第121話
「ふむ、振威将軍とは誰だった? 正式な将軍職についていながらにして今まで戦場に現れたことがないということは、訳アリの人物だな」
国家の存亡があろうとも、武官の不足があろうとも、常に後方に居る呉車騎将軍のようなやつか?
「費観振威将軍は費軍師将軍の一族であり、その妻は先の益州牧劉璋の娘、また劉璋の母は費氏で御座います。義兄の元妻が現在の皇帝陛下の母親、つまりは皇太后。元の江州都督で、李前将軍の友人、清廉な人物で官僚に人気があり、統治においては民に崇められたほどであります」
完璧超人か。劉備が入るまではここの君主の血縁で、その後も同じ。能力もあり、部下にも人気で、そのうえあの李厳と仲良しとは人格者なんだろうよ。問題はそんなやつが何故官職が低いかってことだ。
「そんな背景に恵まれた有能者が、何故低い地位にいるんだ。李厳や呉懿と同格でもおかしく無かろうに」
「それは費将軍が未だに二十代前半と若いからでしょう」
「なんだって?」
あの李厳がお友達というやつがそんな若僧……まあ費偉だって二十代だ、官位が低い理由はよーくわかった。
「姜維将軍のように才能を見いだされて高官に任じられる者もおりますれば、歳不相応と据え置かれる事例もございますので」
うーん、そんな逸材を放置しておくのはもったいない。
「呂軍師、答えろ。費軍師将軍に雍州刺史を履かせ、費振威将軍に雍州別駕・大将軍従事中郎にし長安に置くことは可能か」
「上奏を起こし、我が主が署名なされれば可能で御座いましょう」
「黄崇、直ちに上奏文を認め首都へ急使を出せ!」
「畏まりまして」
指名を受けて速やかに立ち去る。これで後方の心配事が半分になる、出来ればそのうちもっと上の官位を与えたいものだ。李厳に対する奇貨になり得るのが面白いぞ。
「なあ呂軍師、ものは試しに聞いてみるが、こういった人材は他にもいないだろうか?」
掘り出し物が山のように居れば全て採り上げるぞ。
「されば費詩永昌従事、鄭度牀柯従事の二名はいかがでしょうか」
「費詩から聞こう、一族か?」
「益州の一族でありますれば別の血筋で御座います。県令や太守を歴任し、中央に遷った人物でありますが、先の皇帝陛下が皇位に就くにあたり、混乱を平定してからすべきと諫め不興を買い永昌へ左遷された人物です。関羽将軍を説き伏せたり、丞相へ反対意見を述べたりと、直言の士であります」
忖度なしで意見を述べる、だがそれで顰蹙をかってしまい左遷されるか。何とも懲りないやつのようだな。だが俺はそういう奴は好きだぞ。
「良いぞ、そいつは俺の参軍にする、永昌に使いを出して直ぐに呼びよせるんだ」
永昌は人材の宝庫か。だが引き抜きすぎるとバランスが悪くなる、一人や二人抜かれて困るようでは制度に問題があるわけだが。
「それで鄭度は」
「益州の人物で、先の益州牧劉璋に対し、劉軍の入蜀を阻む為に、東部地域の民を移住させ物資を全て引き揚げ焼き払う策を提案し、却下されて後に牀柯へ遷されました」
ロシアが誇る焦土作戦だな、効率のみを見いだして進言するタイプか。儒家が発言権を持っている時代では肩身が狭いだろうな、有効な戦略ではあるんだが、理解者が少ないか。
「なるほど、時代の先を行きすぎたやつだな。だが俺ならば使いこなせる、そいつも大将軍府参軍として呼び寄せるんだ」
「御意に」
ゼネラルマネージャーのような何でも屋は少ないんだ、一つ才能が光る奴を集める段階に来ているんだろうな。そんな中、費観将軍は真の意味での掘り出し物だ。魏延や姜維に鐙芝、費偉と同じ位に使えるぞきっと。
それにしても呂軍師、底が見えないやつだ。もしかして俺も操られているんじゃないか? だとしてもそう思わせないところに類まれな才能が有ると受け止めておこう。
「話がそれたな。京県の山城を攻め落とす役目、志願者は居るか」
すると李封と夏予が進み出た。ここで一つ手柄を立ててどうこうしようという腹積もりではなさそうだな。誰も志願しないようではあまりに悲しい、高位のものが志願するには目標が小さい。空気を読んで名乗り出たわけだ。
「歩騎一万を李中堅将軍に預け、夏偏将軍を副将に据える。積雪で動けなくなる可能性を見逃すなよ」
「ご領主様の御為に、微力を尽くさせて頂きます」
李家の側近らをあまりにも多く近くに置いている、他の奴らの気持ちも汲んでやる必要があるのを俺が忘れてはならんぞ。
「鐙将軍、お前は独自に判断し、皆の背を守り行く先を示すんだ。俺が死んだらお前が姜維や若い奴らを引っ張ってやるんだ、ここで予行演習をしておけ」
「代替わりはまだしばらく先であると確信しておりますが、拙い経験を上積する機会を有り難く受け取らせて頂きます」
答えづらい台詞にもそつなく返しをする当たり、頭が切れるってことなんだろうさ。それにしても二十年後が楽しみな面々だよ、今の数倍は目が行き届くだけのポテンシャルを秘めた面々だ。
「春が来るまでに京を落とし、洛陽周辺を支配地域として確立。夏には許都を攻略するのを目標として動くぞ、各自がなすべきことをすれば難しいことではない」
軍だけでなく、国や組織というのは、余程の大差が無い限り外敵には壊されない。壊れる時は内側からという方が圧倒的に多いものだ。これは東西や時代の前後を問わず、世の中の真理と断言できるぞ。
結局は、人が寄れば派閥が出来るし、そうなれば崩壊するのも派閥次第。各位の利益をどこまで求めるかで、組織が保てるかが決まる。宗教の絶対主義ほど厄介なものは無い。
◇
仕置きを終えて翌日、当然総大将の俺は何の仕事も持っていないわけだ。長安では顔見知りが増えすぎてどうにもならなかったが、洛陽では俺を知っている奴など皆無だ、少し散歩でもしてみるか。
自身の恰好を見て唸る。こんな煌びやかな装いでは、特別な何かだって言いふらしてるようなものだな。上質ではあるが派手な刺繍も何もない衣に着替えて「お前も控えめにしろ」と陸司馬に曖昧な指示を出す。
何でも言うことを聞く側近頭の陸盛は、質問もせずに木綿の衣に剣一本といういで立ちに早変わりした。以心伝心とはこれかね。
「これから俺が何をするつもりかわかるか?」
ものは試しと大雑把に質問してみる。これが李項や李信だったらどうかとも想像してみた。
「趣味の人材確保に歩き回るのでは御座いませんか」
真面目な表情で今さら何をと即答して来る。まあその通りなんだが、やはり解っているか。制圧したばかりだ、危険もあるだろうから遠出は出来んな。
「そういうことだ。城内だけのつもりだが、どうだ?」
「見える範囲に部隊を置かせて頂きますが、自分とご領主様二人で問題ないと考えます」
「そうか、では頼んだぞ」
俺が望んでいる答えを口にしてくれる、有り難い限りだ。自身も剣を腰に履いて部屋を出る。仰々しくならないように内城を出ると、洛陽の南東部にある地方の市民課のような役所を目指して歩いた。
市民は一様に浮かない顔をしているが、恐怖を抱いているようには見えない。歩いている蜀の見回り兵も、民を相手に威嚇したり暴行を働く姿は無かった。しっかりと自制出来ているようだ、鄭郡尉の尊い犠牲とでも思っておくとしよう。
人は簡単に変わることなど出来ない。あそこで改心するように約束させたとしても、絶対にどこかで同じように略奪を働くものだ。司隷でも、河南尹でもなく、洛陽周辺の郷などを管理する地方役場。内城と違って、古臭い木造の建物を見上げる。
蹴りつけたら倒れそうな気がするくらいだ、よくもまあ使っているよ。どうしてこんな建物が利用されているのかは知らんが、扱いの悪さが際立っているな。
「おいそこの、ここは何の役所だ」
ボロを纏ってはいるが、民ではなさそうな中年に声をかける。すると面倒くさそうに「あんたらには関係ない一般民の戸籍外をどうにかする場所さ」一応答えてきた。
正規の民は戸籍を持っている。いわゆる農民は土地に根付いた、人口登録されている人物で、流民や盗賊の類は戸籍を持っていない。戸籍があれば徴兵に応じたり、税金を納める義務が生じる。その一方で土地や財産が子供に受け継がれたりの承認が受けられたりもする……はずだ。
上等な格好というか、血色がよい顔をしていたらこうも言われるだろうな。食糧を満足に手に入れられるのは相当なことだぞ。
「ここの責任者は?」
「さあな、どこかから連れてこられた若造がしてる」
興味無さそうにそそくさとどこかへ行ってしまった。構て欲しかったらこちらもlこんな格好ではこわないからな、こいつは仕方ない。陸司馬を見る、確かにここの役所とは無関係だろう立派な雰囲気を醸し出している。
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