第124話

「よりよい方法があると?」


「どちらが良いかは主のご判断にお任せいたします。どうせ寝返り工作を仕掛けるならば、上の者に呼びかけるというのはいかがでしょうか」


「上位とは、城主でも寝返らせるか」


 上の命令は通るだろうからな、だがそんなやつが首都の責任者になれるわけがない。


「いえ、もう少し上で御座います。司馬懿に対して仕掛けてみてはと考えます」


「うむ!」


 司馬懿か! こいつはどうなるかじっくり考える必要があるぞ。まず確実なのは、寝返りなどしないとわかって仕掛けることだ。


 そういう話が持ち掛けられた事実が司馬懿にとってはマイナスになるだろう、そして曹真がそれを知れば間違いなく突いてくる。政敵の傷を探そうといつも目を光らせているからな。こちらから報せるくらいのサービスはするぞ。


 疑いを掛けられた司馬懿が黙って城内で素知らぬ顔を続けるのは難しい。身の潔白を証明させるために何かしらの動きを強いられるだろうな。城外に軍勢が居るならば、それを撃破するのが選択肢の一つになるだろう。


「首都ではなく、魏という国をそのまま陥落させるつもりというわけか」


「首都を棄てて後退する選択が出来なくなるよう、未来を制限すべきと愚考いたします」


 なるほど、首都を棄てるか。それはあり得るぞ、より後方へ退かれれば何度も決戦をする必要が出てくるが、それは蜀として受け入れられない。ここで国家の頭脳である司馬懿を引きはがすことが出来れば、残敵はやり様次第だ。


「任せても良いな呂軍師」


「御意。それとは別に馬軍師殿の工作も行うと良いかと」


 並行してこれが失敗しても問題ない手筋があるのか、まあうまく行けばラッキー程度と解釈しよう。


「馬謖、許都は絶対に落とす必要がある。出来るか」


「お任せ下さいませ」


 さて姜維に何も仕事を振らないわけにはいかんぞ。作戦の肝を任せるとしよう。


「魏帝にはどんな猛将が護衛についているか、宮殿にはどんな罠が仕掛けられているか、危険も困難も尽きることが無いだろう。それでも誰かがやらねばならん、姜維、頼まれてくれるだろうか?」


 椅子から退き片膝をつくとこちらを見上げて想いの程を口にする。


「某、御大将に採り上げられても、何も恩を返せておりません。頼むなどと言わずに、どうぞご命令下さい!」


「うむ。姜維に命じる、魏帝を生かしたまま俺の前に連れてこい。全ての責任は俺にある、お前の判断は俺の判断だ、何があろうと己の意志で進め!」


「姜伯約、必ずや御大将のお役に!」


 出来ることはした、あとは結果を待つのみだ。姜維の肩に手を当てて立たせると、椅子に座るように勧める。みな良い貌をしている。目を閉じると、長く共に居た多くの友人を思い出してしまった。


 楼から外を眺めていると、急に寒気が背に走った。ふと空から白いものが舞ってきた。


「雪か……」


 そりゃ寒くもなるな、これからは移動するだけでも難しくなる。好きな時に壁に囲まれ暖を取っていられる俺とは違い、兵らは厳しい。暑さにはいくらでも耐性がある俺だが、雪と氷の世界での自信は無いな。何せ砂漠専門の兵出身だからな、そこは専門分野外だ。


「島大将軍、お体に障りますので中へ移られては?」


 郤正参軍が心配して入室を勧めて来る、何をするわけでもないのにここに居る必要はないからな。


「うむ。郤正、郷はどうだった」


 石造りの楼にある窓際から離れて目を見る。自分からは言いづらいことを引き出すための一言位はこちらから出してやるさ。


「はい、母は元気に暮らしておりました。一族の者で郤習という武芸自慢が育っていたので連れてきております」


「そうか。お前が思う部署に推薦しておけ」


 こいつより年少ってことは俺が採り上げる必要もまだあるまい。気が向いたら顔くらいは見ておくとしよう。両手を腰の後ろにやりゆっくりと歩いて屋内へと戻る。階段を下りて行き、太守の間に行くと、そこには羅憲が座って役人とやり取りをしていた。


「そのまま続けろ」


 こちらに気づいて席を空けようとしたがそれを制して職務を優先させる。様子見をするまでもなく、やはり上手いことやっていた。長安の董丞も費偉の補佐をして、見事に治安を維持していると報告が上がってきている。俺が居なくても回る様なら次々と任せていくのが正解だろう。


「島大将軍、一つお耳に入れておきたいことが」


「どうした羅憲」


「はっ。洛陽城内ですが、いたるところで小規模の集会が行われているようでして」


「どういった集会だ」


「蜀への反乱です。魏の残党が暗躍している様子です」


 まあ、普通だな。ここで一発当てて洛陽を取り戻して籠城でもしておけば、間違いなく援軍が山のようにやって来る。その上で恩賞は望みのままだ。


「そうか。それでお前はどうするつもりだ」


 現状では留守にして吊り上げる手は使えないからな、こいつの器量を知る良い機会だ。こんなことを口にしたら不謹慎だと呂軍師に小言をいわれそうだが。


「いくら叩いても無くなることはありません。暗躍する者を除くのは困難と考えますので、住民の代表者を城に招いて不安を解くことを行いたく思います」


「ほう……お前の思うようにすると良い。何事も経験だ」


 暗躍者をどのようにあぶり出して排除するか、これは軍事であり、作戦の一つだ。だがこいつが選んだのは扇動に乗ろうとする民を減らし反乱自体を支持させない手、これは政治であり、統治術の一つだな。文武両道で嬉しい限りだ。


「治安維持の権限を一部委譲し、尉を二名任官させたいのですが、よろしいでしょうか?」


「良いも何も決めるのは羅憲だ。そのようなことは事後報告で構わんぞ。お前は俺のみに責任を負えば良い、尖り過ぎようと膨張し過ぎようと、最後は俺が全責任を持ってやる」


 それだけ言い残して太守の間を出ていく。太守の座から降りて両膝をついて礼をしている羅憲の姿がチラッとだけ目の端に入り込んできた。お礼を言いたいのはこっちの方だよ、努力の跡が嬉しいね。


 参謀らをぞろぞろと連れて歩くのは好みではないが、それが仕事だと言われたらその通りなので我慢することにしている。内城に王凌とやらの屋敷が残っていたのでそれを使っていた。ドカッと座ると使用人が茶を出し出して来る。暖かい飲み物で腹の中からというやつだ。


「京城の状況はどうなっている」


 今頃包囲して攻撃の最中だろうかと想像をしてみる。李封のやつが行っているんだ、まず間違いは無いだろう。黄栄参軍が進み出た。


「ただ今、李中堅将軍の軍勢が京城を相手取り攻撃中で御座います。城の守りは兵二千で県令が防衛の指揮を執っている様子。見立てでは十日もあれば攻め落とせるだろうとのことで御座います」


 山城だ、籠城で守りに徹したら攻めかかる側は被害が大きいぞ。見たことがないから詳しくは解らんが、李封が十日というなら黙って待つとするか。


「螢陽からの邪魔はどうだ」


「石包将軍が一度交戦したようですが、小競り合いだけで引き下がって行ったそうで」


 攻撃を始めて直ぐに出撃してきたのは偵察部隊だろうな、こちらの侵攻軍の規模と糧道の確認、探しているところで遊撃軍に遭遇して取り敢えず引き下がったか。


「山口郷に即応戦力を常に二千は用意しておくように伝えるんだ。拠点で一番近いのは張嶷だ、あいつなら言われずともそうしているだろうがな」


 なにせ質実剛健で優秀な人格者だ。逆に真面目過ぎて命令を逸脱しないがゆえに、莫大な功績を得ることも無かった。ならばその才能を上手く活かすも殺すも命令者次第か。鐙将軍ならそつなく使いこなすだろうさ。


「陳式のところは」


「ご指示の通りににらみ合いを続けているようです。これといった進展は御座いません」


 ならそれで良いんだ、あそこは敵を通過させないためだけで役割を全うできる。可能ならば二万ではなく、四万や五万を引き付けて貰いたい。とはいえ現状に不満はない。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る