破し猛威を振るっております」


「ほう、何とも凄い勢いだな」


 こちらが京城一つ落とせていないというのに、平城だろうが沢山抜いているとは。北方のやつらの寒さ耐性を甘く見ていたか?


「どうも城の住民を人質にとり、奴隷兵を作り近隣を攻めさせているようです」


「意趣返しか、魏としては憎たらしいと感じるだろうな」


 元々この地を占領するつもりで攻めてきているわけではないんだ、いくら恨まれようと関係ない。そういうことならば兵など幾らでも湧いて出てくる、厄介この上ないぞ。批判の的になりはするが、漢人が異民族を尊敬したことなどあったか疑問だ。


「いずれ大規模な反乱がおこるのは必定、それまでにどこまで魏を圧迫できるかといったところでしょうか」


 それは違うぞ、馬謖らにそこまでやれとは言わんが行きあたりばったりを受け入れている程戦争は甘くない。少しの間無反応でいたが参軍らでは考えが及ばなかったようで声が上がらない。一つ小さく気づかれないようにため息をつく。いや、経験と適性の差でしかない。


「実際に行うかはともかくとして――」半身だけ後ろを向いて、若い参軍らに視線をやり「その反乱を誘導できないか、統制可能ではないか、或いは何かしらの利用が出来ないかを研究してみると言うのはどうだ」


 馬謖が眉をピクリとさせて「御意! 参軍らよ、ついて参れ」少しばかり頬を赤くして部屋を出居ていく。個人の才覚に依存しすぎて人材の育成にバラつきがでている。平和になったらなんていうのは言い訳でしかないな。


 手のひらにはしわが刻まれていて、中年のソレになっている。急速に老け込んでいるわけではないが、俺だって年を取るようだ。不老長寿は幻ってわけか。もし孔明先生が没したら蜀はどうなる、俺が死ぬよりも激震が走るぞ。まず呉が裏切るのは既定事項とすらいえるか。


 為政者としては褒められたものではないんだろうが、自分が死んだ後の世界までは面倒が見切れん。俺は俺が出来ることだけを全力でやるさ。


 荒い足音が聞こえてくる、甲冑のかち合う音も混ざっていて、どこからかの伝令なのがわかった。黄色の旗指物と黄土色の戦装束、直下の兵ではない。


「何事だ」


 視線を向けて報告を聞く態勢だけをとる。何者であっても差し止めてはならない、それが俺が課したルール。


「申し上げます! 北西部の山中より魏軍が現れ洛陽に迫っております! その数四万!」


「山越えとはご苦労なことだ、主将は」


「『徐』『右』『王』『軽』『夏候』『征蜀』『孫』ゆえ徐晃将軍と思われます!」


 汚名返上というわけか、それとも意志を曲げてでも出陣せねばならんほど立場が押し迫っているのかもしれんな。いずれにせよ俺の役目ではない。


「鐙将軍はどうした」


「兵二万を引き連れ迎撃に向かいました!」


「そうか。下がって良い」


 一礼すると伝令は退室する。積雪もあり補給が切れているような敵に負けるようなことはあるまい、重要なのは徐晃がなぜ今現れたかだ。両手を後ろにやって外を眺める、そのうち呂軍師がやって来るだろうと。


「我が主、お聞きになられましたでしょうか」


 にこやかに部屋に入って来ると、知っているだろう一報について触れる。その何歩も先まで準備が出来ていることだって俺は知っているぞ。


「おう、寒いのにご苦労なことだと思うよ。徐晃は恥知らずではない、だが魏の将軍だ、意に反してでもすべきことがあるようだな」


 言い出しが司馬懿や曹真であっても、勅令として下って来るわけだから反対のしようがない。うむ、そうかそこに今回の話の一つのヒントがあったか。


「お気づきになられましたか」


 優しい口調でこちらの微かな変化を見抜いてきた、怖い怖い。


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